途切れ途切れなんだね
目を開けたら、ベッドに寝ていた。
頭が痛くて。体中が熱い。
なんだ?
風邪を引いたのかな。
薄暗い中、見える天井。
見慣れた、宿の天井だ。
俺、なんで、宿に戻ってるんだろう。
頭が痛い。喉が乾いた。
水が飲みたい。
起き上がろうとするけど、体がまったく動かなかった。力が入らないんだ。
フラワが来るまで待つしかないかな。
また、迷惑かけちゃうな。
そんなことを考えていたら、かすかに、フラワと話した記憶が蘇った。
下水道で、フラワに怒られて。
泣いてたな、フラワ。
ごめんね。
フラワが助けに来てくれたんだな。
それで、俺を連れ帰ってくれたんだ。
意識がぼんやりしてきた。
◇
なにか、音がする。
目が開かないや。
揺れている。
なんだろう。いい匂いがする。
夏の森のような、元気な緑の匂い。
かすかに声が聞こえる。
俺を呼んでいる声。
ふいに、目が開いた。
真っ黒いものが、すぐ目の前にあって。
それが、サラサラと優しい音をたてて流れる。
ああ、フラワだ。
フラワの背中だ。これ。
◇
熱い。なんだ、熱い。すごく熱い。
目を開ける。背中が熱い。まるで、鉄板の上に乗っかっているみたいだ。
目を開けると、炎が目に入った。大きな炎だ。それが壁になっている。
というか、炎の壁に囲まれてるんだけど。
なんだ、これ。
俺を呼ぶ声。フラワの声だ。
次の瞬間、炎を割って、白いものが飛び込んできた。
フラワだ。
「フラワ、これ、どういう状況?」
「話せば長くなるんだけど、ここ、ロベリアンネ神殿だよ。今から、大神官様に質問されるから、正直に答えて」
えっ、大神官様って。神殿で一番偉い人だよね。
えっ、どいうこと?
フラワが説明してくれる前に、大声が響いた。少ししゃがれた声。
「私はこの神殿の大神官ハウネス・ローガである。ルーシフォス・バックネットに問う。汝は魔王か?」
「ま、魔王? 違います。俺は……」
勇者です、と言う前に、次の声が響いた。
「では、汝は魔王の眷属、ないし魔王に組する者か?」
「違います」
むしろ敵対する者だよ。魔王を倒さないといけない勇者だよ。
「汝は魔王に関係のある者か?」
ええと、関係はあるよな。
だって、勇者は魔王を倒すためにいるんだから。
でも、それを答えていいのかな。
フラワと目が合った。
黒い瞳で、まっすぐに俺を見ている。
嘘、つけないよな。
フラワの前でさ。
「関係はあります。俺は……」
その時、俺たちを囲っていた炎が、膨れ上がった。高く伸びあがり、途中で内側に折れ曲がる。
獲物を狙う蛇みたいに。
ドカンと大きな音がして、体が浮き上がった。
フラワが宙に浮いた俺を捕まえて、投げる。
いつのまにか床に大きな穴が空いていて、その中に、落ちた。
すぐにフラワも飛び込んできた。俺の体に覆いかぶさってくる。
なんだ。一体、なにが起こってる?
フラワの体が、ぎゅっと押さえつけてくる。
そんな場合でもないのに、フラワの体の柔らかさに、心臓がドキドキした。
「フラワ・パンダヒル。無事か」
上から男性の声が聞こえた。
フラワの下から見上げると、男がのぞいていた。
「さっきのロイドさんの仕業?」
フラワが言った。
「だったら、君たちを案じはしない。状況が変わった。手を貸してくれ」
「ルースの安全を保証してくるなら」
俺がなにか言う前に、男が穴に、白い半透明の膜を張った。
「ルース、この中にいて。絶対に出てきちゃダメだよ」
やっぱり、返事をする前に、フラワは穴から飛びだしていった。
本当に、なにが起こってるんだ。
フラワは危ないことになってないのか。
いや、なってるから、俺はここに入ってるんだ、たぶん。
なにか、いくつもの声が聞こえてくる。
なんて言っているのか、聞き取れない。
そうかと思うと、爆発音や、なにかがぶつかる音なんかが聞こえてきた。
俺、このまま、ここにいていいのか?
フラワを助けなくて、いいのか?
外を見てみた方が、いいんじゃないか?
迷った末、穴から這い上がり、白い膜に触れる。
別になんの抵抗もなく、手は膜を通過した。そのまま頭を出す。
フラワが見えた。
大きな鎌の刃を両手で押さえてる。
その鎌を握っているのは、黒い肌の女だった。背中に黒い羽根が生えてる。
その女の姿を見たとたん、体中が燃えるように熱くなった。
目覚めるまで感じていた熱っぽさや、目覚めてから感じた熱気の熱さなんかとはまるで違う、体が燃えるような熱さ。
その熱さのせいで、穴の底へ再び落ちた。
いきなり、半透明の枠が視界に現れた。ステータス・ウィンドウみたいだ。
ステータスは書かれおらず、文字だけが書かれている。
――――――
魔王の眷属を確認。制約を一時的に解除しますか?
――――――
その文章の下に、はい、と、いいえの文字と三角形の印があった。三角形の印は、はい、の前にくっついている。
確か、冒険者ギルドで読んだ、マニュアル本に、スキル選択ウィンドウってものがあって、それがこういう感じだって説明されていた。
魔王の眷属。さっきフラワが戦っていた羽の生えた女のこと。
制約を解除。たぶん、勇者の力のことだ。
はいっ、と答えた。
ドクン、と大きく心臓が跳ね上がった。
強い耳鳴り。頭が痛い。痛い。
動悸はどんどん速くなる。
体の熱さは、熱いなんてレベルを越えている。まるで自分が火になったみたいだ。
視界は真っ白で。
音も消えた。
ただ、強い耳鳴りだけが残っている。
すっ、と体の熱が消えた。
同時に耳鳴りも頭痛もなくなった。
音が聞こえる。風の音に、馬車の音。
人の声。街の音だ。
視界いっぱいに青いものが映った。
空だ。
地面に転がって空を見上げている。
「ルース君。そのままで」
ささやくような声が聞こえた。
男の声だ。
「君が勇者だと確信した上で話している。フラワ君がピンチだ。私が隙をつくるから、敵を倒してくれ」
フラワがピンチ。
どういうことだ。
そう思った瞬間、頭の中に映像が飛び込んできた。
両膝をつくフラワ。
大鎌を振り下ろそうとする、魔王の眷属。
彼女の頭の上に、ベルゼベルズという白い文字が浮かんでいる。
ベルゼベルズの背中に、紫色の光の輪がいくつも突き刺さった。
遠くに神官衣を来た男が立っているのが見えた。彼が叫ぶ。
「今だ、ルース君」
その声と同時に俺は動いた。
体を覆っていた瓦礫を吹き飛ばし、宙を滑るようにして、ベルゼベルズに接近する。
奴を倒す。一撃で。
そう強く念じると、まるで自分が風から光に変わったような気がした。
いつの間にか剣が抜かれていて、ベルゼベルズの体にぶつかっていった。
斬ったというより、通り過ぎた、という感覚。
剣を振り下ろした状態で立っていた。
すぐ側にフラワがいた。
俺が声をかけると、振り返り、目を見開く。
フラワはひどい状態だった。
顔にも手にも、紫色の斑点ができていて、それが膨らんでいる。髪は半分くらい抜けて、頬には、ぐじぐじと膿んだような傷。
後ろで、ベルゼベルズが消えていくのを感じた。もう、決着はついたんだ。
敵のことなんて、どうでもいい。
フラワだ。
フラワを治さないと。
勇者なんだ。それくらいできるよな。
だけど、フラワに向かって手を伸ばしたところで、体の力が、抜けていくのを感じた。
強い眠気。意識が消えていく。
おい、ふざけるな。
フラワを治すんだ。
フラワを……。
◇◇◇
目を開けると、フラワがのぞきこんでいた。
「おはよう、ルース」
まぶしい笑顔でフラワ。
「おはよう……」
あれ、俺、なにしてたっけ?
記憶がおぼろげ。
魔王の眷属と戦った気がする。
そう、ベルゼベルズとかいう奴だった。
勇者の力で魔王の手下を倒した。
と、思ったんだけど、あれが夢だったのか現実だったのか、どうもはっきりしない。
夢にしては生々しい。
でも、フラワは、いつもの元気なフラワで。
ニコニコ笑いながら俺を見てる。
あれ、でも、顔色が悪い気がする。
なんか青白い。
「えっ? 光の加減じゃない」
フラワが言って、顔を近づけた。
なにか、変な臭いがした。
なんだろう、この臭い。
だけど、フラワの顔色は良かった。
俺の見間違えだったのかな。
「ねっ、別に顔色悪くないでしょ。いつもの可愛い私でしょう?」
キラキラとした星空の瞳。
サラサラの黒髪。
そして満面の笑顔。
「本当だ。いつもの可愛いフラワだ」
大好きなフラワだった。
◇
「じゃあ、たくさんの人が……」
言葉がそれ以上続かなかった。
フラワから、ロベリアンネ神殿で起こったことを聞いている。
ちょうど魔王の眷属、ベルゼベルズの力で神殿が吹き飛んだところ。
「うん、一瞬だった。ひどいよね」
フラワが暗い顔で言った。
「俺が、もうちょっと早く、勇者になってれば……」
勇者になるって表現がいいのかわからないけど。
力の制約がもう少し早く解けていたら、そう思うと、やりきれなかった。
「だって、ルースだって、わかんなかったんでしょう。いつ勇者の力が出せるかなんて」
フラワには、最初に、勇者について聞かれた。
黙ってて、ごめん、そう謝ると、フラワは笑った。
「えっ、別にいいよ。ルースだって、よくわからなかったんでしょう? 勇者のこと」
なんか、フラワって、優しすぎないか?
俺、フラワの優しさに甘えてもいいのか?
「それに、大切な人だから知られたくないこともあるもんね」
大人びた寂しそうな表情が、一瞬浮かんだ。
フラワの説明が一通り終わったところで、ドアがノックされた。
「フラワ君、相談があるんだが……」
「あっ、ロイドさんだね。どうぞ」
フラワが言うと、20台後半くらいの男性が入ってきた。
穏やかそうな顔に見覚えがある。見たのは一度だけ、しかも、目で見たわけじゃないんだけど。
「ルース君。起きたのか」
ロイドさんが駆け寄ってきた。
「フラワ君、教えてくれてもいいじゃないか」
「だって、さっき起きたところなんですよ。状況説明してたところ。いきなり、陰険なロイドさんに次々と質問をされたら、ルースだって面食らうわ」
「陰険って。君に言われる筋合いはない気がするんだがなあ」
「冗談、冗談。ルース、この人はロイドさんって言って。これでもAランク冒険者なんだよ。魔王をなんとかしよう会の会員なんだよ」
「いや、そんな名前の組織じゃないが」
ロイドさんは俺に顔を向け、手を差し出した。
「ロイド・コルネリウスだ。よろしく、勇者殿」
フラワの説明で、ロイドさんが仲間だって分かっている。これから、彼を頼ってルシディア教皇国まで、旅をしないといけないことも。
だけど、なぜだか、胸がイガイガとした。
握手をかわした手は、硬く、大きくて。
そんなことでも悔しさを感じたんだ。
「さて、ルース君。勇者について、詳しく教えて欲しいんだ。君はいつ、どうやって自分のことを知ったんだい? ジョブチェンジの間でなにが起こった?」
なんだろう。ルース呼びにイラっとした。
俺、愛称で呼ばれるほど、この人と親しくないんだけどな。
そんなことを思いながら、五歳の時に、ルシディア様が夢に出てきたことや、ジョブチェンジの時にマルス様が出てきてたことを話した。
ロイドさんは、かなり詳しくその時の状況を聞いてくるから、やたらと疲れた。
「長々と済まないね。食欲はあるかい?」
「あります」
実は、お腹がものすごく空いてるんだ。
「よし、なにか腹に良さそうなものを作ってもらってくるよ。フラワ君もおいで」
「ええ? 私、ルースともっと話したいんだけどなあ。ロイドさん、気を利かせてくださいよ。そんなんだから、恋人もいないんですよ」
「いや、気を利かせたんだがね。まあ、利いたのは鼻だが。……いいのかい?」
フラワが、あっ、て顔をした。ベッドの側から離れる。
なんだか、また胸がイガイガとした。
フラワが出ていった後も、胸のイガイガは残った。
なんだろう、これ。




