苦労してるんだよ、こっちも
湖の上空。
小島に浮かぶ神殿を見下ろす人影があった。
漆黒のマントが風にたなびいている。
フードの下には燃えるような赤い髪。端正な顔。紺色の瞳。
ガルレムト王国第一王子ラウエル・ゴルト。いや、魔王ラウエルである。
魔王ラウエルの目には神殿内での戦いが見えていた。戦う勇者を観察するために、捨て駒にするつもりでシュペルシュペラスをけしかけたのだ。
おかげで、勇者のステータスもはっきりと見えた。基本能力値が平均8桁。変動値は9桁。【HP】、【SP】は10桁にも上る。
前回の勇者ルディアスよりも3倍近く高い。間違いなく歴代でも最強の勇者だ。
今回で、魔王と勇者の戦いは七回目。最初の三回は勇者が勝っている。次の二回は魔王の勝ち。そして、前回は勇者の勝ちだった。
ただ、前回は、引き分けに近い内容でもあった。最後に勇者は自爆して、魔王もろとも消滅したのだ。
だが最終決着がつくまでに、魔王は世界を蹂躙した。
勇者の勝ちで終わった勝負の中では、人間にもっとも被害が及んだのだ。
魔王が転生元は違えど同一存在であるのに対し、七人の勇者はすべて別存在である。タイプも違う。
最初の勇者ルキアは、感情の起伏がほとんどなかった。犠牲も厭わず、淡々としていた。
魔王にとっては、最初の人生である。彼の方が、ずっと人間味があった。
能力的には、勇者の方が高く、決戦はあっさりと終わった。
二人目の勇者ルクスもルキアと似ていて、感情があまりなく、仲間を捨て駒のように使って、魔王を追い詰めた。
魔王もかなり粘ったが、やはり負けてしまった。能力値は魔王の方がやや高かったにも関わらず。
三人目の勇者ルナは女性だった。二人の勇者に比べればかなり人間味があった。能力値は低めだったが、仲間と強い信頼関係を結び、協力して魔王と戦った。
これも長い戦いとなったが魔王は負けた。勇者単体の能力よりも、仲間による援護や装備により、瞬間的に力をはねあげてきたのだ。
四人目の勇者ルフェリアも女性だった。
彼女は成長型の勇者だった。初期ステータスは常人と代わりがないが、レベルアップにより底なしに強くなっていく。
魔王としては裏をかかれた気分だった。
前回の反省点を踏まえ、勇者が仲間や装備を得る前に倒してしまうつもりだったのだ。
だが、成長型の勇者は、中々、頭角を現してこなかった。
勇者の存在が確認できていなのに、こちらが姿を現すわけにはいかない、と魔王は潜んで様子を見た。
結局、勇者が魔王の前に立ったのは、彼女が40を越えた頃だ。歴代の勇者でも、もっとも高い年齢で魔王と戦ったことになる。
ここで初めて魔王が勝った。
だが、魔王も全ての眷属を失い、自身も大きく負傷した。勝つには勝ったが、自然消滅するまで、魔王はほとんど何もできなかった。
人間側の被害が、もっとも少なかったのがこの四回目である。
五人目の勇者ルドランテス。
タイプ的には成長型。性格的には初代や二台目に近く人間味が薄かった。
魔王は生まれるとすぐに戦いの準備にかかった。自身は隠れ潜みながらも眷属を生み出し、勇者を捜索させた。さらには偽の魔王まで生み出して暴れさせた。
前回の戦いで100年近く生きた魔王は、十分に知恵を付けた。1~3回目までは、30年程度しか生きられなかったのだ。
いかに、早く勇者を見つけ出すか。それに全てがかかっている。
自分の能力値が、回を重ねるごとに高くなっていることは知っている。1~3回目の勇者など、もはや相手にもならないだろう。
だからこそ、ルシディア神は勇者を成長型に切り替えたのだろう。成長型の勇者は、初期能力が低い代わりに、成長して、最終的なステータスを高くできる。慢心もない。
見つけ出し、成長する前に倒す。
それが確実な勇者の攻略法。
勇者ルドランテスは偽の魔王に釣られて、すぐに世に現れた。魔王は勇者の力が、まだ成長段階にあることを確認した上で、彼の前に姿を現し、これ倒した。
一方的な勝利。
初めての完全勝利だった。
それまでの鬱憤を晴らすように魔王は暴れた。世界を徹底的に蹂躙し、人間を殺して殺して殺しまくった。
眷属も増やし、次なる戦いの準備も怠らなかった。
六人目ルディアス。
魔王としては、もっとも準備を整えた状態での戦いだった。多くの眷属を永い眠りにつかせ、自身の転生とともに目覚めさせた。
徹底的な勇者の捜索。
前回同様、偽の魔王を生み出し、暴れさせた。
偽魔王の手下が倒される。
また、釣られたか、と魔王はほくそ笑んだ。
だが勇者を特定することはできなかった。
勇者は世に名を現さず、静かに、偽魔王の手下を消していった。まるで暗殺するかのように。
代わりに何人もの勇者パーティが現れては魔王軍と戦った。冒険者という名が広まったのは、この頃だ。
魔王は勇者パーティが現れるたびに、これをひとつひとつ潰していった。だが、どれも偽物。人間にしては強い方だが、魔王の敵ではない。
やがて偽魔王が倒された。眷属の中では最強だったにも関わらず。
まずい。そう感じた。
勇者は相変わらず、特定できない。
さっと出現して、さっと消えてしまうのだ。
焦りが魔王の判断を鈍らせた。自身の姿を現し、その力で人間を蹂躙した。勇者が成長しきる前に倒すためだ。
現れた勇者ルディアス。
軽く話しただけだが、穏やかそうな青年だった。彼は戦闘開始と同時に、その力を現した。
変身型。普段はステータスを低く押さえておき、戦うときだけ力を発揮する。
成長もしたのだろう、魔王に近いステータスまで高められていた。
それでも力の差はあった。魔王の方が勇者よりも強かった。
だが、勇者はその差を自身の命で補った。
自爆したのだ。
こうして、六回目の戦いも幕を下ろした。決戦は引き分けだが、魔王の死で、生き残った眷属も眠りについた。実質、魔王の負けである。
そして、今回の七回目。
幸運なことに、魔王はガルレムト王国の第一王子として転生した。転生条件としては、これ以上ないほど恵まれている。
魔王は物心ついてすぐに、周囲の者たちを魅了し、手駒に変えた。
さらに、前回、魔王の死で眠りについた六体の眷属(そのうち一体は眠っていなかったが)を、覚醒させた。
運の良いことに、眠りについていた眷属の一体ドロンカロスは、捜索の能力を持っていた。
前回の戦いで、勇者を特定するために様々な方法を試した。ベルゼベルズはその過程で生み出した眷属だった。
捜索している相手の情報を、断片ながらも知ることができるものだ。それによって得た勇者の特徴。それを元に、配下を各国や対魔王組織『光の矢』に忍ばせて、勇者の捜索に当たらせた。
人間側が嘘破りのスキルを重宝し、活用していることは、魔王にとって有利と働いた。
五回目で勝利した後、暇つぶしにスキルについて実験を繰り返した。嘘破りを防ぐ方法も見つけてあった。
手下を組織に忍び込ませて情報操作するには、嘘破りを使ってもらった方が、俄然、やりやすかった。
当たりを引いたのは、ベルゼベルズだった。戦闘型ではないため、軽く勇者に倒されたものの、実に良い仕事をしてくれた。
勇者の恋人に腐敗呪を与えたのだ。
これにより、勇者の足取りを追うことが可能となった。『光の矢』の本拠地たるルシディア教皇国には、何人もの配下を送り込んでいたのだ。
そして勇者は聖女の元へとやってきた。
魔王にとってはチャンスである。
勇者の情報が欲しかった。
今回も変身型なのか。
変身後のステータスは、どの程度なのか。
継戦能力はどのくらいか。
手始めにぶつけたシュペルシュペラス。これにより勇者は変身型であり、ステータスでは、相手が大きく上回っていることがはっきりした。
「行け、ドロンカロス」
魔王ラウエルの声に、はっ、と虚空から声がした。
魔王は上空から観察を続ける。
勇者の情報をひとつでも多く手に入れるために。




