たとえトラウマがうずいたとしても
夜、フラワと部屋で別れてから、しばらく部屋で時間を潰した。
一人で下水道に行く。
怖くないかといったら、怖いに決まってる。ただでさえ、人食いネズミにトラウマがあるのに、あの大群を見たあとだとね。
それでも諦めたくない。
二時間ほど経ってから、宿を出た。
受付で、おかみさんが不思議そうな顔で、見てたけどなにも言わなかった。
たぶん、俺が冒険者装備だから、なにか事情があるって察したんだと思う。
夜の街を一人歩く。
最近、いつもフラワが隣にいた。
一人で歩くことなんてなかった。
フラワと歩いていると、世界が全然違って見えるんだ。
明るくて、温かくて、楽しく見える。
下水道へ降りる階段に到着。
地下へと降りていく。
またネズミの大群に襲われたらどうする?
そんな考えが頭に浮かぶ。
ありえない話じゃない。
慌てて頭を振った。
ダメだ。恐怖は頭の中で成長する。
大きくなって、重くなるんだ。
大丈夫、と言い聞かせる。
別に、なんの根拠もないわけじゃない。
ずっと考えてたことがある。
ラビットボール狩りをしてたときから、なんだか変だとは思ってた。
いくらなんでも、集まってきすぎる。
今回の人食いネズミ。
あんな大群が押し寄せてくるなんてあるかな。
あまりにも危険すぎる。
ひょっとしたら、フラワがモンスターを引き付けてるんじゃないか?
彼女の異常な成長度合。それが関係してるのかもしれない。
俺が勇者だから、モンスターを引き寄せてる、そういう考えもあるけど。
俺が一人で、ラビットボールや人食いネズミと戦った時は、おかしなことにはならなかったし。
鉄の扉の前についた。
気合を入れようと、両頬を張った。
よし、行くぞ。
閂を外して、扉を開ける。
ランプの灯りが四角い通路を照らした。
相変わらず、凄まじい悪臭。
どうか、魔法道具のリボンを人食いネズミが持ってったり、川に落っことしたり、していませんように。
落とした可能性が高いのは、フラワに抱き上げられた場所。
目を見開いて、見落とさないように気を付けながら、通路を見ていく。
確か、このあたりだったような気がするけど。
やっぱり、ネズミが持ってたりしたのかな、と念入りに通路を調べる。
あまり時間をかけると、人食いネズミが襲ってくるかもしれない。どこかで、諦めないときりがない。
それでも、中々、踏ん切りがつかずに、しつこく、探し回った。
ふいに、ランプの灯りに薄っすら照らされた対岸の通路に、黒っぽい物が落ちていのが目に入った。
ドクン、と心臓が跳ね上がった。
下水に入る。
腰まで汚水に浸かったけど、そんなこと気にもならなかった。
下水の川を渡り、対岸の通路へ。
黒い物の形がはっきり見えた。
間違いない。リボンだ。腕に巻き付けていたリボンだ。
良かった。見つかった。
俺がリボンを拾おうとした時。
カッカッカと通路の奥から音がした。
なんの音か、なんて考えなかった。
そんなのは考えるまでもない。
ランプを置いて、素早くリボンを拾った。疲労が一気に取れた気がした。元気が湧いてくる。
リボンを握ったまま剣を抜いた。
フラワと違って俺の足じゃ逃げきれない。
幸い、音からして、そう多くなさそうだ。
俺だって、強くなったんだ。
今度は負けない。
ランプの光の中に、大きな黒いネズミが飛び込んできた。
しかも二体。
ちゃんと動きを見ろ。
落ち着いて剣を振れ。
自分に言い聞かせながら、人食いネズミの動きを目で追いかける。
人食いネズミが間合いに入った。
剣を振り下ろす。
当たった。
胴体部の後ろに、剣先がめり込む。
ギュエっと鳴き声がして、人食いネズミの動きが止まる。
剣を持ち上げ、人食いネズミを蹴る。ボールのように飛んでいく。
その間にも、もう一体の人食いネズミが接近。飛びかかってきた。
大きく後ろに下がった。
人食いネズミが、ボテっと床に着地。
そこに剣を振り下ろす。
人食いネズミの、頭から胴体部にかけてを、剣が叩く。今度は鳴き声もあげずに、人食いネズミは死んだ。
よし。倒した。倒した。
倒せたよ、フラワ。
はあ、と大きく息を吐いた。
得も言われぬ達成感が湧いてくる。
だって、冒険者を始めた頃は、こいつらに負けたんだ。追い払うので精一杯で。
その頃に比べて、強くなっているんだ。
歩みは遅いかもしれないけど、ちゃんと強くなってるんだ。
いけない。感慨にふけってる場合じゃない。次の人食いネズミが来る前に、戻らないと。
人食いネズミの尻尾を切り取って、ポケットに入れる。ラビットボールと違って、尻尾しか買い取ってもらえないんだ。
少し離れた場所に転がっている、最初に倒したネズミの元へ向かう。
油断をした。
最初に、尻に近い胴体部を斬った個体。その後、蹴り飛ばしたそいつは、生きていた。
ピクリとも動かなかった人食いネズミが、かがんで手を伸ばした瞬間に、跳ねた。
腕に乗っかる。
ただのネズミと違って、一抱えほどもある大ネズミ。
体重も重い。
夢中で、そいつを払い落とす。
右腿に激痛。
噛みついてる人食いネズミを、夢中で殴った。何度も、何度も。
人食いネズミは動かなくなった。
倒した。今度こそ。
噛みつかれた腿が痛い。
一歩、二歩。
うん、なんとか歩けそうだ。
大丈夫。
ステータスを見た方がいいのかな?
【HP】がどれだけ残ってるか確認した方が……。
……やめとこう。
絶望的な気分になるかもしれない。
置いておいたランプ。
それを拾おうと、ゆっくり手を伸ばす。
また、音だ。
カッカッカ。
剣を抜く。
大丈夫。さっきみたいに倒せる。
落ち着け。大丈夫。
来た。
今度は一体だ。
一直線に走ってきた人食いネズミに、剣を振り下ろす。
確かな手ごたえがあった。
だけど、ふっ、と立ち眩みがして。
そのまま床に倒れた。
まいったな。動けないや。
ちょっとだけ、休もう。
そうしたら、少しは【HP】も回復するさ。
意識が遠ざかってく中、左手に握りしめた黒リボンの感触を確かめた。
早く戻らないとな。
フラワが心配しちゃうもんな。




