マンガを描いてる人ですか
翌日。
フラワ、ルース、ロイド、ベルカーラの四人は、湖の小島にあるルシディア神殿へと向かった。
小舟にユラユラと揺られ、湖を渡る。
フラワもルースも、生まれてこの方、舟になど乗ったことがなかったので、大はしゃぎだった。
ロイドとベルカーラは、そんな二人を微笑ましく眺めていた。
神殿は酷く古めかしく、風雨により、劣化していた。
「勇者と魔王の戦いの後に、建てられたものですからね。500年近くの歴史があります」
櫂で立ったまま舵取りする船頭が、言った。
小舟は、十人ほど乗れる楕円形のもので、底に推進させる魔法道具が取り付けてある。ただ、湖には流れがあり、基本的にはその流れを使って行き来している。
船着き場に舟が止まる。
ルースが先に降りて、フラワの手を取る。
フラワが、キャッ、怖い、とあざとく言って、勢い良くルースに抱き着いた。
「聖女様は、ルシディア教では敬われている存在だ。くれぐれも礼儀正しくね」
ロイドが言った。
「聖女様の代わりはいないんだから」
「分かってますよ。何回目ですか。私、基本、つつましやかな乙女ですよ。デリカシーもあれば、空気だって読めますよ」
フラワが口を尖らせた。これでもか、と尖っている。
それにルースが、笑いの発作を誘われ、ムズムズとなる。
「それに、マンガを生み出した方ですよ。超尊敬ですよ。リスペクトですよ」
目をキラキラさせる。
本当に大丈夫かな、とロイドは不安に思ったが、それ以上は言わなかった。
ルシディア神殿に至るまでは、長い幅広の階段があった。何人かの女性神官が階段を掃いている。
「私も、神殿入りしたら、あんな感じなのかなあ」と、フラワはつぶやいた。
もしも、ルースがルシディアナで修行することになったら、フラワも一緒に行くつもりである。神官として働くことになるかもしれない。
母と祖母に、みっちりと仕込まれてきたおかげで、家事全般は一通りできる。順応性も高い方だと自負している。
なにより、ルースと一緒なら、どこでも幸せであることは間違いない。
階段を上り切ると、石畳の広場があった。そこで数名の神官が、メイスを振って鍛錬をしている。
広場の奥には、また幅広の階段があり、その上に神殿がある。ルシディアナの大神殿に比べれば、小ぢんまりとしている。
それどころか、ブレン・ブルーのロベリアンネ神殿より小さいかもしれない。
神殿に入り、聖堂に飾られた眷属6神を従えたルシディア神の像の前で、ひざまづいて祈る。
その後、神殿の裏に抜けて、四角い建物へ向かう。
その途上の渡り廊下に、勇者の像が立っていた。
勇者ルディアスだ。
剣を掲げ、左手で盾を支えている。
鎧にマント。騎士というには、やや軽装といういでたちである。
「ルースの方が断然かっこいい」とフラワが言って、ルースの顔を赤らめさせた。
建物玄関口に受付があり、そこでロイドが神官の女性と二言三言。神官女性がうなずいて、一行を案内する。
「長く話すことは難しいそうだ」
「魂手入は可能なんでしょうか?」
ルースが不安になって言った。
「難しいようなら、一時的にスキルを貸与してもらい、私が使うよ」
「そんなスキルも持ってるんですね」
ルースが感心する。
「色々と裏で動いているとね、できることが多くなっていくものさ。おかげで、ベルには寂しい思いをさせたよ」
ロイドが視線を後ろに向ける。
フラワと並んで歩いているベルカーラと、目が合う。ベルカーラが笑みを浮かべた。
大丈夫よ。そう言っているような笑み。
案内された一室は、大きな窓がある日当たりの良い部屋だった。ベッドで上体を起こした高齢の女性が、入ってきた一行に向かって微笑んだ。
「こんなかっこうで申し訳ありません」
案内した女性が部屋を出ていく。
「あなたも」
高齢の女性に言われ、傍らで介添えをしていた女性が、躊躇ったあとに出ていった。
部屋にはベッドの高齢の女性と、ルースたちだけとなった。
「私が、聖女アーナです。勇者様」
高齢の女性が言った。
「ルーシフォス・バックネットです。その、勇者です。五歳の時にルシディア様から勇者だと言われました」
ルースが言った。
「ルシディア様にお会いになられたのですね。私もですよ。50年ほど前に、祈りを捧げていると、ルシディア様の御許へ誘われたのです。そこで、まもなく魔王が復活することを告げられました。私はルシディア教皇国の教皇様と協力して、魔王に抗うための方法を模索しました」
聖女アーナが、チラリとフラワを見た。
「ルシディア様はおっしゃられました。勇者と魔王の戦いは、約500年周期で行われていること。魔王は勇者と違い、同一の存在であるため、記憶を保持し続けること。そのため、回を重ねるごとに勇者が負けることが多くなっていること。前回の戦いでは、辛くも勇者が勝ったものの、人間側の損害は大きかったこと。勝利するためには、勇者が大人になるまで、その存在を隠すかが重要であるだろうこと」
そこで聖女アーナが激しく咳き込んだ。
慌てて近づこうとするベルカーラを、聖女は手で制した。
「ありがとう、大丈夫です。どうやら、私は、結果を見ることはできそうもありません。ですが、こうして勇者様とお会いすることができた。満足です」
ルースは、聖女の衰弱した様子を見て、ためらったが、それでも口を開いた。
「実は聖女様にお願いがあって来たんです。あの、こちらのフラワは、俺の大切な人で。魔王の眷属と戦った時に、体が腐る呪いを受けてしまって。教皇様に完全回復をしてもらったんですけど、それじゃあ治らなくて。教皇様は聖女様の魂手入なら治せるかもしれないと……」
「わかりました」
聖女アーナはフラワに微笑みを向ける。
「こちらへいらっしゃい」
「あっ、私、別に急いでないんで、いつでもいいですよ。聖女様がもっと元気な時で、全然、構わないですよ」
聖女アーナがクスクスと笑った。それから懐かしそうな眼差しで、フラワを見る。
「優しい子ですね。さすがは、マミ・ヤマシロのお孫さんね」
「お祖母ちゃんを知ってるんですか?」
フラワは飛びつくように、ベッドに近づいた。
「一目見てわかりましたよ。初めて会った時の彼女とそっくりだもの」
「じゃあ、うちにあったマンガは、やっぱり聖女様が描いたものなんですね」
「……マンガ。そうですか、マミはうまくやれたんですね」
聖女アーナは嬉しそうに、何度もうなずいた。
「まさか、聖女様が描いたマンガだったなんて。パンダヒルの女は、マンガが大好きなんです」
「私が描いたわけではありませんよ。あれは、マミが自身の記憶を頼りに再現したものです。彼女がこちらの世界へ来るまでに読んだ本を、再現したのです」
「こちらの世界? えっ、お祖母ちゃん、ひょっとして、別の世界から来ちゃった人だったんですか」
フラワの実家には、そんなマンガもあったので、飲み込みが早い。
「ええ、私がマミを異世界から呼びました。魔王に対抗するために。そのことで、マミにはずいぶん責められましたよ」
「まさか、お祖母ちゃんが異世界人だったなんて」
「ただ、マミを呼ぶのは早すぎました。結果、マミは強力な力の大半を放棄し、ある男性、あなたの祖父ですね。彼とともに私の元を去っていきました」
「それじゃあ、私が馬鹿みたいにステータスが高いのは、お祖母ちゃんの孫だからってことなんですか?」
聖女アーナが目を大きく見開いた。それから、フラワとルースを交互に見た。やがて、うなずく。
「そうですか。あなたが受け取ったのですね。まさか、マミの血族に渡されるとは……。マミは、こちらで得たステータスのほぼ全てをルシディア様に差し出したのです。勇者が現れた際に、彼の助けとなる仲間に与えるように、と。まさか、自分の孫にそれが与えられるとは思いもよらなかったはずですよ。彼女はある能力を持っていて、そのために、ケタ外れに高いステータスを得ることができましたから」
「ある能力?」
「スキルとは違う、特性と言った方が良いかもしれません。マミの話では異世界人には、ステータスというものが数値化されることはないそうです。それが、こちらへ来たことで、異常をきたすらしく、成長速度と成長度合いがケタ外れに大きくなるらしいのです。私の元にいた頃、マミの基本ステータスは9桁に達していました。伝え聞く勇者ルディアスのステータスを大幅に上回っていたのです」
聖女アーナが激しく咳き込んだ。フラワが背中をさする。
しばらく、咳を続け、やがて息をするのも絶え絶えという様子になった。
「興奮して、しゃべりすぎましたね。さあ、先に、あなたの呪いを解いておきましょう。私の力が残っているうちに」
先ほどまでとは変わって弱々しい調子で言うと、聖女アーナはフラワに手をかざした。
聖女アーナの手が白く輝く。その光はフラワに移り、彼女の内側へと入り込んでいった。
意識が朦朧となったフラワだが、カチリ、と何かが外れるような音で、はっ、と覚醒した。常時かけていた、中級治癒を解除する。
「腐らなくなった。呪いが解けたっぽいよ、ルース」
フラワは振り返って、ルースに満面の笑みを向ける。
「……成功したようですね。……良かった」
聖女アーナの声は、もはや聞き取るのもやっとという大きさだった。
「聖女様」
フラワが聖女アーナの手を取る。
「……大丈夫。あなたに会えて、元気になりました。……マミも、そういう子でしたよ。一緒にいると、とても明るい気持ちになれる……」
「フラワ君。聖女様はお疲れだ。休ませてさしあげよう」
ロイドが言った。
聖女アーナは上体を倒すと、ベッドに沈むように体を寝かせた。
フラワが心配げに聖女を見る。
「会えて良かったですよ。フラワ、それに勇者様」
つぶやくように言って、聖女アーナは目を閉じた。
「聖女様……」
フラワは手を伸ばしかけ、途中で、それを引っ込めた。
かすかな寝息が聞こえてきたのだ。
「行こう、フラワ」
ルースに言われ、フラワはうなずいた。
四人は部屋を出た。
廊下で、介添えをしていた女性が立っていた。
「聖女様はお休みです」
ロイドが言った。
女性が無言で頭を下げる。
それからルースを見た。
「あなたが勇者ですか?」
「はい。ルーシフォス・バックネットといいます」
次の瞬間、銀色の光がきらめいた。
突然、ルースに襲い掛かった刃。
それに反応できたのは、フラワだけだった。
ルースの前に立ち、女性の、銀の刃に変形した右腕を、両手の平で受け止めた。
「あんた、何者よ」
問いかけながらも、フラワは、心手を発動。不可視の手で女性を殴る。
女性の体に、次々と拳の跡がつく。さらには、そのままグニャグニャと変形していく。
「魔王の眷属か。フラワ君、ここではまずい。外へ出すぞ」
ロイドが叫んだ。
「そんな余裕、ありませんって」
フラワは依然、敵の刃を受け止めたままだ。そうしながらも心手で殴り続ける。
ベルカーラが背後から剣を一閃。
銀の塊のようになった魔王の眷属が、上下に割れた。
だが、すぐに結びつき、つながる。
ロイドが光針を撃ち込む。いくつもの小さな穴が開くが、これも効いている様子がない。
「ロイドさん、聖女様を。こいつは押さえとくから」
「わかった。頼む」
ロイドが言って、扉を突き破って部屋へ入った。
「ルース、勇者の力はまだなの?」
ベルカーラが言った。
すでに何度も斬りつけているが、一向に手ごたえがない。切っても、切っても、瞬時に戻ってしまうのだ。
「まだです」
ルースが言った。
今までの二回では、敵の上に白い文字で名前が浮かんだ。その直後にステータス・ウィンドウのようなものが開いて、制約を解除するか、問われるたのだ。
その切っ掛けとなる名前が確認できない。
フラワも相変わらず、心手で攻撃を続けているが、やはりグニャグニャとへこむだけで、効いている様子がない。
「もう、なんなのよ、こいつ」
「フラワ、攻撃を続けて。ロイドが避難させるまで時間を稼ごう」
ベルカーラとフラワは攻撃を続けた。
ルースは焦れる思いで敵を睨み続けた。
今の自分が下手なことをすれば、二人の足を引っ張るだけだ、と分かっている。
フラワが、あっ、と声をあげた。
「二人とも伏せて」
フラワとベルカーラ、ルースが伏せる。
銀色の光が、三人の頭上をグルリと高速で一回転した。
壁に、扉に、窓に、まるで巨大な刃物で斬りつけたかのように、一本の亀裂が入った。
ズルっと壁が一斉にズレた。
銀色の卵のような楕円形の球体。そこにカマキリのような手が四本、四方向に生えている。
「出た。シュペルシュペラスだ」
ルースが叫んだ。
ルースの視界では、半透明のウィンドウが開いて、制約を解除するか、の選択が現れていた。
ルースは制約を解除した。
体が黄金の光に包まれる。勇者の力が発現したのだ。
シュペルシュペラスが、四つの銀色カマキリ鎌を振り回す。高速で動くそれは、壁や床を紙のように切り裂く。
フラワは、それを心手を束にして防いだ。
反応できないベルカーラにも、守りの手を広げている。
ルースが動いた。
黄金の光を放つ、その姿がかき消え、光の軌跡だけが宙に線を描く。
光の線がシュペルシュペラスを通過。ルースが魔王の眷属の背後に立った。
シュペルシュペラスが二つに割れた。
そのまま、黒い塵となって宙に溶けていく。
「終わった。さすが勇者様。強い、かっこいい、最高」
フラワがはやしたて、ルースがそれに照れ臭そうな顔をした。
「もっと早く力が出せればいいんだけどな」




