表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/58

どっちが偉いか比べるべくもありませんな

 一行は神殿を抜けて、奥の建物へと通された。

 その最上階の奥まった一室。

 扉の前に、赤いマントを身に着けた聖騎士二人が、立っている。


 前を行く高位の神官が、扉の前に立つと、聖騎士の一人が、部屋へと入っていった。

 すぐに出てくる。

 両開きの扉が開かれた。


 部屋には、窓がなかった。

 代わりに壁に取り付けられた照明が、煌々(こうこう)と部屋を照らしている。 

 高い天井。部屋の中央にある前長5メートルほどの白い女神像。


 ルースは、その女神像がルシディアだと一目でわかった。

 五歳の時に夢に出てきた姿、そのままだ。


 女神像の前に、ひざまづいて祈っている男性がいた。白い髪を肩まで伸ばしている。

 神官着のすそそでも長く、刺繡も凝っている。白い前掛けと鍔のない青い帽子。

 ロベリアンネ神殿の大神官の服装と似ており、フラワは同じ服なのではないかと思ったほどだ。


 教皇ガリオン・ルシードは、ゆっくりと立ち上がった。

 やはり、ゆっくりとした動作で、入室者たちの方へ向く。


「ロイド・コルネリアス、ただいま戻りました」

 ロイドが言って、膝を折る。


「よくぞ、戻った。そちらが勇者殿か?」


「はい、ルーシフォス・バックネット殿です。報告した通り、すでに二体の魔王の眷属を倒しています。間違いないかと」


 教皇ガリオンが、ルースに顔を向ける。

「ルーシフォス殿。ルシディア教教皇ガリオン・ルシードと申します」


「ルーシフォス・バックネットです」

 ルースが頭を下げた。


「その恋人のフラワ・パンダヒルです」

 フラワも頭を下げる。


 教皇ガリオンが、しわだらけの顔を険しくした。

「魔王の眷属から呪いを受けたそうだね。確かに、腐臭がする」


 フラワの頬が赤らんだ。気まずそうな顔になる。

 そんなフラワをかばうように、ルースが一歩前にでた。


「俺が生きているのは、フラワのおかげです。フラワのおかげで、俺はここまでこれたんです」


「フラワ・パンダヒルの功績は、報告した通りです。彼女の存在のおかげで、勇者ルーシフォスが魔王の眷属を倒せたといっても過言ではないでしょう」

 ロイドも援護するように言った。


「お願いします。フラワを治してください。教皇様なら治せるって聞きました」


 教皇ガリオンは、まだ険しい顔をしている。ふむ、と顎に手を当てた。

 何かを考え込むように目を閉じた。

 やがて目を開く。


「やってみよう。フラワ君、側へ来なさい」


 はいっ、とフラワは元気よく返事をして、教皇ガリオンの側に近づいた。

 控えていた聖騎士たちが目を光らせる。

 なにか、不審な行動を取れば、即座に攻撃をしようという緊張感があった。


 聖騎士たちのそんな緊張など、フラワはまったく気にしなかった。


 やっと、腐るのが治るよ。早く治して。ルースとキスしたいよ。

 などと思っている。


 フラワにしてみれば、ベルゼベルズとの戦い以来、辛い日々だった。

 なにしろ常時、接触治癒タッチヒールをかけ続けていなくてならないのだ。

 しかも、クラウディオまでの道中は、ルースに腐敗呪ロットカースのことを秘密にしていた。


 さすがのフラワも、恋人に自分が腐敗していることを知られたくなかったのだ。


 ふとした拍子に腐敗臭が漂うし、なんとか皮は綺麗にしていたが、その下の肉などが腐りかけていることも多かった。

 ルースに近づけず、触れられず、フラストレーションがたまったものである。


 しかも、そのことで誤解したルースが、フラワのことを無視するようになった。

 あれはきつかった。何度泣きそうになったことか。


 だが、クラウディオで誤解が解けたあとは、それまでとは一転して、ルースは優しくしてくれた。

 鼻が取れても、耳が落ちても、腐敗臭がしても、死臭がしても、気にしないでいてくれた。


「大丈夫、フラワはフラワだよ。俺の大好きなフラワだよ」

 そう言ってくれた。


 中身が腐っていて変な感触がしても、手を握ってくれた。

 ひび割れて、黄色い汁がでても、笑顔でハンカチで拭いてくれた。


 私の彼氏、勇者で、イケメンで、性格良くて、最高じゃない?

 とフラワは思うのであった。


「では、始めるよ」

 教皇ガリオンがフラワの頭に手を置いた。


完全回復フルリカバリー

 朗々とした声で唱える。


 フラワの頭に乗せた教皇ガリオンの手が白く輝いた。そのあまりの強い光に、部屋中が白くなる。


 ルースは思わず目を閉じた。それほどの光だったのだ。


 白い光は長く続き、ふいにやんだ。

 ルースは期待を込めて、フラワの背中を眺めた。


「やはり、無理だったか」

 教皇ガリオンが言った。

 

 ルースは、えっ、と思った。

 無理? なんだそれ。


完全回復フルリカバリーですら、解呪できないのですか?」

 ロイドが言った。


「魔王やその眷属が使う呪術カースマジックは、肉体ではなく魂に食いつくといわれている。完全回復フルリカバリーで、肉体を完治させても、数日でまた呪いが戻ってくる」

 淡々と教皇ガリオン。


「それじゃあ、方法はないんですか? フラワを治す方法は?」

 ルースが教皇ガリオンをにらむ。


 ここまで来たというのに、それはないだろう。そう言いたかった。

 フラワの気持ちを考えると、胸が苦しい。やるせない。


「しょうがないですね。じゃあ、完全回復フルリカバリー教えてください」

 フラワが言った。


 あっけらかんとした口調である。

 振り返って、ルースに微笑む。

「数日間もつなら、定期的に完全回復フルリカバリーしてやればいいもんね。そうしたら、ルースとエッチなことだってできるもんね。あっ、ルース、今がチャンスだよ。腐敗臭も死臭もしないフラワだよ。イチャイチャしよう。カモン、カモン」

 おいで、おいで、と手を振る。


 コホン、と案内してくれた高位の神官が咳払い。

「君、場所をわきまえたまえ。教皇様の御前だぞ」


「ええっ、でも、でも、教皇様の代わりはいるけど、ルースの代わりはいませんよ。人間の切り札ですよ。たった一枚しかない最強のカードですよ。ルースの方がVIPじゃないですかね。御前ていうなら、勇者様の御前ですよ」


 ロイドは思わずよろめき、案内した神官や聖騎士は憤慨。


 部屋に、笑い声が響いた。

 教皇ガリオンが、吹き出して、大笑いしたのだ。

 あまりにも笑い過ぎて、最後は咳き込んだ。


「いや、すまない。あまりにも面白過ぎて、ついこらえきれなんだ。そして、正直であり、事実を正確に指摘している。その通りだよ、フラワ君。私の代わりなどいくらでもいる。だが、勇者の代わりはいない。どちらが重要かなど、火を見るよりも明らかだね」


「あっ、私ってば、つい教皇様に失礼なことを。これって、あとでものすごくお説教されるパターン? もう私の馬鹿馬鹿」


 舌を、でろ~ん、と伸ばして、あさっての方向に視線をやり、頭をポカポカ殴る。


 ルースが溜まらずに吹き出し、笑った。

 教皇ガリオンも、再び笑いの発作にとらわれ腹を抱えている。


 神官は呆気にとられ、聖騎士の何人かは笑いをこらえるような顔になっている。


 これで【かしこさ】3か、とロイドは内心、首をひねった。

 道中フラワの許可を得て、何度か人物鑑定マンエキスパートオピニオンをしている。

 なにしろ、常に接触治癒タッチヒールを自らにかけているフラワである。【EXP】はどんどん上がり、レベルアップもしているのだ。


 昨夜の時点で、フラワの【レベル】は29。

 ステータスは凄まじいことになっている。

【かしこさ】以外は。

【かしこさ】だけは3のまま、頑なに上がらないのだ。


 だが、フラワの【かしこさ】が3とはとても思えない。

 自分たちの、はっきりと正確な立場を把握していること。交渉で有利なのは圧倒的に自分の側であることを示しつつ、最後は場の雰囲気を和らげた。

 愚かな人間のできることではない。


完全回復フルリカバリーを君に教えるのは、やぶさかではないが。ただ、習得までには、かなりの時間を要するだろう。年単位の時間だよ」

 ようやく落ち着いた、教皇ガリオンが言った。


「ええ? そんなにかかるんですか? ちゃちゃっと覚えられないんですか?」


「簡単に覚えられるなら、使い手も多いよ。君たちがここまで来る必要もなかっただろう?」


「あっ、それはその通りですね。ロイドさんから中級治癒ミドルヒール教わってるんですけど、まだ覚えられなくて。じゃあ、私の選択肢としては。このまま、ここに居座って、定期的に教皇様に完全回復フルリカバリーをしてもらいながら、完全回復フルリカバリーを覚える。それしかないんですかあ?」


「もう一つあるよ。完全回復フルリカバリーでは無理だが、呪術カースマジックを解除できるだろうスキルはあるんだよ」


「えっ、あるんですか? それなら、それで治してくださいよ。もう、教皇様ったら、もったいぶるんだから」


「いや、もったいぶったわけではないよ。言おうとしたら、君が笑わせるから。ただ、魂手入ソウルケアが使えるのは、聖女様だけなんだ。私では使えない」


「聖女様? どこへ行けば会えるんですか?」


「ガルレムト王国のクロノスという街にいらっしゃる」


「ガルレムト王国ですかあ。わかりました。そっちに行ってみますね」


「力になれず、すまないね」


「いえいえ。恋人と一緒なら、旅も楽しいですよ。ねっ、ルース」


 いきなり振られたルースは、慌てて、うなずいた。顔が赤くなる。

 そんな様子に、教皇ガリオンは顔をほころばせた。


「勇者殿はフラワ君にぞっこのようだね。いやいや、結構、結構」


 教皇ガリオンの懸念は、勇者が勇者たりえるか、であった。

 能力のことではない。魔王を倒す者として、全ての人間の希望とならなくてはならない。その重圧は計り知れないものだろう。孤独で、辛い道だ。


 だが、このフラワ・パンダヒルという少女がいれば、勇者は辛い道でも笑って歩めるのではないか。

 魔王を倒すその日まで、歩み続けることができるのではないか。



 ルースとフラワが退出した後、部屋に残ったのは三人だけだった。ロイド、ここまで案内してきた高位の神官。そして教皇ガリオン。


 高位の神官が言った。

「よろしいのですか? 勇者をこの地にとどめなくて」


「止めても聞くまい。そうではないか、ロイド」

 教皇ガリオンは目を細めて言った。


 ロイドは、はい、と短く返した。ルースがフラワと離れるわけがない。

 それほど、惚れ抜いているのだ。


「ですが、勇者は我ら人間の……」


「唯一の希望だね。だからこそ、対応を誤るわけにいくまい。フラワ君の言った通りだよ。私の代わりはいくらでもいるが、勇者の代わりはいない。勇者が大切に思う少女の代わりもな。彼女を失った時、勇者は戦う意味を見失うだろう。唯一の希望が、絶望するのだよ。人が戦うのは大切な者のため。顔の知らない大勢のために、人は戦うことはない」

 

「私は、引き続き二人について行こうかと思いますが」とロイド。


 ロイドは表向き大神殿に所属しているが、実際には職務は与えられていない。あくまでも教皇ガリオンの直属の部下なのである。


 すでに、教皇ガリオンには敵が、嘘破ライブレイクりへの対抗技術を持っていることを、報告してある。先ほどの少人数での謁見もそのためだった。

 どこに敵が潜んでいるかわからないのだ。


 そんな中で、信頼が厚く、自由に動かすことのできるロイドは貴重な駒でもある。


「頼む。苦労をかけてすまないが」


「いえいえ。教皇を伯父に持つ身としては、妥当な苦労ですよ」


 教皇ガリオンが苦笑いした。

 この甥は、年々、彼の年の離れた亡き弟に似てくる。


「お前ひとりでは大変だろう。ベルカーラもつけよう。また、勇者殿をヤキモキきさせるのも申し訳ないしな」


「ベルカーラ? し、しかし、彼女はもうすぐ結婚するはずでは。年内という話だったと思いますが」

 珍しく、ロイドが慌てた。張り付いたようなニヤケ顔が引きつっている。


「破談になった」


「そ、それは、また、なんとも」


「あれは、お前にまだ気があると思うのだがね」


 言われてロイドは、昔の恋人の、独特の鋭い眼差しを思い出した。目尻の上がった、猛禽類のような目。

 深緑色の瞳で、じっと下からにらみつけてくる。二年前に別れを切り出した時もそうだった。


「そして、お前の方でも未練があるように思うが」


「魔王を倒すまでは、いつ果てるとも知れぬ命だと思っています。ブレン・ブルーのロベリアンネ神殿の件で、いっそうその想いが強くなりましたよ。ベル……、ベルカーラには幸せになってもらいたい」


 ロイドが伯父から、魔王の復活の話を聞いたのは、十五歳の時だった。

 その際、亡き父が秘密裏に就いていた任務の内容を知らされた。

 聖女により予言された魔王の復活。

 魔王に唯一対抗できる存在、勇者の捜索。


「お前と別れてからのベルカーラが、幸せだったようには思えないがね。ともかく、ベルカーラにはすでに話をつけてある。これは決定事項だ」


「フラワ君の腐敗呪ロットカースに対して、完全回復フルリカバリーが無効だと分かっていたかのようですね」


「難しいだろうとは思っていたよ。そして、恋人の呪いを解くことができなかったとき、勇者殿が我々に不信感を抱くだろう可能性もな。ここまで連れてくるために、お前が騙した、と考える可能性が高かった。人は、理不尽の責任を、誰かに押し付けたくなるものだからな。まったく、フラワ君には助けられたよ。不思議な娘だね」


「不思議というか、珍妙というか。腹黒いような、正直なような。なんとも、つかみどころのない娘ですよ」


 計算されたような行動をとるかと思えば、突飛で衝動的な行動をとったりする。扱いづらいが、妙にやりやすくもある。

 長旅で、ずいぶん気心もしれたが、今だにわけのわからない少女だった。


 ぶっ、と黙っていた高位の神官が吹き出した。


「い、いや、し、失礼。彼女のあの顔を思いだして……」

 顔を押さえて、笑い続ける神官であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ