初めての冒険
青い空。太陽さんさん。
五月の心地よい風が、草原の緑を揺らす。
う~ん、絶好のデート日和。
そして、隣には超イケメンですよ。
えっ、ひょっとして今が私の人生のピーク?
「気を付けてね。フラワさん。ラビットボールは、すばしっこいから」
ルースが剣を構えて言った。
まあ、デートじゃないんですけどね。
冒険者のお仕事ですよ。
ラビットボール(Fランクモンスター)を狩りに来ただけですよ。
冒険者にはFからSまでのランクがあって、駆け出しの私は、当然、最底辺のF。
依頼をこなして、ランクを上げていくってシステムだ。
Fランクの依頼にはドブさらいとか、荷物運び(街中)とかあったけど、やっぱ、イケメンと一緒にデートでしょ。
ブレン・ブルーの街から出てすぐの草原に、ラビットボールがいっぱいいるって、受付のお姉さんも言ってたし。
ラビットボールなら、故郷にいた頃も、しょっちゅう狩ってたしね。
肉が美味しいの。
歯も売れるし。
「ルースは無理しないでね。午前中も、頑張ったんだから」
「ありがとう。でも、大丈夫だよ。フラワさんが、治してくれたから。ご飯もいっぱい食べたしね」
ふふっ、と笑いあう二人。
えっ、いい感じゃね。
もう、これ、夫婦じゃね。
近くの草が、ざざざっと揺れた。
そこから白くて丸い球体が飛び出してくる。
私は、自分に向かって跳んでくるそれを、むんずとつかんだ。
はい、一体確保。
直径三十センチくらいのフサフサとした毛むくじゃらの球体に、ウサギみたいな耳がピヨンとくっついてる。
真下には穴があって、それが口になっている。
噛まれると、えぐられるよ、肉。
私は、ブルブルと暴れるラビットボールの耳を、ぶっちぶっちと引きちぎった。
真っ赤な血が、ブシャー、と吹き出し、草を染める。
ピクピクと痙攣するラビットボールを下向きにして、血を抜く。
「すごい。素手で……」
「えっ、こういうものじゃないの?」
ほら、カエルとか捕まえるのとあんまり、変わんないよ。
ラビットボールの血抜きをしている間に、また一体、草むらから飛びだしてきた。
「あっ、ルース、お願い」
「わかった。任せて」
ルースが私の前に出て、ラビットボールに剣を振り下ろす。
ルースの剣は、見事に……。
外れた。
ラビットボールの体当たりを胸に受けて、吹っ飛ぶルース。
ええ……。
ラビットボールって、子供が玩具代わりに虐待するような、よわよわモンスターじゃないの。
ていうか、あんな遅い相手に、なに空振りしてるのさ。
「大丈夫。まだやれるよ」
ルースが、ハアハア、と息を切らせて立ち上がる。
なんで、もう満身創痍みたいな感じになってるの?
ラビットボールの体当たりを受けただけだよ。
ルースがラビットボールに、また剣を振り下ろす。
スカッ。
うん、あの、真面目にやってます?
相手、動いていませんよ。
「くそっ、なんで当たらないんだ」
「落ち着いて。ルースならできるわ」
なんだ、このやりとり。
ラビットボール、耳を折って、スリープモードに入りかけてるぞ。
そこへ、別のラビットボールが出現。
ポヨン、ポヨンと弾んで、ルースに襲い掛かる。
それを、血抜き中のラビットボールで殴る。
ブチャッと潰れた。
うん、弱い。
私が振ったラビットボールの死骸から飛び散った血が、ルースにかかった。おかげで、なんか、ラビットボールと死闘を演じてるような絵づらができあがった。
二体目も耳を、ぶっちぶっち、ちぎって、血抜きする。両手にラビットボールをぶら下げ、ぼけえ、とルースの戦いを見る。
あっ、また空振りした。
ラビットボールは眠っている。たぶん、最初の体当たりで疲れちゃったんだろう。
ルースの呼吸がやばい。
ぜえぜえ、ひゅうひゅう、いってる。
大丈夫? 死んじゃわない?
あっ、ラビットボールが起きた。
ちょっと動いて寝て、すぐ起きるってのを繰り返すんだよね、この生き物。
ラビットボールが、きゅっと縮んだ。
ルース、体当たりの予備動作だよ。気を付けて。
ラビットボールが、跳んだ。ルースめがけて一直線。
まあ、それでも遅いんですけど。
ルースがそれを頭に受けた。
血が飛び散る。
あれ? ひょっとして、ギルドで治した怪我って、ラビットボール相手に負ったやつなの。
モンスターの群れと死に物狂いで戦った、みたいな感じに見えたんだけど。
バタン、と、やばい倒れ方をするルース。
その上に、ラビットボールが、ポヨン、と飛び乗る。
あっ、いかんいかん。ぼ~と見てたら、ルースが齧られてしまう。
近づいていって、ルースの上で、ぶにゅっと変形しているラビットボールのウサギ耳をつかんで、持ち上げる。
そのまま地面に叩きつけて、はい、お終い。
ごめん、ルース。
このモンスターのどこに苦戦する要素があるのか、さっぱりわからないよ。
気を失っているルースのそばで、倒したラビットボールの血抜きをする。
まあ、そのうちに起きるでしょう。
しかし、ラビットボール相手に、気絶って。めちゃくちゃ弱くない。
ステータス、いったいどうなんてんの?
ひょっとして魅力に全振りですか?
まあ、いいや、イケメンだし。
レベルアップすれば、強くなっていくでしょう。
顔はレベルが上がっても良くならないもんね。
ルースがなかなか目を覚まさないので、寄ってくるラビットボールを延々と倒し続けた。
仲間の血の匂いで寄ってくるの。それもあって狩りをする時は、その場で血抜きが良いのです。
15体目のラビットボールをデコピンで倒したところで、ルースが起きた。
「お、俺、気を失って……」
言いながら体を起こした彼は、あたり一面血の海になっている様に唖然とする。
「こ、これ、フラワさん、一人でやったの?」
「うん。どんどん寄ってくるから、倒してたの。一体、500エネル(500円)で買い取ってくれるらしいから、これだけで7500エネル。うちの村じゃあ、考えられない相場だよ」
ちなみに、血抜きしたラビットボールはしぼんでクタクタになる。
「ステータス・オープン」
ルースが言った。
きっと、ルースのステータスウィンドウが現れているのでしょう。人のステータスウィンドウは見れないのだ。
「俺、一体も倒せなかったんだね」
「ごめんね、あと少しだったんだけど、齧られそうだったから、倒しちゃった」
一応、惜しかったね感を出しとこう。全然、惜しくなかったけど。
ルースがため息をついた。
夕日が、憂鬱そうなイケメンを映えさせる。
ものすごい、絵になるなあ。
そこへ、またラビットボールが飛んできたので、空中で捕獲した。
ポンポンと軽く頭を叩いて、弱らせる。
「はい、ルース、とどめ刺して」
ルースのところへ、弱ったラビットボールを持っていく。たぶん、撫でただけで死ぬよ、これなら。
ルースが殴りやすいように、高い位置に掲げる。
ルースが私を見て、それからラビットボールを見る。
殴った。
ラビットボールは……。
生きてる。
ええ……。
力いっぱい殴ったみたいな雰囲気だったよ。残りの力を全て出し切るみたいな顔してたよ。
ルースがもう一度、ラビットボールを殴った。
ラビットボールは……。
生きてる。
というか、ちょっと元気になってきてる。
ルースは殴った、殴った、殴った。
うぉぉっ、と雄たけびをあげながら、私が掲げるラビットボールにラッシュをかける。
ついに、ラビットボールが、くたっ、と息を引き取った。
ルースは力尽きて、その場にくずおれる。
「頑張った。頑張ったね、ルース。なんだか良くわかんないけど、頑張ったのはわかったよ」
話すこともできないほど消耗しきったルースの前に、ラビットボールの死骸を置く。
汗まみれの顔でラビットボールの死骸を見るイケメン。その顔に笑顔が広がっていく。
「お、俺、初めて、モンスターを倒したよ」
汗に交じって、涙がキラリと光る。
青春。青春っぽい。すごい青春っぽいよ。
こんなしょうもないシチュエーションを青春ぽくしてしまうなんて、ルースは、計り知れないイケメンだわ。




