俺は見た、決定的瞬間を
「はい、ルース」
フラワが大皿に山盛りになったスパゲティをとりわけて、俺の前に置く。
無言で、その皿をどかして、もう一つの取り皿に、スパゲティを盛った。
「あれ、あれれ。私の気遣いが無駄にされてしまったぞ」
フラワが言って、じっと俺の顔を見る。
彼女の強い視線を無視して、スパゲティを食べる。たぶん、美味しいんだろうけど、それを感じる余裕はなかった。
「ねえ、ねえ、ねえ。いい加減に機嫌直そうよ。なに怒ってるのか知らないけど、もう二日も口きいてくれないじゃん。パンダヒルの女はハートが強いけど、地味に傷ついてるんだからね」
無視して食事を進める。
子供っぽいことしてるってわかってるけど。どうしても、フラワと話せない。
言葉を吐いたら、たぶん、とても彼女を傷つけてしまうから。
「ねえ、聞こえてますよね? ルース君」
はあ、とフラワが聞えよがしなため息をついた。
諦めて、俺に取り分けた皿を自分のところに持っていき、食べる。
ズルズルズル、と音をたてながら。
なぜか、フラワはスパゲティを巻いて食べない。すするように食べるんだ。すました顔で。
「私がなにしたって言うのよ」
ひとり言にしては大きな声で言う。
「無視とか、もう、学校で飽きるほどされてるわよ」
フラワの学生時代は色々あったんだな。
ちょっと、気がとがめた。
そこへロイドさんが戻ってきた。
旅用のマントを翻し、颯爽とテーブルの間を縫って、歩いてくる。
「今朝は、食べれてるんだね。結構、結構」
「まあ、あんまり意味ないですけどね。誰かさんの態度が悪いから、やけ食いですよ」
「早いところ仲直りしなさい。コミュニケーションが取れないのは、困る」
ロイドさんが、ちらり、と俺を見る。
「っていうか、ロイドさんも無視されてるじゃないですか。ロイドさんが怒らせたんじゃないんですか。ロイドさんが怒らせたんですよ。ロイドさん、謝ってくださいよ」
「まあ、嫌われてはいるみたいだがね。だが、ルーシフォス君の恋人は君だからね。私じゃない」
「ええ、ロイドさんの恋人じゃありません。私の恋人です」
「復唱する必要があったのかね」
「ロイドさん、許容範囲が広そうだから、釘をさしただけです」
「そういう方向に想像の翼を広げるよりも、恋人の気持ちを考えてあげなさいよ」
「考えてますよ。むしろ、それしか考えてませんから」
それから俺を睨む。
「考えてないんだからね、ルースのことしかさ」
どうして、そんな嘘をつくんだよ。
恋人の振りなんかしなくていいのに。
それともロイドさんに何か言われてるのかな。
「まあ、それは置いといて、だ。まずいことが分かった。クラウディオがドラゴンの襲撃にあったらしい」
「ええっ、クラウディオって、この国の王都ですよね。それって、まずくないですか?」
昨日、国境を越えて、クルネド王国へ入った。
俺は、この国のことを良く知らない。一人で旅をしろって言われたら、きっと野垂れ死んでると思う。
「まずいね。普段よりもピリついてるだろうな。さっさとドラゴンが退治されればいいんだが」
「それでも、このまま、クラウディオを目指すんですか?」
「行かないわけにもいかないんだ。通り道だし、なにより、ルシディア教皇国へ抜けるためには、ヘイラス陛下に会っておかないとならない」
「勇者に合わせろって言われませんか?」
「言われるだろね。ルーシフォス君と非公式にお会いすることになるだろう」
知らない振りで話を聞いていた俺は、危うく口の中の物を吹き出しそうになった。
お、王様に会うの? 俺が?
「会ってどうするんですか? 勇者はイケメンだなあ、って感心するんですか?」
「会ったという事実が大切なんだよ。組織の中でも、いろいろ面倒ごとがあってね」
「まあ、そいう面倒なことは、ロイドさんがなんとかしてくれますよね。ロイドさんは頼りになるなあ」
「すごい棒読みだね」
「当たり前じゃないですか。彼氏の前で、他の男を褒めたりしませんよ」
我慢できなくなって、席を立った。
もう、そんな茶番はやめて欲しい。
はっきりと、もう恋人ごっこはやめてくれって言った方がいいのかな。
だけど、その勇気がなかった。
やっぱり、フラワを手放したくないんだ。
例え、彼女が他の男のことを好きになっても。
◇◇◇
結局、王都クラウディオに到着するまで、フラワともロイドさんとも、ほとんど話さなかった。
なんとかフラワのことを諦めようとしたんだけど、一人馬車に揺られていると、どうしてもフラワとの想い出ばかり蘇って。
フラワとロイドさんが話していると、嫉妬で苦しくなって。
俺はやっぱり、フラワのことが大好きだって、あらためて思い知るんだ。
それでも、いつまでもこんなんじゃいけない。きちんと決着をつけないと。
王都についたら、きちんとフラワと話をしよう。彼女の口から、彼女の本当の気持ちを聞き出そう。
道中、そう覚悟を決めていた。
ロイドさんの話では、ドラゴンは、またクラウディオに襲来したらしい。
王城が襲われて、第一王子が殺された。警備についていたSランク冒険者のパーティ『トライデント』も手も足も出ずに全滅。
騎士団も兵士たちも、潰滅状態。
そんな王都へ行って大丈夫なのか、って気がしたけど。
ロイドさんの話では、行かないわけにもいかないらしい。
「第一王子のアリオス殿下は、勇者だって噂があったんだ。子供の頃から傑出した剣術の才があってね。もちろん、早い段階でその疑いはなくなったんだが。ヘイラス陛下も分かっていて、噂を、ずいぶん利用していたよ。イメージアップのためにね」
息子を亡くした王様に、どんな顔して会えばいいのか。
ますます、王様に会うのが憂鬱になった。
◇
王都クラウディオは、思ったよりも人が少なかった。
通りを歩いている人なんて、まばらで。
馬車だけが、道を行ったり、来たりしている。
「もっと、ひどいことになってると思ってたんですけど、あんまり被害もなさそうですね」
「王都も広いからね。ドラゴンだってそこらかしこ、焼いて回るってことはなかったんだろう。二度目の襲撃は城に一直線だったそうだし」
「そもそも、なにしに来たんですかね、ドラゴン。人を食べに来たんですか?」
「いや、ドラゴンは人を食べないよ。服が口に引っかかるのが嫌らしいんだ。布やら金属やらを身に着けてる人間より、大型モンスターでも狩った方が良いんだろうね」
「ああ、食べにくい割には、身が少ないってことですか。それじゃあ、ますます、何しに来たんだって話ですね」
「王国の人間がドラゴンを怒らせたのかもしれないな。それで抗議するために、王都に来て街を焼いたり、城に行ったり」
「なんか、人間っぽいですね」
「ドラゴンは知性が高いからね。個体にもよるけど」
前を並んで歩く、フラワとロイドさんの話を、聞くとはなしに聞いていた。
ドラゴンを怒らせた。だから抗議している、か。
なんだか、他人事に思えなかった。
フラワが、ホワワワっと変な声をあげた。
驚いたときに、そんな声を出すんだよ、彼女。
フラワの向いてる方向には、黒くすすけた家屋があった。ドアも窓も燃えて、壁だけが残ってる。
そんな家屋が五軒並んでいた。
「炎ひと吐きでこれだ」
「ロイドさん、退治してきてくださいよ。こんなのを野放しにしてたら、この街の住民は枕を高くして眠れませんよ」
「シャレにならないから、大声でそういうことを言うのはやめてくれ。ドラゴンを退治するのは、手間も時間もかかるんだよ」
言ったロイドさんが振り返った。
「ルーシフォス君も、変な気を起こさないようにね。人それぞれ役割があるんだから。そもそも、君の力はドラゴン相手には発揮されないだろうし」
俺の心を見抜いたような言葉。
なんでもかんでもお見通しなんだな。
焼けた家々から目をそらす。
勇者だったら、危険なドラゴンを倒すべきなんじゃないか、って。
そんな考えが確かに浮かんだんだ。
フラワがヒソヒソっと、ロイドさんに耳打ちした。
ロイドさんが小声で返事をする。
なんだよ。コソコソと。




