彼女は三回言った
冒険者ギルドに戻ると、受付嬢のメリッサさんから、フラワをCランクに上げるようにギルド長に提言したと言われた。
すごい。もうCランクなんて。
Cランクっていったら、中堅冒険者だよ。
だけど、フラワは、あっ、そうなの、ふ~ん、って感じだった。
ものすごく、どうでも良さそうだった。
メリッサさんが、ロベリアンネ神殿からフラワ宛てにきた手紙を渡すと、露骨に嫌そうな顔になる。
テーブルについても、フラワは手紙を開けもしなかった。
「手紙、読まないのかい?」
「だって、むかつくんだもん。あいつらのせいで、ルースがさ……」
頬を膨らませて言った。
「でも、ちゃんと読んだ方がいいよ。俺のことは気にしなくていいから」
正直、ロベリアンネ神殿には、いい印象がないよ。
でも、フラワは治癒師だし、ロベリアンネ神殿と敵対するべきじゃないんだ。なにをされるかわからない。
説得したら、しぶしぶ手紙を読み始めた。
ものすごく苦い顔。フラワって、本当に表情豊かだよね。
読み終わったら、無言で部屋の端にトコトコ行って、手紙を破いてゴミ箱に捨てた。
相当、怒ってるな。
なにが書いてあったんだろう。
「神殿に来いってさ。誰が行くか、ば~か」
べ~、って舌を出す。
普通に、可愛い。
いつもの、あのものすごい変顔は、いったいなんなんだろう。
しかし、ロベリアンネ神殿からの呼び出しかあ。
無視しない方がいいと思う。
俺は、もう今更だけど。フラワまで睨まれる必要ないし。
「一回行ってみたら? フラワまで、ロベリアンネ神殿に嫌われることないと思うよ」
「そういうの嫌だよ。私だけとか、ルースだけとか。私たち、一緒。二人でひとつでしょう?」
や、やばい。
いや、もう、顔が熱くて。
なんか、胸にもグッときて。
俺が赤面したせいか、フラワまで、顔を赤くした。
「でも、大丈夫かな。この街でロベリアンネ神殿はかなり影響力があるみたいだし」
この街に限ったことじゃない。怪我や病気の治療をするロベリアンネ神殿は、どこでもそれなりに影響力があるみたい。
だけど、この街は、それが極端な気がする。
「大丈夫。いざとなったら、こんな街、出ていけばいいよ。ルースと一緒なら、私はどこだって生きていけるもん」
まっすぐに俺を見つめて言った。
フラワの瞳は、本当に綺麗で。
強く、強く、心を引き付けるんだ。
この子と一緒に生きていきたい。
いつまでも。
そう、強く願った。
◇◇◇
昨日、スライム退治に一区切りついたので、今日は一日、休日にした。
「デートしよう、デート」
朝、フラワが元気に言った。
「昨日まで、私たち結構、頑張ったじゃん。だから、今日は休みにして。デートしよう」
「デートって、なに?」
「私たちみたいな恋人同士が、いろんなところにいって、イチャイチャすることだよ。私たちみたいな恋人同士がね」
言って、ぐふふふっ、と笑う。
「私たちみたいな、恋人同士がなっ」
なんで三回言うんだ?
「じゃあ、恋人同士じゃなきゃあ、デートじゃないのかい?」
「そんなことないわよ。友達以上、恋人未満でもデートっていうわ。ただ私とルースが恋人同士だってことを強調したかっただけなの」
フラワは、本当に面白いなあ。
可愛くて、強くて、面白いって、最強だよ。
でも、フラワといろんなところに行って、イチャイチャする、って。
想像しただけで、すごく楽しそうだ。
特に、イチャイチャってところが、なんか……。
そんなわけで、デートとやらをすることになった。
俺も、フラワも、ブレン・ブルーの街を、ろくに見て回ってない。
そんな余裕なかったし。
だから、いい機会だ。
支度するから、とフラワが部屋に戻った。
支度ってなんだろう。
なにか必要なものがあるのかな。
部屋で腕立て伏せと、腹筋をやった。
ちょっとでも鍛えないとね。
夢中でトレーニングしていたら、トントンっとノックされた。
ドアを開くと、綺麗な女の子が立っていた。
いや、フラワなんだけどさ。
でも、フラワじゃないみたいだった。
白とピンクのワンピースで。
それがもう、なんていうか、ヒラヒラで、フリフリで。
長い黒髪には、白いリボンをつけていて。黒髪を頭の後ろで縛っていた。
まるでお姫様みたいだ。
そう思った。
しばらく、見とれて動けなかった。
それから、自分の着ている服に目をやった。
みすぼらしいな、俺。
服とか、全然気にしたことなかったけど。
フラワと並んで歩くのは、不相応に思えた。
「大丈夫だよ。ルースは例えパンツ一枚でも素敵よ」
パンツ一枚って……。
フラワは、こんな風に、いつも面白いことを言って、落ち込みそうになる俺を救ってくれる。
そういうところ、すごくいい、って思うんだ。
◇
大時計塔に上って、街の景色を見下ろしたり。
本屋に行って、フラワが面白いって言ってたマンガってものを、探してみたり。
服屋で、服を買ったり。
デートは、思ってた以上に楽しかった。
手をつないで歩いているだけで、幸せな気分になるのに。
フラワが、目を輝かせて、楽しそうな顔をして、嬉しそうに笑って。
そういうのを見るたびに、心が震えるんだ。
最後に来たのは、いつもの魔法道具屋
『ブルンガル』。
ここに来るとき、フラワが、ぷくくくっ、てなんか、変な笑い方してたのが気になった。
どうしたの、って聞いたら、変顔で、秘密、って言われた。
例によって、すごい破壊力の変顔だったもんだから、笑い過ぎて、腹が痛くなったよ。
店に入ると、フラワは、高い位置に吊るされた黒い大きな袋を、指さした。
「これ、下さい」
「えっ、フラワ、それ、10万エネルじゃないよ。100万エネルだよ」
つい、声が震えた。
だって、100万エネルだよ。
大金だ。
それもそのはず。100万エネルのそれは、収納袋なんだから。
フラワが持ってるような、なんでも入って、しかも決して、重くも、かさばりもしない、とても便利な袋。
「大丈夫。ちゃんと分かってるから」
ニッコリと笑って言った。
「でも、収納袋なら持ってるじゃないか」
フラワの収納袋は、小さめだけど、大量に物が入る。きっと収納袋の中でも、ひと際、高価なものなんだろう。
「私はね。ルースは持ってないでしょう」
「お、俺の? でも、俺、別に……」
「だって、ルースの荷物、宿に置きっぱなしでしょう。いろいろ、不便だと思って。それに、私に預けにくいものだってあるかもしれないし」
いや、確かにそうだけど。
俺も収納袋持ってたら、すごく便利だけど。
100万エネル。100エネルだよ。
それを稼ぐために、フラワは森中のスライムを狩って、何往復も森とブレン・ブルー行き来しなきゃあならなかったんだ。
フラワは、もう、なにも言わないでいいよ、素直になって、みたいな顔。
そりゃあ、欲しいよ。欲しいけど。
欲しいけどさ。
だけど、そこまで甘えていいのか。
その100万エネルで、フラワの物をなにか買った方がいいんじゃないのか。
可愛い服とか、アクセサリーとか買った方が、いいんじゃないのか。
フラワの顔が、ちょっとむくれた。
あっ、俺が驚いて喜ぶの楽しみにしてたんだ、この子。
きっと、思いついてから、ずっとワクワクしてたのかも。
いいのかな。
収納袋を買ってもらっていいのかな。
俺の収納袋を。
「運べる荷物が倍になると思えば、いい投資だと思うよ。ねっ」
フラワが、ダメ押しするみたいに言った。
もう、ダメだ。白旗。
顔中に笑顔が広がっていくのが、自分でもわかった。
◇
宿に戻って、部屋の前で別れるときに、キスをした。
昨日もここでキスをしたし、なんか、週間みたいになっちゃった。
唇が離れた後、フラワはちょっと体を揺らして、それから目を開く。
上気した頬。潤んだ目。それから、えへへっ、と照れたように笑うんだ。
そのまま、また見つめ合う。
廊下を歩いてきた男性が、コホンと咳払い。
「おやすみ、フラワ」
「おやすみ、ルース」
互いに、おやすみ、を言った後にも、また見つめ合う。
また男性が咳払い。
「また明日ね」
フラワが言って、部屋に入っていった。
明日の朝までフラワに会えないのか、なんて変な切なさを感じながら、部屋に入った。
収納袋をテーブルに置く。指輪、ネックレス、ブレスレット、とステータスアップの魔法道具のアクセサリーを外していく。
最後に、腕に巻いた黒いリボンを外した。
どれも、フラワが買ってくれた物。
モンスターをたくさん狩って、頑張ってためたお金で買ってくれた物だ。
そのひとつひとつに、彼女の想いがこもってる。
どれも、俺の宝物だ。
俺は、勇者で。
魔王を倒す存在らしくて。
だけど、そんなことは、どうでもよくて。
ただ、フラワを守れるようになりたいんだ。




