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途切れ途切れなんだね

 目を開けたら、ベッドに寝ていた。

 頭が痛くて。体中が熱い。

 なんだ?

 風邪を引いたのかな。


 薄暗い中、見える天井。

 見慣れた、宿の天井だ。


 俺、なんで、宿に戻ってるんだろう。

 

 頭が痛い。喉が乾いた。

 水が飲みたい。


 起き上がろうとするけど、体がまったく動かなかった。力が入らないんだ。


 フラワが来るまで待つしかないかな。

 また、迷惑かけちゃうな。


 そんなことを考えていたら、かすかに、フラワと話した記憶が蘇った。

 下水道で、フラワに怒られて。

 泣いてたな、フラワ。

 ごめんね。


 フラワが助けに来てくれたんだな。

 それで、俺を連れ帰ってくれたんだ。

 意識がぼんやりしてきた。



 なにか、音がする。

 目が開かないや。

 揺れている。

 なんだろう。いい匂いがする。

 夏の森のような、元気な緑の匂い。


 かすかに声が聞こえる。

 俺を呼んでいる声。


 ふいに、目が開いた。

 真っ黒いものが、すぐ目の前にあって。

 それが、サラサラと優しい音をたてて流れる。


 ああ、フラワだ。

 フラワの背中だ。これ。



 熱い。なんだ、熱い。すごく熱い。

 目を開ける。背中が熱い。まるで、鉄板の上に乗っかっているみたいだ。


 目を開けると、炎が目に入った。大きな炎だ。それが壁になっている。

 というか、炎の壁に囲まれてるんだけど。


 なんだ、これ。


 俺を呼ぶ声。フラワの声だ。

 次の瞬間、炎を割って、白いものが飛び込んできた。

 フラワだ。


「フラワ、これ、どういう状況?」


「話せば長くなるんだけど、ここ、ロベリアンネ神殿だよ。今から、大神官様に質問されるから、正直に答えて」


 えっ、大神官様って。神殿で一番偉い人だよね。

 えっ、どいうこと?

 フラワが説明してくれる前に、大声が響いた。少ししゃがれた声。


「私はこの神殿の大神官ハウネス・ローガである。ルーシフォス・バックネットに問う。汝は魔王か?」


「ま、魔王? 違います。俺は……」


 勇者です、と言う前に、次の声が響いた。

 

「では、汝は魔王の眷属、ないし魔王に組する者か?」


「違います」


 むしろ敵対する者だよ。魔王を倒さないといけない勇者だよ。


「汝は魔王に関係のある者か?」


 ええと、関係はあるよな。

 だって、勇者は魔王を倒すためにいるんだから。

 でも、それを答えていいのかな。


 フラワと目が合った。

 黒い瞳で、まっすぐに俺を見ている。

 嘘、つけないよな。

 フラワの前でさ。


「関係はあります。俺は……」


 その時、俺たちを囲っていた炎が、膨れ上がった。高く伸びあがり、途中で内側に折れ曲がる。

 獲物を狙う蛇みたいに。


 ドカンと大きな音がして、体が浮き上がった。

 フラワが宙に浮いた俺を捕まえて、投げる。

 いつのまにか床に大きな穴が空いていて、その中に、落ちた。


 すぐにフラワも飛び込んできた。俺の体におおいかぶさってくる。

 なんだ。一体、なにが起こってる?

 フラワの体が、ぎゅっと押さえつけてくる。


 そんな場合でもないのに、フラワの体の柔らかさに、心臓がドキドキした。


「フラワ・パンダヒル。無事か」

 上から男性の声が聞こえた。

 

 フラワの下から見上げると、男がのぞいていた。


「さっきのロイドさんの仕業?」

 フラワが言った。


「だったら、君たちを案じはしない。状況が変わった。手を貸してくれ」


「ルースの安全を保証してくるなら」


 俺がなにか言う前に、男が穴に、白い半透明の膜を張った。


「ルース、この中にいて。絶対に出てきちゃダメだよ」

 やっぱり、返事をする前に、フラワは穴から飛びだしていった。


 本当に、なにが起こってるんだ。

 フラワは危ないことになってないのか。

 いや、なってるから、俺はここに入ってるんだ、たぶん。


 なにか、いくつもの声が聞こえてくる。

 なんて言っているのか、聞き取れない。


 そうかと思うと、爆発音や、なにかがぶつかる音なんかが聞こえてきた。


 俺、このまま、ここにいていいのか?

 フラワを助けなくて、いいのか?


 外を見てみた方が、いいんじゃないか?


 迷った末、穴から這い上がり、白い膜に触れる。

 別になんの抵抗もなく、手は膜を通過した。そのまま頭を出す。


 フラワが見えた。

 大きな鎌の刃を両手で押さえてる。

 その鎌を握っているのは、黒い肌の女だった。背中に黒い羽根が生えてる。


 その女の姿を見たとたん、体中が燃えるように熱くなった。

 目覚めるまで感じていた熱っぽさや、目覚めてから感じた熱気の熱さなんかとはまるで違う、体が燃えるような熱さ。


 その熱さのせいで、穴の底へ再び落ちた。


 いきなり、半透明の枠が視界に現れた。ステータス・ウィンドウみたいだ。

 ステータスは書かれおらず、文字だけが書かれている。


―――――― 

 魔王の眷属を確認。制約を一時的に解除しますか?

―――――― 


 その文章の下に、はい、と、いいえの文字と三角形の印があった。三角形の印は、はい、の前にくっついている。

 確か、冒険者ギルドで読んだ、マニュアル本に、スキル選択ウィンドウってものがあって、それがこういう感じだって説明されていた。

 

 魔王の眷属。さっきフラワが戦っていた羽の生えた女のこと。

 制約を解除。たぶん、勇者の力のことだ。


 はいっ、と答えた。


 ドクン、と大きく心臓が跳ね上がった。

 強い耳鳴り。頭が痛い。痛い。


 動悸はどんどん速くなる。

 体の熱さは、熱いなんてレベルを越えている。まるで自分が火になったみたいだ。


 視界は真っ白で。

 音も消えた。

 ただ、強い耳鳴りだけが残っている。

 

 すっ、と体の熱が消えた。

 同時に耳鳴りも頭痛もなくなった。

 

 音が聞こえる。風の音に、馬車の音。

 人の声。街の音だ。


 視界いっぱいに青いものが映った。

 空だ。

 地面に転がって空を見上げている。


「ルース君。そのままで」

 ささやくような声が聞こえた。

 男の声だ。

「君が勇者だと確信した上で話している。フラワ君がピンチだ。私が隙をつくるから、敵を倒してくれ」


 フラワがピンチ。

 どういうことだ。


 そう思った瞬間、頭の中に映像が飛び込んできた。

 両膝をつくフラワ。

 大鎌を振り下ろそうとする、魔王の眷属。

彼女の頭の上に、ベルゼベルズという白い文字が浮かんでいる。


 ベルゼベルズの背中に、紫色の光の輪がいくつも突き刺さった。

 遠くに神官衣を来た男が立っているのが見えた。彼が叫ぶ。

「今だ、ルース君」


 その声と同時に俺は動いた。

 体をおおっていた瓦礫を吹き飛ばし、宙を滑るようにして、ベルゼベルズに接近する。


 奴を倒す。一撃で。

 そう強く念じると、まるで自分が風から光に変わったような気がした。

 いつの間にか剣が抜かれていて、ベルゼベルズの体にぶつかっていった。

 斬ったというより、通り過ぎた、という感覚。


 剣を振り下ろした状態で立っていた。

 すぐ側にフラワがいた。

 俺が声をかけると、振り返り、目を見開く。


 フラワはひどい状態だった。


 顔にも手にも、紫色の斑点ができていて、それが膨らんでいる。髪は半分くらい抜けて、頬には、ぐじぐじと膿んだような傷。


 後ろで、ベルゼベルズが消えていくのを感じた。もう、決着はついたんだ。

 敵のことなんて、どうでもいい。

 フラワだ。

 フラワを治さないと。


 勇者なんだ。それくらいできるよな。


 だけど、フラワに向かって手を伸ばしたところで、体の力が、抜けていくのを感じた。

 強い眠気。意識が消えていく。


 おい、ふざけるな。

 フラワを治すんだ。


 フラワを……。




◇◇◇




 目を開けると、フラワがのぞきこんでいた。


「おはよう、ルース」

 まぶしい笑顔でフラワ。


「おはよう……」


 あれ、俺、なにしてたっけ?


 記憶がおぼろげ。

 魔王の眷属と戦った気がする。

 そう、ベルゼベルズとかいう奴だった。

 勇者の力で魔王の手下を倒した。

 と、思ったんだけど、あれが夢だったのか現実だったのか、どうもはっきりしない。


 夢にしては生々しい。

 でも、フラワは、いつもの元気なフラワで。

 ニコニコ笑いながら俺を見てる。


 あれ、でも、顔色が悪い気がする。

 なんか青白い。


「えっ? 光の加減じゃない」

 フラワが言って、顔を近づけた。


 なにか、変な臭いがした。

 なんだろう、この臭い。

 

 だけど、フラワの顔色は良かった。

 俺の見間違えだったのかな。


「ねっ、別に顔色悪くないでしょ。いつもの可愛い私でしょう?」


 キラキラとした星空の瞳。

 サラサラの黒髪。

 そして満面の笑顔。


「本当だ。いつもの可愛いフラワだ」

 大好きなフラワだった。



「じゃあ、たくさんの人が……」

 言葉がそれ以上続かなかった。


 フラワから、ロベリアンネ神殿で起こったことを聞いている。

 ちょうど魔王の眷属、ベルゼベルズの力で神殿が吹き飛んだところ。


「うん、一瞬だった。ひどいよね」

 フラワが暗い顔で言った。


「俺が、もうちょっと早く、勇者になってれば……」


 勇者になるって表現がいいのかわからないけど。

 力の制約がもう少し早く解けていたら、そう思うと、やりきれなかった。


「だって、ルースだって、わかんなかったんでしょう。いつ勇者の力が出せるかなんて」


 フラワには、最初に、勇者について聞かれた。

 黙ってて、ごめん、そう謝ると、フラワは笑った。


「えっ、別にいいよ。ルースだって、よくわからなかったんでしょう? 勇者のこと」

 

 なんか、フラワって、優しすぎないか?

 俺、フラワの優しさに甘えてもいいのか?


「それに、大切な人だから知られたくないこともあるもんね」

 大人びた寂しそうな表情が、一瞬浮かんだ。


 フラワの説明が一通り終わったところで、ドアがノックされた。


「フラワ君、相談があるんだが……」


「あっ、ロイドさんだね。どうぞ」


 フラワが言うと、20台後半くらいの男性が入ってきた。

 穏やかそうな顔に見覚えがある。見たのは一度だけ、しかも、目で見たわけじゃないんだけど。


「ルース君。起きたのか」

 ロイドさんが駆け寄ってきた。

「フラワ君、教えてくれてもいいじゃないか」


「だって、さっき起きたところなんですよ。状況説明してたところ。いきなり、陰険なロイドさんに次々と質問をされたら、ルースだって面食らうわ」


「陰険って。君に言われる筋合いはない気がするんだがなあ」


「冗談、冗談。ルース、この人はロイドさんって言って。これでもAランク冒険者なんだよ。魔王をなんとかしよう会の会員なんだよ」


「いや、そんな名前の組織じゃないが」

 ロイドさんは俺に顔を向け、手を差し出した。

「ロイド・コルネリウスだ。よろしく、勇者殿」


 フラワの説明で、ロイドさんが仲間だって分かっている。これから、彼を頼ってルシディア教皇国まで、旅をしないといけないことも。


 だけど、なぜだか、胸がイガイガとした。


 握手をかわした手は、硬く、大きくて。

 そんなことでも悔しさを感じたんだ。


「さて、ルース君。勇者について、詳しく教えて欲しいんだ。君はいつ、どうやって自分のことを知ったんだい? ジョブチェンジの間でなにが起こった?」


 なんだろう。ルース呼びにイラっとした。

 俺、愛称で呼ばれるほど、この人と親しくないんだけどな。


 そんなことを思いながら、五歳の時に、ルシディア様が夢に出てきたことや、ジョブチェンジの時にマルス様が出てきてたことを話した。


 ロイドさんは、かなり詳しくその時の状況を聞いてくるから、やたらと疲れた。


「長々と済まないね。食欲はあるかい?」


「あります」


 実は、お腹がものすごく空いてるんだ。


「よし、なにか腹に良さそうなものを作ってもらってくるよ。フラワ君もおいで」


「ええ? 私、ルースともっと話したいんだけどなあ。ロイドさん、気を利かせてくださいよ。そんなんだから、恋人もいないんですよ」


「いや、気を利かせたんだがね。まあ、利いたのは鼻だが。……いいのかい?」


 フラワが、あっ、て顔をした。ベッドの側から離れる。


 なんだか、また胸がイガイガとした。

 

 フラワが出ていった後も、胸のイガイガは残った。

 なんだろう、これ。

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