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くろのす

 クロノスは、山に四方を囲まれたデネラ湖の湖畔にできた街である。

 デネラ湖は、500年前の勇者と魔王の戦いの最終決戦によって誕生したと言われている。勇者にとっては因縁のある場所であった。


 ガルレムト王国内ながら、王国からの干渉はほとんど受けず、独立自治の雰囲気が強い。

 湖に浮かぶ島には、ルシディア神殿が建っており、そこの神官と名士たちが街の運営をになっている。


 街は巡礼者や観光客で賑わっていた。

 背の低い建物が多く、道幅は少し狭い。

 道路に石畳は敷かれていないが、きちんと固められており、歩くのに支障はない。


「なんか素敵な街ですね。雰囲気があって」

 フラワはうっとりとしながら言った。


 ルースと二人っきりでいろいろ見て回りたいな、とか思っている。

 ただ、手をつないでいる恋人の方は、それどころではなかった。


「やっと、治してもらえるよ、フラワ。早く聖女様のところへ行こう」

 ルースの気は急いており、早足になっていた。


 腐敗呪ロットカースを受けているフラワは、常時、中級治癒ミドルヒールをかけている。そうしなくては、体が腐ってしまうのだ。

 接触治癒タッチヒールと違い、中級治癒ミドルヒールならば、腐敗を完全に止められる。ステータスも高い状態を維持できる。


「今日は、体を休めて、明日、神殿へ行こうか。私の方で、先に行って事情を説明しておこう」

 ロイドが言った。


「それなら、私たちは街を見て回ろうよ。ねっ、ルース」

 フラワが俄然、はりきる。


「ベルは二人を頼む」


「はい」


 マントの下は相変わらずビキニアーマーのベルカーラは、ひどく目立っていた。だが、当人はまったく気にしていない。

 ロイド以外の視線には無関心なベルカーラだった。


◇◇◇


 早々に宿を決めた。


 そこから、フラワはルースと街を散策した。その後ろから、少し離れてベルカーラが続く。


 湖畔を歩いて、湖に浮かぶ小舟を眺めたり、屋台で買い食いをしたり。

 市場を見て回ったり。


 中でも、フラワを驚かせたのは、『聖女記念館』という館だった。そこにマンガが飾られていたのだ。


「これよ。ルース、これがマンガだよ」


 壁に、一ページ一ページ張られている。

 一枚にたくさんの絵が描かれた紙。


「うう、裏面が読めないのが恨めしい」


 ルースは、フラワが大いに盛り上がっているので、嬉しかった。ただ、マンガそのものについては、よく意味が分からなかった。


 マンガについての説明書きは、「聖女の描いた連作絵」となっている。その精巧さと表現に、多くの絵描きが感銘を受けている、とかなんとか。


「聖女様が描いたんだってさ。だから、ここに飾られてるんだね」


「早く会いたいよ、聖女様。そして、私にマンガを読ませてくれ」

 静かな館内に、フラワの叫び声が響いた。




◇◇◇




 夜。

 夕食の席で、ロイドは明日、聖女と面会ができることになったことを告げた。


「ロイドさんは聖女様に会ったんですか?」


「いや、ご高齢でね。体調が良くないらしいんだ」


「そんな。マンガをもっと世の中に広めて欲しかったよ」


「マンガ? なんの話だい」


 フラワは、『聖女記念館』にマンガが展示されていたことを説明した。聖女がマンガを描いたということも。


「なぜ、それを君の祖母が持っているんだい?」

 

「あれ、そういえば、そうですね。なんでだろう。しかも、すごい数持ってましたよ。まさか、聖女様から盗んだとかじゃないですよね。お爺ちゃんが、お祖母ちゃんの気を引くために。……ありえる」


「いや、そもそも、聖女がそんな画期的な絵を描くなんて話は、聞いたことがないんだ。私も、聖女について詳しいわけではないが、それでも神殿に長く身を置いていた。それなのに……」


「でも、でも、本当に飾られてたんですよ。ねえ、ルース」


「うん。聖女様が描いたものだって説明書きもありましたよ」


 ロイドが首をかしげた。

 どうも腑に落ちないのだ。


「明日、聞いてみたらいいんじゃない?」


 ベルカーラの言葉でその話題は終わった。



 その夜、フラワとルースは夕食後に散歩に出た。宿から少し歩いて、湖畔に出る。

 夜の湖に浮かぶ白い神殿。そこから漏れる光が湖面に反射し、幻想的な風景となっていた。


「いよいよ、明日だね。やっとだ」

 ルースが言った。


 フラワが腐敗呪ロットカースを受けていると知って以来、ずっと気に病んでいた。自分が、もっと早く勇者の力を得て、ベルゼベルズを倒していれば……。


 いつも、明るく、元気なフラワだが、冗談めかして臭いを気にすることが多々あった。そんな時に、いつもルースは胸が苦しくなった。

 代われるものなら、代わりたかった。


「私を治してもらったら。その後、どうするの?」

 フラワは言った。


 ひょっとしたら、ルースはロイドたちとともに勇者として、魔王と戦いに行くのかもしれない。

 もちろん、それならフラワもついていくつもりだ。例え、ダメだと言われたって、絶対に離れるつもりはない。


「その後……。そういえば、考えてなかったよ。とにかく、フラワを治さないとって、そればっかりで」

 言ってルースは頭をかいた。

「どうしようか。勇者って、なにをすればいいんだろう。もちろん、魔王を倒さないとなんだろうけど」


「魔王がまだ現れてないもんね。魔王が見つかるまで待機ってことなのかな。それとも、ルシディアナで修行?」


「その前に、俺、一度、フラワの家に行ってみたい。その、フラワの家族に会ってみたいし。それに……」

 言いかけて、ルースは口ごもった。


 結婚を申し込むのはいくら何でも早すぎると気が付いた。第一、本人にも言っていないのに。


「いいね、それ。うちに行こうよ。たくさん、マンガあるんだから。きっとルースも好きになるよ、マンガ」


「……そうだね」


「ルースを連れて帰ったら、みんな驚くぞ。ルースみたいなイケメン、見たことないからね。クックック、奴らの羨望の眼差しが目に浮かぶぞ」


「フラワ、顔がまた……」


「やだ、私ったら。またルースに変な顔見せちゃった。馬鹿馬鹿馬鹿、私の馬鹿」

 おきまりの変顔で頭をポカポカする。


 ルースがそれに笑い転げた。腹を抱えて、うずくまる。


 それを見下ろし、フラワは微笑んだ。

「それでね、ルース。私の家の側に、五千年樹って大きな木があるの。ものすごい大きな木で。それでね。お祖母ちゃんも、お母さんも、その下でね」


 プロポーズしてもらったんだって。

 小声で、ささやくように言った。

 ルースが聞いていないことを知ったうえで。

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