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怪しい

 馬車に揺られている。

 それも、荷馬車なんかじゃなく、人を乗せる箱型の馬車だ。

 座っている長椅子もフカフカだし、ゆとりがあって、足が痛くなるようなこともない。


 そりゃあ、ゆとりもあるさ。

 だって、俺一人しか乗ってないんだもの。


 外から、馬蹄ばていと車輪の音と、くぐもった男女の声が聞こえてくる。

 フラワとロイドさんの声だ。二人は御者席に仲良く座ってる。


 目を覚ましてから、三日後。

 俺たちは、ブレン・ブルーを旅立った。

 ロイドさんが用意してくれた馬車での旅。

 向かう先は、西の王国クルネド。まあ、最終目的地は、ルシディア教皇国なんだけどね。


 ルシディア教皇国は、対魔王の組織の中心らしいんだ。

 ロイドさんは、組織が探していた勇者を発見したことを報告しに行かないといけない。

 俺も勇者として、行かないといけないみたいなんだ。


 ロイドさんの所属している組織は、各国の王様なんかも関わっていて、偉い人たちばかりみたいで。

 そんなところに向かっているのかと思うと、それだけで、憂鬱で。


 外からフラワの笑い声が聞こえた。


 楽しそうだな。


 胸のイガイガは、あれからどんどん大きくなって。心をチクチク刺す。

 フラワとロイドさんが一緒にいるところを見ると。

 楽しそうにしているところを見ると、チクチクさすんだ。


 どうして、フラワは馬車の中じゃなく、御者席に乗るんだろう。

 君が隣に座ってくれたら、こんな憂鬱な気持ちじゃなくて、きっと楽しくてたまらないと思うのに。


「だって、ほら、ルースはまだ本調子じゃないんでしょう? 一人だけで乗って、ゆっくりと眠れる方がいいと思うの」

 そんな風にフラワは言ったけど。


 ロイドさんと楽しそうに話している声を聞くと、本当にそれだけなのかって、疑ってしまうんだ。


 そんな自分が嫌で仕方ない。


 馬車が止まった。

 なにかあったのかな。

 まだ昼食には早いと思うけど。


 ドアを開けて、フラワが顔を見せる。

「ルース、ちょっと降りてみない」


 フラワはいつもの神官衣じゃなくて、紺色のシャツに黒いズボン。

 可愛くて、良く似合ってる。


 もし、俺の中にイガイガしたものがなかったら、きっとフラワの可愛さにドキドキしてたと思う。


「どうかしたの?」


「いいから、いいから」

 クスクス笑う。


「なんだよ」

 なにかカチンときた。


「いいから降りてよ。すごいんだから」


 馬車を降りる。

 甘い匂いがした。その匂いに交じって、かすかに変な臭いもした。


 一面、白と黄色の花が咲いていた。

 花弁が大きな花で、大きなバラみたいにも見える。

 そんな花が見渡す限り広がっていた。


「パンダ草って言うんだってさ。私、パンダヒルなのに、初めて見たよ、こんな花」


「すごいね。すごい綺麗だ」


「でしょう? これを見せたかったんだ」


 フラワと並んで、黄色と白の入り混じった大地を見る。本当に、どこまでも広がっているんだ。


 また変な臭いがした。さっきよりも臭いが強い。なんだろう、この臭い。なにかが腐ったような、そういう不快な感じの臭い。


 わあっ、とフラワが声をあげた。


 遠くで黄色と白の花びらが舞い上がって、空へと吸い込まれていく。

 その直後、強い風が、ここまできて、俺たちをバタバタとあおった。


 花びらと甘い匂いがぶつかってきて、俺は目を閉じようとしたけど、フラワを見て、そんなもったいないことができなくなった。


 風に黒髪をおどらせて、花びらの中で踊るように両手を広げている。

 光の加減か、彼女の白い肌がキラキラと輝いて見えた。


 フラワは、とても綺麗で、涙が出そうになった。


 風は、すぐに止んだ。乱れた黒髪が、フラワの顔に張り付いていて。

 頭の上や、肩に、花びらが載っていた。


 そっと手を伸ばして、髪の上に載った花びらを取ろうとする。


 さっ、とフラワが飛びのいた。

 ギョッとした顔で俺を見る。


 えっ、なんで……。

 なんで、そんな顔で……。

 君は俺の恋人で。

 俺たちは、手も繋いで、キスもして。


 フラワの顔が、すぐに笑顔になった。

「ご、ごめん。ちょっと、びっくりして」

 へへへっ、と照れ臭そうに笑う。


 目を覚まして以来、フラワに触れていない。

 フラワからはもちろん、俺が手を伸ばしても、さりげなく離れてしまう。

 そのたびに、胸のイガイガは大きくなり。

 心を突き刺す痛みは、増していく。



 俺はお金持ちのお坊ちゃんという設定。

 ロイドさんは護衛兼御者で、フラワは侍女。

 服装も、俺だけ、なんだかきっちりと着飾っていて、お金がかかっている。


 大きな街で泊ることが多かったけど、村なんかで納屋を借りることもあった。


「野宿なんて久しぶり。ブレン・ブルーに行くときは、よく野宿したんだから」

 フラワが毛布をバタバタとはたきながら言った。

 

「すまないね。ここまで来ると、村もなくてね」

 ロイドさんが言った。


 国境に近づくに連れて、村も減ってきて、どうしても、一泊は野宿する必要があるらしい。


「ルースは馬車の中で寝ていいよ」

 フラワが言った。


「なんで、俺だけ?」

 声が尖った。

 

「えっ、だって、野宿とか苦手かなって」


「別にそんなことないよ。ブレン・ブルーでだって、最初は外で寝てたんだから」


「あっ、そうだった。でも、馬車、一人なら寝れると思うし。外よりずっと寝心地がいいよ。ロイドさんは見張りがあるから外で寝るみたいだし」


「だったら、フラワが寝ればいいじゃないか。女の子なんだし」


「私は外で大丈夫。臭いがついたらやだし」


「臭い? なんの? ひょっとして俺の?」


 フラワは、しまった、という顔。

 えっ、俺、臭ってたのか。

 だから、フラワは俺に触られるのを嫌がって。


 くんくんと腕を嗅ぐ。

 別に臭わないと思うんだけど。

 まあ、いい匂いもしないけどさ。


「違う。違うよ。ルースは臭くなんかない。ホントだよ。超いい匂い。クンクンしたいくらい」

 フラワが言った。ものすごい焦ってる。


 そんな様子に愛おしさが込み上げてきて。

 抱きしめたくて、近づいた。


 臭いの話をしてたから、余計に鼻が利いたのかもしれない。

 例の嫌な臭いが鼻をついた。しかも、結構強烈。

 鼻を押さえる。


 フラワが、わあっ、と大声を出して飛びのいた。

 それから俺をにらんだ。


「いきなり近づくの、なし」

 

「なんで? フラワ、なんか変だよ。ずっと、なんていうか、よそよそしいし」


「えっ、別にそんなことないよ。ルースの気のせいじゃない」

 そういうフラワの目は泳いでて。


「ちゃんと、俺の目を見てよ。俺のこと、嫌になったのかい。その、ひょっとして、勇者だから」


 馬車の中で、ずっと考えてた。

 フラワは、俺と距離を置こうとしてるんじゃないかって。

 俺が勇者だから。


 魔王と戦う宿命の勇者だから。


 フラワが、また、キッとにらむ。

「そんなわけないじゃんか。私が、ルースのこと嫌うわけないじゃんか。勇者だろうが、なんだろうが、ルースは私の恋人なんだからね」

 泣きそうな顔で怒鳴った。


 その時、なにか白いものが声と一緒にフラワの口から飛んだんだ。

 フラワが口を押さえる。


「フラワ?」


「来ないで。来たら、ちょっと嫌いになるからね。いいから、ルースは馬車で寝てよ。モンスターに襲われたら、困るでしょ。弱いんだからさ」

 口を押さえながら、モゴモゴとして言った。


 カチンときた。

 そりゃあ、俺、普段は弱いけど。

 今まで、さんざんフラワに助けてもらったけど。

 それでも、好きな子から弱いなんて、はっきりと言われるのは痛い。

 それに、ついさっき俺のこと嫌うわけないって言ったばかりなのに、嫌いになるってなんだよ。


 俺が言い返そうと言葉を探していると、第三者の声がかかった。

 ロイドさんだ。


「ルース君、魔王の眷属が君を狙っているかもしれないんだ。こうしている今も見張られているかもしれない。君は富豪の子息ということになっているからね。用心にこしたことはないよ」


「そんなに大切なんですか。勇者って」


「当たり前だ。ロベリアンネ神殿が吹き飛ばされたんだよ。神官や治療を求める患者たちが何人死んだことか。君がいなけりゃあ、あの魔王の眷属は、さらに暴れ回ったかもしれない。いいかい。勇者の力は、君だけのものじゃない。我々、人間を守るための力だ。だから、私はどんな手を使っても、君を守るよ」


 まっすぐに俺を見て、ロイドさんは言った。その言葉は、ひどく重くて。

 感情的に反論することなんて、とてもできなかった。


「あなたにルースって呼ばれたくない」

 俺は、精一杯の捨て台詞を吐くと、馬車に入った。


 子供っぽいってわかるけど。

 それでも、なにか、ひと言くらい言い返したかったんだ。



 馬車に入っても、中々、寝付けなかった。

 フラワの怒鳴り声が。泣きそうな顔が。ロイドさんの言葉が。

 次々に思い浮かんで、眠りをさまたげる。


 もよおしてきて、馬車を降りた。

 フラワともロイドさんとも顔を合わせたくなくて。

 音を立てないように、静かに歩いた。


 馬車を挟んで向こう側で、たき火が燃やされている。そのおかげで、地面に馬車の影が四角く伸びていた。

 フラワの声とロイドさんの声が、風にのって聞こえてくる。

 なにを話しているかわからないけど、なんだか楽しそうだった。


 暗い気持ちで、暗がりで、用を足す。

 馬車に戻ろうとした時に、声が聞こえた。

 フラワの小さな悲鳴。


 馬車の影から飛びだそうとした時、ロイドさんの慌てた声がした。

「変な声出さないでくれよ。心臓に悪い」


「だって、ひんやりして、気持ち悪かったんだもん」


「それはしょうがない」


 なにやってるんだよ、一体。

 ひどく、緊張しながら、馬車の影からこっそりとのぞいた。

 

 たき火に照らされた、白い肌が見えた。

 心臓が止まるかと思った。

 フラワが、シャツを脱いで裸になってたから。


 その後ろにロイドさんの影が見えた。フラワの背中に手を当てている。


 俺は馬車に戻った。

 体が震える。心臓が激しく鼓動を打って。

 嫌な汗がでてきて。


 なんだよ。

 やっぱり、そういうことなのかよ。

 俺を馬車に押し込めたのは、ただ、そういうことだったんだ。

 なにが、ルースは私の恋人、だよ。

 なにが、君を守る、だよ。


 心に嵐が吹き荒れて。

 フラワとロイドさんの妄想が、どんどん頭の中で繰り広げられていって。

 叫びだしたいくらい、苦しかった。

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