はざまで
はっ、と気が付くと、そこは白い世界だった。
モヤが立ち込め、足元はフワフワとしている。
ここ、なんだか覚えがある。
どこだったろう。
そんなことを考えていたら、すっ、と目の前に光が現れた。
光は人の形を取った。
シルエットだけ。色はない。
だけど、俺にはそれが誰だかわかった。
「ロイドさん。ここ、どこですか?」
「うん、私も確かなことはいえないけど、たぶん、生と死の間の世界じゃないかな」
「生と死の……間」
「君がどうなったのか、私にはわからないんだ。記憶はあるかい?」
言われて、自分がなにをしていたのか考える。
フラワを治してもらうために、聖女様に会いに行った。
フラワはちゃんと治してもらえて。その後、魔王の眷属が現れて。
そこまで考えてから、パッパッパっと、いくつもの映像が次々と頭に浮かんだ。
フードをかぶった三つ目の男。
大きな鎌を構えた骸骨。
青い肌の巨人。
そいつらを倒して……。
いきなり、胸を貫かれて。
そうだ。俺、攻撃されたんだ。
死んだ、のか……。
「魔王の眷属と戦って、そいつらは倒したんですけど、不意打ちを喰らって。死んだみたいです」
話している内に、どんどん記憶がつながっていった。それらを、思いだした順に、ロイドさんに話していく。
「複数の魔王の眷属、か。ひょっとしたら、魔王自ら出向いてきたのかもしれないね。いや、きっと君を殺したのは魔王だったんだろう。魔王の眷属にやすやすやられる君ではないよ」
「フラワは、どうなったんでしょう」
たまらず言った後に、そんなことをロイドさんが知るわけない、と気づいた。
「たぶん、この世界に来ているよ。ベルも私と一緒に来たからね。まあ、魔王がフラワ君を見逃すとは、ちょっと思えないからなあ」
「そんな、フラワまで……」
フラワの笑顔が頭に浮かんで泣きそうになった。
「大丈夫だ。もし、ここに来ていたとしても、ベルが追い返すよ。あの日のことは覚えているだろう? ほら、夕焼けが綺麗な丘の上だった。四人で見た後のことさ」
言われて、目を閉じた。
切り立ったような崖の前で、夕日が地平に沈んでいくのを見た。
世界が燃えるような美しい時間。
その後、ロイドさんが言ったんだ。
「ここにしよう。人里から離れているし、ルートからも外れている。見つけられるとは思えないからね」
◇
旅の間、ロイドさんから、何度も言われたことがある。
「勇者は絶対に死んではいけない。勇者が死んだ時点で、人間の勝ちは無くなる。あとは魔王に蹂躙されるだけだ」
「だから、私もベルも、君を守ることをなによりも優先する。いや、君たちを、かな。フラワ君がいなくなった君は、きっと戦う意欲を失くしてしまうだろうからね」
「私もベルも命は捨てる覚悟だ。君たちを生かすためならね」
あの日、夕焼けを見た後、ロイドさんはその方法を具体的に説明してくれた。
「身代り、というスキルがある。とても貴重なスキルでね。使い手は、もう私ともう一人だけかもしれない。ある辺鄙な村で代々伝えられてきたスキルなんだが、500年前の戦いで勇者の仲間だった者が作った村だと言われていた。勇者を探すために訪れたんだがね」
ロイドさんが言うには、その村は、500年後に勇者の役に立つスキルを開発し、伝えてきたとのこと。
前回の勇者ルディアスが魔王と相打ちになったことを、その仲間はとても悲しみ、自分が身代りになれたら、そう思ったんだって。
「長老と後継者のお孫さんだけが持っているスキルだったんだ。それを、私が受けついだ。私たち、『光の矢』にとっては、それこそ喉から手が出るほど欲しいスキルだったよ」
そして、ロイドさんは、そのスキル、身代り、について説明した。
「簡単なスキルだよ。だけど、とても貴重で得難いスキルだ。その名の通り、身代りになるスキルさ。あらかじめ、対象を一人決めておいて、その人物が死んだら、自身の命を使って生き返らせる。代わりにスキル使用者が死ぬ。簡単だろう?」
死者は、身代りの24時間後に、契約をした場所で復活する。一度、身代りで復活した者に、同じスキルは使えない。
「ここで、ルース君と身代りの契約を結んでおこう」
「それって、俺の代わりに、ロイドさんが死ぬってことですよね。そんなこと……」
つい、そんな言葉が出た。
「もう何度も言ってきただろう? 君たちは死なせない」
ロイドさんの目は反論を許さない厳しさがあった。
「ルース……」
フラワがギュっと手を握った。
きちんとロイドさんの覚悟を受け入れないといけない、そんな思いが伝わってくる。
「実はベルにもこのスキルを教えてあるんだ。それで、ここまで時間がかかってしまった。フラワ君もベルと契約を結ぶんだ」
それはフラワにとって意外だったらしく、今度はフラワが慌てた。
「で、でも、別に私、勇者じゃないし。勇者の恋人……癒しのポジションって、代わりはいそうだし。いや、言ってて腹が立つけど」
「ルースにはフラワがいないとダメ。君たちは二人でセットなんだから」
ベルカーラさんが言った。
「でも、でも、だって……」
フラワの気持ちはよくわかる。
重いんだ。いきなり、自分が代わりに死ぬって言われても、重すぎて。受け止めきれない。
いきなり、ズシって荷物を渡された感じで。
「このスキルが優れている点はね。即座に、死んだ場所で、死体が元に戻って復活するんじゃないということさ。24時間後に、契約した場所で、しかも、肉体は契約した状態のまま、要するに今、この時のままの状態で、再構築、新たに産まれる。これから先、何年も死ぬことがなく、年をとったとしても、今のこの体で、新たに産まれるんだ。つまり、死体は残るわけだ。これなら、どんな状況でも確実に魔王を欺くことができるだろう」
万一、俺たちが死んで、スキルで復活した後は、誰にも勇者が生きているということを知られてはならない。
ロイドさんはそう言った。魔王がはっきりと姿を現す時まで、隠れ続け、チャンスを窺うこと。
俺もフラワも断れなかった。
ロイドさんとベルカーラさんの覚悟を、受け入れるしかなかったんだ。
「まあ、つまり死ななければいいってことですよね。頑張ろうね、ルース」
フラワは明るく笑って言った。
俺はフラワみたいに笑えなかった。
顔が引きつってたと思う。
勇者の本当の重みを実感したのは、この時だったかもしれない。
太陽が完全に沈み、暗くなったところで、身代りの契約をした。
俺とフラワが、それぞれロイドさんとベルカーラさんの左胸に手を当てて、二人が俺たちのその手に手を重ねた。
「身代契約」
ロイドさんとベルカーラさんの声が重なる。
二人の左胸に当てた手が白く輝いて。その輝きは腕を上って、俺たちの心臓にいきついて、最後に大きく光った。
「これで大丈夫だ。以後、二人とも軽挙は謹んで、命を大事にね」
ロイドさんは言って笑った。
◇
「思いだしたかい?」
光のシルエットのロイドさんが言った。
「はい。すみません、俺……」
なんと謝っていいのか分からなかった。俺が失敗したせいで、ロイドさんは死ぬことになったんだから。
「言っただろう。覚悟の上さ。私たちに申し訳なく思うのなら、このチャンスを無駄にしないでくれ。勇者を倒しても、魔王がすぐに世に現れるかわからない。ひょっとしたら何十年後かもしれない。時期を待つんだ。そして、どれだけ、世界が魔王に蹂躙されようと、隠れて、待ち続けろ。魔王と確実に戦えるタイミングを待ち続けるんだ」
「はい」
ロイドさんの言葉を胸に深く刻んだ。
「フラワ君と何事も相談して決めなさい。彼女はとても賢い人だ。君を勝利に導いてくれるだろう」
「はい」
「泣くなよ。満足しているんだ。最高の勇者に巡り合えて、その役に立てたんだからな。フラワ君と仲良くやれよ」
ロイドさんが肩を強く叩いた。
「俺、必ず、魔王を倒します。絶対に……」
「ああ、頼む」
言うと、ロイドさんは背中を向けて、歩いていった。
その体が、ぼんやりとして、あやふやになっていく。
ふいに、ロイドさんのシルエットの隣に、人がいることに気づいた。
女性だ。長い髪が揺れている。
すぐに誰か分かった。ベルカーラさんだ。
ベルカーラさんは一度、俺の方を振り返ると、手を振った。
ロイドさんとベルカーラさんは、二人で寄り添って歩いていった。その姿はいつの間にかかき消えて、白い世界に溶けてしまった。
◇
目を開けると、満点の星空だった。
しばらく、動かずにそれを眺めていた。
背中が痛い。ゴツゴツとした岩の上に寝ているみたいだ。
そうだ、フラワ。
体を起こす。
暗くて、周りが見えない。
「照明」
唱えると人差し指に光が灯った。
旅の間、ロイドさんから教えてもらったスキル。【SP】が少ない俺でも使える便利なスキルだ。
すぐ側にフラワが寝ていた。
飛びつくようにフラワの側にしゃがんで。彼女が静かに寝息を立てていることを確認して、ホッとした。
ロイドさんとベルカーラさんを犠牲にしてしまったことが、辛くて、その痛みを分かち合いたかった。
優しく呼びかける。
何度も呼びかけていると、ゆっくりとフラワの瞼が開いた。
ぼんやりとしていて、まるで俺が目に入っていないみたいだった。
ひょっとしたら、俺も目覚めたばかりは、こんなだったのかもしれない。
「フラワ、大丈夫?」
フラワが俺を見る。
なんだ? なにか変だ。
俺を見ているのに、俺を見ていないような。
目には、なんというか、光が無くて。
黒い瞳が、本当に真っ黒で。
「フラワ?」
声は聞こえているはずなのに、名前を呼ばれているってわからないみたいだった。
「フラワ、俺がわからないのかい?」
フラワはぼんやりと俺を見ていた。
ずっと……。
◇
夜が明けても、フラワの様子は変わらなかった。
ぼんやりとしていて、なにも見ていないようで。ほかになにもしない。
呼べば、こちらを見るけど、それだけだった。
収納袋から水や食料を出して、食事を取った。フラワは、コップを渡しても飲もうとしなかった。
時間が経てば経つほど、心に冷たい恐怖が広がっていって。
それを振り払うように、フラワを抱きしめた。
腐敗呪を受けていた時の冷たい体。それに比べたら、ちゃんと熱を持っている。
それなのに、あの時よりも、ずっと冷たく感じた。
治癒師に見てもらうべきかもしれない。
教皇様に見てもらえば簡単に解決するかもしれない。
頭に浮かんだ、そんな考えをすぐに否定する。
ダメだ。ロイドさんの言葉を忘れたのか?
ロイドさんとベルカーラさんが命を捨てて、作ってくれたチャンスを壊すのか?
魔王に俺が生きてることを知られてはダメなんだ。
誰にも勇者が生きてるって知られてはダメなんだ。
どこかに身を隠して時を待つんだ。
魔王と戦える時を。
自分が死ぬ直前のことを思いだす。
心臓を貫いた手。一瞬だけだけど、俺は相手の顔を見た。同い年くらいの少年。綺麗な顔をしてた。
あの顔を忘れないように。
一日に何度も思い出して、記憶に刻み付けるんだ。




