マンガはおもしろいのです
湖の都市クロノスへは、山をいくつも越えていく必要があった。一行は、馬を二頭連れて、細い山道を移動した。
別に主要道路もあるのだが、そちらは大きく迂回するため、時間が倍以上かかる。
馬は、ルースとフラワを乗せるためのものである。フラワはともかく、ルースの体力は、他の三人に比べ大きく劣る。
だが、ルースだけ乗馬させると、彼の誇りが傷つくだろうと考え、二頭の馬を連れていくことにしたのだ。
だが、結局、ルースもフラワも、馬に乗ることはなかった。ルースは、ハイペースで歩を進める三人に、弱音も吐かずについていった。
「これも鍛錬ですから」とルースは、騎乗を進められるたびに断った。
性に対する講義を受けて以来、ロイドとルースは、かなり打ち解けた。それまでは、ロイドはルースに、勇者だから、という遠慮があったし、ルースはロイドに、大人の男に対する引け目を感じていたのだ。
「恋人の前で弱音を吐きたくない気持ちはわかるが、無理はするなよ、ルース君」
「はいっ」
一方、フラワとベルカーラも、壁のようなものが無くなった。フラワは、実家にあったマンガについての話を熱く語り、ベルカーラはそれに興味津々であった。
「つまり、普段強気なあいつが、主人公の前で弱気になった瞬間に、キュンとくるわけですよ」
「なるほど。分かる気がする」
「あと、他の女の子が誘惑しても、まったくなんにも興味がないところとか、彼にとって特別な私、みたいな」
「うん、それはいいね」
このように四人の旅路は、和やかなものとなった。
◇
ルースの手がそっと胸に触れたので、フラワは、おおっ、きたっ、と思った。
互いの舌を絡めるようなキスの最中である。
ルースが唇を離して、聞く。
「いい?」
フラワは、うなずいた。
やっぱり、男はオッパイに深い興味を持つ生き物なんだなあ、と思った。
再び口づけ。優しく互いの舌を愛撫しあう。
ルースの手がフラワの胸を優しく揉む。
サワサワと撫でるように。
フラワはくすぐったくてたまらなかった。
ちらり、と視線を下にやると、ルースのズボンの股のところが膨らんでいた。
おおっ、第二形態。
ルースの手が胸以外のところも、撫でるように触れてくる。尻とか脇腹とか。
フラワは、ものすごくくすぐったかった。
だが、ここで吹き出すと、ルースのアレが、二度と第二形態になれなくなってしまうかもしれない。
我慢、我慢。
やがて、キスを終えた。
最後はいつも抱き合う。
フラワは、ギュっとルースが強く抱きしめてくれる感触が好きだった。
「腐敗呪が治ったら……」
ルースは言った。
その後がうまく言えない。
「うん、治ったら、最後までしようね」
フラワは、ルースの気持ちを汲み取って言った。
◇
ことを終えた後、ベルカーラは両膝を抱えて、着衣を整えるロイドを見ていた。
山道。満点の星空を背景に、愛しい男を眺める。
ロイドがそれに気づいて顔を向けた。
「服を着ないと風邪ひくよ」
ベルカーラは無言で笑みを浮かべた。
ロイドの仕草のひとつひとつが愛おしい。
今頃、ルースとフラワも愛を確かめあっているのかしら、と思った。
ロイドもフラワも、周辺感知のスキルを使える。
野宿の夜は、互いが認識できる位置で、なおかつ、それぞれ恋人同士で二人きりになれる距離をとるようにしていた。
「君たちの絆が、なによりも重要になるかもしれない」などと、ロイドはそれらしく理由をつけたが、とどのつまり、ベルカーラと二人きりになりたかっただけである。
もっとも、魔王を倒すことができる勇者の情緒を安定させることは、最重要であることは確かなので、間違ってもいない。
「ルースに色々、話したでしょう」
ベルカーラは言った。
「まあ、プライベートなことを色々と。男女のことについて、少しでも情報が欲しい年頃なんだよ」
ロイドが隣に座って言った。
「二人ともいい子。幸せになって欲しい」
「ああ。そうだね。あの子たちが、魔王なんかに関わり合わず、平穏に、安楽に、暮らせていたら良かったんだが」
「平穏で、安楽でも、幸福だとは限らないわよ。厳しくて、不安でも、幸福なこともある。私みたいにね」
ロイドはベルカーラの肩を抱いた。
口づけをかわす。
◇◇◇
下り坂。片側には小川が流れている。
道幅には余裕があり、傾斜もゆるやかである。
さて、と先を歩いていたロイドが足を止めた。
「この辺りでいいだろう。ベルカーラ、二人を頼んだよ」
振り返って言った。
「一人で大丈夫ですか? 私も付き合ってもいいですよ。レベルアップしたいし」
フラワが言った。
「いや、大丈夫。むしろ、万一の時に備えていてくれると助かる。後顧の憂いがなければ、私も気が楽だからね」
言うと、ロイドは姿を消した。
高速移動のスキルを使用したのだ。
「ロイドさん一人で大丈夫かな」
ルースが心配そうな顔をする。
「大丈夫。ロイドは強いから」
ベルカーラは言うと、収納袋から桶を出した。
馬の飼料を用意するつもりである。
オークの群れが一行を包囲しようと動いていることに気づいたのは、一時間ほど前のことである。
ロイドの広範囲感知が、200体近くのオークを感知したのである。
「撒けなくはないが、倒しておいた方が楽だな。休憩時に、片付けておくよ」
ロイドは、仲間たちにオークの集団に狙われていることを話すと、そう結んだ。
オークの群れと聞き、ルースが反射的にフラワを見てしまったのは、彼女がモンスターを引き寄せることを知っているからである。
だが、すぐに、腐敗呪のせいで、それも無効化されていることを思いだした。
むしろ、今のフラワはモンスターにも、動物にも、気配がわからないらしい。
ルースは、ベルカーラに稽古をつけてもらった成果を試したくもあったが、自重した。
200体のオークと渡り合えるほど、力をつけているとは、とても思えない。ロイドの足を引っ張るだけである。
◇
木々の間を高速で駆ける。
見えた。
下草を割るように、豚頭に毛むくじゃらの大男が十体、歩いている。
手に持っているのは、木を削って作った槍やこん棒。
ロイドは高速移動で加速したまま、大きく跳ぶと、大木の枝に乗った。
その姿が、すっと消える。
不可視のスキルである。
さらに潜伏のスキルも併用、これで気配や臭いも消える。
ロイドは、枝から枝へと身軽に飛び移ると、オークたちの頭上へと移動した。
そこから光針のスキルで、光の針を指の間に作りだす。
不可視のスキルの良い点は、自分の体のみならず、装備品やスキルで生み出した物も、不可視になる点である。
ロイドは、次々と不可視の光針を出しては、それらをオークに投げた。
命中確定のスキルも使っているので、すべて頭頂部の急所を貫通する。
オークたちは、音もなく、次々と必殺の一撃を喰らって倒れていった。
瞬く間に、三体に減ったオーク。そのうち一体が、遠吠えをしようと大口を開く。
ロイドは枝から飛び降りると、不可視の斬撃で三体を瞬殺した。
ロイドの優れている点は、五つ以上のスキルを同時使用できるところだろう。
大抵は、多くて三つというところ。これには、ステータスよりも、訓練と適正が必要である。
オークの小隊の全滅を確認すると、ロイドは、すぐに、次の小隊の元へと高速移動で、向かった。
広範囲感知で位置は丸わかりである。
周辺感知に比べれば、詳細はわからないが、その分、感知できる範囲が広い。
発見。
数は20体。
ロイドは合わせた両手をすっと広げた。両手の平の軌跡に光針が何十本と現れる。もちろん、不可視の針である。
それが一斉に、オークに襲い掛かった。
同時にロイドは、別方向から群れに飛び込んだ。
見えない光針に撃ち抜かれ、混乱するオーク。その間を縫うよう走り抜ける。
オークたちが血しぶきをあげて倒れた。
「さて、あと170体程度か」
つぶやき、次の集団に向けて移動する。
◇
一時間ほどでロイドは戻ってきた。
羽織っていたマントには、血しぶきひとつついていない。
「片付いたよ」
「お疲れ様」
ベルカーラが微笑んで迎えた。
ルースは本当に200体ものオークを倒したのか、信じられない様子で。
フラワは、マンガで読んだファンタジー世界のスカウト的存在、ニンジャを思い浮かべて。
それぞれ、労った。
三人は、ロイドがオークと戦っている間に、昼食の準備をしていた。
ベルカーラは料理が得意で、フラワは彼女に教わりながらも、キャッキャウフフと料理を作った。
ルースは、そんな女たちを微笑ましい気持ちで眺めながら、細々と雑用をした。
四人で昼食を取る。スープと鶏肉をキノコと焼いたもの。
フラワは、ロイドにオークとの戦闘について聞いた。
ロイドが戦いの詳細を話す。
「いい。とってもいい。ニンジャって感じ。不可視覚えたいなあ」
フラワが興奮して言った。
「ニンジャ? なんだい、それ?」
「初めて聞く単語だな」
ルースとロイドが首をひねる。
「ええっ、マンガですよ。マンガ。バトルマンガによく出てくるんですよ、ニンジャ」
「未だに、君の言っているマンガというものがよくわからないんだ、私は」
ロイドが苦笑いをする。
「フラワの実家にはたくさんあるのよね」
ベルカーラが言った。
「読んでみたいわね」
「お祖母ちゃんが、コレクションしてるんですよ。すごく詳しいんですよ」
「ひょっとして、東方の方かな?」
ロイドは言った。
フラワの容姿は東方人のそれである。
「その変、よく分かんないんですけど。でも、私、お祖母ちゃん似らしいですよ」
「会ってみたいね。その方に」
「私も久しぶりに会いたいなあ。お祖母ちゃんの話、面白いんですよ。あとファンタジーな世界に、めちゃくちゃ詳しいんです。
テレビとか、ジドウシャとか」
そこから、フラワはマンガのファンタジー世界について、延々と語るのであった。




