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あだじも

 森へ来た。

 ブレン・ブルーの街から、少し歩いたところに茂っている森。

 主要道路からは外れているし、集落も近くにないから、人気ひとけはない。

 ぼうぼうと生えた草。

 青々とした葉をしげらせた木々。

 木の幹にへばりついてる半透明のスライム。


 ……多くない? スライム。


 だって、どの木にも、びっしりくっついてるよ。大丈夫なのか、この森。


「見ててね」


 フラワが言って、木の幹にへばりついてるスライムを、つかんで、べりべりっとひっぺがして、放り出した。

 どてっと裏返しにひっくり返るスライム。


「こうしておけば、そのうち色が濃くなるの。死んだ証拠だよ」


 なるほど。これなら俺にもできそう。

 

 フラワと会ってから、二週間。

 俺たちは、毎日毎日、ラビットボールを倒した。

 レベル上げもそうだけど、それよりもステータスアップの魔法道具を買うためだった。

 うん、俺のね。


 フラワ一人だったら、もうCランクのモンスターくらい、簡単に倒せると思う。

 だけど、フラワは俺と一緒に、ゆっくりと進む道を選んでくれた。

 だから、俺も、遠慮することなく、魔法道具を使ってステータスを上げている。

 女物だろうとなんだろうと、なりふり構ってられない。


 魔法道具とレベルアップのおかげで、ラビットボールなら、一人でも簡単に倒せるようになった。

 じゃあ、そろそろ次のステップへ、ってことで、スライム退治にやってきたんだ。

 ラビットボールじゃあ、レベルが上がりにくくなってきたからね。


 よし、ガンガン倒して、レベルアップするぞ。


 近くの木にくっついているスライムを、両手でつかむ。

 うっ、ぐにょっとしてて、気持ち悪いな。

 ぐっと引っ張って。

 け、結構、力いるな。

 フラワは、楽々やってたのに。

 

 よし、剥がれた。

 これを、その辺に転がしておく。


 うん。

 大丈夫そうだ。

 

 よし、次。

 スライムを、つかんで、引っ張って。

 引っ張って。引っ張って……。

 転がす。


 スライムを、つかんで、引っ張って。

 引っ張って。引っ張って……。

 転がす。


 スライムを、つかんで……。


 夢中で、作業を続けていたら、頭の中でファンファーレが鳴った。

 レベルアップだ。


 さっそく、確認してみる。

 うん、上がり幅が少ないけど、順調に強くなってる。

 この調子で、確実に強くなっていこう。


 それにしても、周囲の地面が、ほとんどスライムで埋まってるんだけど。

 白いブヨブヨで、土が見えない。

 いや、俺がやったんじゃないよ。

 ほぼ、フラワがやったんだ。


 だって、彼女、つかんだ瞬間に、転がしてるもの。速すぎて、動きが見えないもの。


 スライム一体、1000エネルで買い取ってくれるそうだから、すごく効率のいい稼ぎ場。

 ほかの冒険者がいないのが、不思議なくらいだよ。


 さて、頑張ろう、と、スライム剥がしに戻ろうとした時だった。

 なにかが飛んできたんだ。


 なんだ、と思う暇もなく、それは俺にぶつかってきた。


 えっ、おっ、わっ。

 飛んだ。俺、飛んだ。

 引っ張られる。

 なんだかわからないけど、なにかが腰に巻き付いて、すごい力で引っ張れれる。

 

 わあぁわあ、と叫んでたと思う。

 次の瞬間、ドボン。

 視界が黒くなって、目や耳や鼻に、なにかが入ってきた。

 反射的に口は閉じた。

 息ができない。


 水の中?

 わけがわからない。


 相変わらず、引っ張られる。


 ぶよん、とした壁にぶつかった。

 なんだ、これ。

 なにも見えないから、わけがわからない。


 まずい、苦しい。

 息ができない……。

 俺、死ぬのかな。


 フラワの笑顔が、脳裏に浮かんだ。

 好きって、言えば良かった。

 君が大好きだって、勇気を出して、言えば良かった。


 フラワ……。



 気が付いたら、フラワの顔がすぐ側にあった。

 乾いた泥がこびりついてる。

 その目は涙ぐんでいて。

 顔はくしゃくしゃ。


 ああ、ええっ、ああっ、て嗚咽してた。


 喉がザラザラして、うまくしゃべれない。


「あっ、水、水でうがいして」

 フラワが涙声で言った。


 収納袋から水筒を出して、俺の口にあてがう。

 ゴロゴロ、ぺっ、ゴロゴロ、ぺっ。

 黒っぽい水が出てきた。

 鼻からも、黒い水が出てきた。


 たぶん、沼に引きずり込まれたんだ、俺。


 何度もうがいして、口をゆすいで、なんとか、ひと心地ついた。

 体を起こす。


 バシャアっと、フラワが頭から水をかけてくれた。


「ごめんね。水、これしかなくて」

 泥だらけの顔で言った。


 こういう子なんだ。

 自分のことは後回しにして、いつも俺を助けようとする。

 俺は、君を助けたいのに。


「街へ戻ろう」

 言って、フラワが、俺をひょいっと抱き上げた。


「えっ、ちょっと待って。大丈夫だから。俺、歩けるから」


「ダメだよ。死にかかってたんだよ。ちゃんとつかまって。ほら、首に手を回して。全力で走るからね」


「いや、フラワ。俺、自分で歩けるから」


「黙って。しゃべったら舌噛んじゃうから」

 怒鳴られた。


 フラワに、両腕で抱き上げられたまま、硬直する。


 ふっ、と体が浮き上がった。

 景色が、すごい勢いで流れる。

 せまってくる木々。

 

 いきなり森が割れて、視界が明るくなる。


 草原。

 まるで風だ。風になったみたいに、草原を渡っている。

 見上げると、まっすぐに前を向いているフラワの顔が見えた。

 こびりついた泥は、風に剥がされて。

 少し上気した頬がのぞいていた。



 門番の待機所で、水場を借りる。外で汚れ物を洗ったりする場所だ。

 フラワは、いつ間にか、門番の人たちとも仲良くなっていた。


「ハンサムな恋人と水浴びかい? いいねえ」

 なんて冷やかされて、「えっ、いや、まあ、その」なんて、フラワは珍しく戸惑ってた。


 恋人か。

 そうだったら、いいな。

 フラワが俺の恋人になってくれたら、どれだけ幸せだろう。


 ベラさんが言ってた。

 結婚をする前に、恋人になるものだって。

 恋人は手をつないで歩いたり、口づけをしたり、抱き合ったりするものだって。

 

 寝る前に、フラワとそんなことをする想像をして。寝付けなくなることが多いんだ。


 頭から水をかぶって、ブルブルと頭を振るフラワを見る。

 俺の視線に気づいて、彼女は動きを止めた。


 前髪が額に貼り付いていて。

 その下の黒い瞳は、相変わらず、キラキラ輝いていて。

 水滴が伝う頬は、赤くなっていて。


 なんで、こんなに可愛いんだよ、って叫びたくなる。

 大好きだって、抱きしめたくなる。


 ああ、もう、なに考えてんだ、俺は。



 その後、ギルドに戻った。

 フラワは、俺のことを心配しながらも、なんだかソワソワとして、落ち着きがなかった。


 俺を沼に引きずり込んだのは、マザースライムという、大型スライムらしい。なんと、Bランク。

 それを倒したフラワは、当然、Bランク相当なわけで。


 ただただ、すごいと感心するしかない。

 いや、そうじゃない。

 俺も早く強くならないと。


 それにしても、フラワの様子が気になる。

 顔も赤い気がする。

 動きも、なんだか変だし。

 チラっ、チラっ、て見てくる割には、目を合わせてくれないし。


 ひょっとして、愛想つかされたとか?

 そういえば、よそよそしい気がする。

 距離感があるというか。

 

 一度、そんなことを考えたら、どんどん悪い方向に、想像を膨らませちゃって。


 我慢できなくなって、部屋の前で別れるときに、問いただした。

 俺と組むのが嫌になったんなら、そう、

はっきり言って欲しい。


「キスしたの」

 フラワが上目づかいで、顔を真っ赤にして言った。


 えっ、なに、どういうこと。

 頭が、追いつかないんだけど。

 キス? えっ、俺と?


「だから、ルースがマザースライムに沼に引きずり込まれて……。沼から引き揚げたら、息してなくて。だから、私が息を吹き込んで。だって、ほかに方法がないんだもの。それで、なんか、照れちゃって……」


 下を向くフラワ。

 

 なんかズルいな、って思った。

 フラワだけ、覚えてて。

 フラワだけの記憶で。

 

 フラワの顎に手をかけて、上を向かせる。

 まるで、油を差してない滑車みたいに、俺の体はぎこちなくて。

 逃げ出したいくらい、怖くて。緊張して。


 だけど、フラワの目が、すっと俺の心を吸い込んで。

 気が付いたら、唇を合わせていた。


 唇を離してもフラワは固まったまま。

 俺も、固まってる。

 そのまま見つめ合った。


「嫌だった?」

 声がかすれた。


「嫌じゃない」


 はあ、と息がでた。

 良かった。嫌がられたら、どうしようと思ったよ。

 ホッとした俺に、フラワが抱き着いてきた。

 柔らかくて、温かくて、幸せが胸の中にあふれた。


 抱きしめ返す。


 強く抱きしめたら、折れてしまいそうな小さな体。

 それなのに、君は強くて。

 元気で、優しくて。

 面白くて、楽しくて。

 

 世界を明るく照らしてくれるんだ。


「好きだよ。君のことが。大好きだ」

 こんな言葉じゃあ、全然、伝えきれないくらいに。


「あだじも……」

 フラワが言って、おわっ、変な声出た、って顔をした。


 もう、可愛すぎるだろ。

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