男だからとか女だからとか関係ないんだよぉ
『ブルンガル』という店に来た。
フラワが行ってみたいっていってたから、きっと欲しい物が置いてある場所なんだろうな。
看板には、魔法道具店と書いてある。
魔法道具ってことは、魔法がかかっている道具なんだろうな。
魔法のことはよく知らない。
なんか、魔法の文字や魔法の図形で、スキルみたいな不思議なことを起こす、とかなんとか。【SP】がいらなくて、誰にでも使えるのがいいところ、とかなんとか。
魔法道具は、魔法がかけられた道具のこと。
魔法道具は身近にもありふれてて。
例えば、蛇口なんかは魔法道具だよね。
コックをひねっただけで水が出るんだから。
あとは、普通のロウソクの何倍も長持ちする魔法のロウソクとか。火を使わないで明るい光を出す、光石とかね。
ここ、『ブルンガル』に売っているのも、そういう魔法の道具なんだろう。
玄関ドアを開けようとした、フラワが、ホエエって声をあげた。
フラワ、驚いたときに、そういう声出すんだ。
「すごいよ、ルース。ドアが勝手に開いたよ」
目をキラキラさせて言った。
いや、それ、たぶん、中から人が開けたんじゃないかな?
やっぱり人が出てきた。
フラワの顔が真っ赤になった。
可愛いな。フラワって、本当に。
店内には、アクセサリーがたくさん売っていた。ネックレスやベルト、指輪とかね。
そして、値段が、ものすごかった。
うわっ、て思わず言っちゃったもん。
桁が多いよ。とても手が届かない。
でも、フラワが欲しがってる物、買ってあげたいな。
いくらくらいだろう。
フラワは、トップに花弁の飾りがついたネックレスと、飾り気のない銀の指輪、赤い宝石のついた腕輪の三つで、迷っているみたいだ。
どれもステータスが上がる代物。
どれがいいと思う、って聞かれたから、ネックレスって答えた。
フラワの着ている白いスモッグは、袖口とか襟ぐいとかに、丁寧な刺繍がされてるけど、飾り気がない。
ネックレスは革ひもだけど、トップの花弁は作りが凝ってるし、可愛らしい。きっとフラワに似合うと思う。
「いや、私じゃなくて、ルースがつけるんだよ」
「お、俺が……。でも、これどれも女性向けの物だよ」
「そうだけど。ルースがつけなきゃダメなの。【HP】8じゃあ、危なすぎるもん」
えっ、じゃあ、ひょっとして、フラワが欲しい物って、俺のステータスを上げるためのものだってこと。
そのために、あんな怪しい宿でも気にしないって笑ったり、食事代を減らすために食前に干しスライムを食べたりしてたの?
なんだよ、それ。
なんで、こんないい子なんだよ。
俺なんて、足ばっかり引っ張ってるのに。
「決めた。腕輪にしよう。一度、ギルドに行って、ラビットボールをお金に変えてくるね」
あ、いろいろショックを受けている間に、フラワが、決めちゃった。
でも、ちょっと、待って、その腕輪、小さすぎない?
指摘すると、フラワが、しまった、って顔をした。ものすごく顔に出るんだよ、フラワって。
「ネックレスにしようか。ちょっとつけてみようよ」
えっ、でも、それ可愛すぎるよ。俺がつけるの、おかしいよ。
怯む俺をよそに、フラワが店員さんを呼んだ。
試着していいか聞く。
「はい、ルース、つけてみて」
そんな可愛い顔で渡されると、嫌とはいえないよ。
店員さんの顔が、あなたがつけるんですか? みたいな感じになってるけど。
ええと、どうやってつけるんだ。
ネックレスなんて、つけたことがないもんなあ。
フラワが背中に回って、ネックレスを結んでくれた。手が首に触れるたびに、心が跳ねた。
あっ、なんだろう。体が軽くなったような感じがする。そう、元気になったような。
すごく体調が良い朝みたいな。
「大丈夫そうだね。これくださ~い」
◇
宿を変えることにした。
いくらなんでも、あの宿はないよ。
フラワに申し訳なさすぎる。
朝、よく声をかけてくれるベテラン戦士の人に聞いたら、お勧めの宿を教えてくれたんだ。
『ブルンガル』での買い物を終えてから、さっそく行ってみる。
冒険者ギルドの近くにある『優しい宿』って店。
連泊すれば二部屋で、一泊一万エネル。
昨日までの宿に比べたら、ちょっと高くなるけど、それでも格安なんだ。
受付のおかみさんが、二人部屋を提案してくれた。
ベッドが二つあって、一人部屋を二つとるより3000エネルも安くなる。
でも、フラワが同じ部屋で寝てたら、俺、絶対寝れない。
きっとフラワのことばっかり考えて。
偶然、体が触れたときに、フラワのことをすごく意識しちゃうんだ。胸の膨らみとか、ほんのり赤みのかかったクリーム色の肌とか。
そういう自分に嫌悪感があって。
フラワのことを、そんな風に見ちゃいけないって思うんだけど。
ベッドに横になって、目を閉じると、どうしても変なことばかり考えちゃうんだ。
もしかしたら、ひょっとしたら、ベラさんみたいなことしちゃうかもしれないし。
二人部屋を断って、一人部屋を二つお願いすると、フラワの唇がとんがった。
「私は、同じ部屋でも良かったんだけどな」
ボソっとフラワが言った。
えっ、ちょっと、なにそれ。
いや、違う。違うぞ。
フラワはただ、俺が、変なこと考えちゃうような奴だって、知らないだけなんだ。
「ダメだよ。俺だって男なんだからさ。その、フラワに変なことしちゃうかもしれないし」
フラワの顔が見れなかった。
◇◇◇
次の日。
昼前にレベルが上がった。
よし、また一つ強くなった。ちょっとずつでも、強くなってるんだ、俺。
相変わらず、フラワがラビットボールを、すごい勢いで倒してたけど。
もう、辺り一面、血の海。
本当にフラワのステータスは、どうなってるんだろう。
ラビットボールを倒す動きとか、全然、見えないんだけど。
一度、ステータスについて聞いたら、笑ってごまかされた。
きっと、俺が惨めにならないように、気を使ってるんだと思う。
優しい子なんだよ、フラワは。
「今日はいっぱい狩ったぞ。いっぱい働いたぞ」
帰り道、フラワがホクホク顔で言った。
「すごい量倒してたよね」
「ふふふっ、600体狩りました。18万エネルの稼ぎです」
600体……。
いっぱい倒してるなあ、とは思ったけど。
多いなあ。
「あっ、こっちから行けるみたいだよ」
フラワが路地に入っていく。
その路地を抜けたら、冒険者ギルドのある通りに出るのかな。
二メートルくらいの幅の路地。
頻繁に人が通っているらしくて、蜘蛛の巣が張っているとか、ゴミが散乱しているとかはなさそう。
薄暗い路地の出口の方に、人影が見えた。
あれっ、と思う間もなく、声がした。
「おっ、来た来た。待ってたぜ、ガキども」
聞き覚えのある声。
あっ、あの時の戦士だ。
一昨日の夜に、フラワの悪口を言ってた、あいつ。
両側には、仲間の治癒師と魔法使いもいる。
まずい、そう思った時には、遅かった。
魔法使いの杖が光って、俺たちの後ろに緑色の光の半透明の壁ができた。
「へっ、これで逃げられねえぜ」
戦士がボキボキと指を鳴らす。
「たっぷり、お礼をしてやるからよ」
フラワが、俺をかばうみたいに前に出た。
考える前に、体が彼女の前に出る。
「彼女は見逃してもらえませんか」
フラワは守るんだ。絶対に守る。
例え、あいつらの靴を舐めることになったって、フラワには指一本触れさせない。
絶対に。
「見逃すわけないじゃん。楽しみにしてろよ。殺してくれってお願いするくらい、ボロボロにしてやるからさ」
治癒師が言った。
目に憎悪がこもってる。
なんとか、時間を稼ぐんだ。
その間に、フラワを逃がして……。
「フラワ、俺が注意を引くから、その隙に逃げるんだ」
小声で、ささやくように言った。
俺だって、死ぬ気でやれば、ほんの少しくらい時間を作れるはずだ。
フラワなら、その間に逃げられるかもしれない。
「体の骨をさ。全部、砕いてやるんだ。それで治すの。何度も、何度もね」
治癒師女。
ゾッとするほどの憎悪。
この女は、フラワを壊すつもりだ。
絶対に、フラワを逃がさないとダメだ。
剣を抜いた。
戦士も剣を抜く。
当たり前だ。俺が先に抜いたんだから。
斬り殺されたって文句は言えない。
それでも。
フラワの太陽みたいな笑顔が。
夏の虫の大合唱みたいな笑い声が。
月のない夜空みたいな瞳の輝きが。
なくなるよりは、ずっといいんだ。
「いいかい? なんとか、魔法板をよじ登って逃げるんだ」
もう一度、小声で念を押す。
大声をあげた。
自分を少しでも大きく見せるために。
少しでも敵を怯ませるために。
戦士に向かって突進して、剣を大きく横に振った。
後ろに下がって、軽くかわされる。
俺は勇者なんだろう?
だったら、こいつらをちょっとだけ足止めするくらい、できたっていいだろ?
好きな子を守るくらい、できたっていいじゃないか。
叫びながら、何度も剣を大振りした。
ガキっと振り下ろした剣が、弾かれる。強い力で、後ろに押される。
「ケント、遠慮しないで斬っちゃって。ちゃんと私が治すからさ。万一、殺しちゃっても、そいつなら大丈夫よ。ルーシフォス・バックネットだもん」
治癒師女が言った。
そうだよ。俺は、ルーシフォス・バックネットだよ。
治癒師に嫌われてて。
ラビットボールさえ、自力で倒せないほど弱くて。
だけど、そんな俺を。
そんな俺に、言ってくれたんだ。
ルースがいい、って言ってくれたんだ。
フラワは言ってくれたんだ。
戦士が剣を振るう。
下がるな。
斬られたって下がるな。
しがみついて、押さえこめ。
ガッ、とすぐ近くで、硬いものを叩いたような音がした。
目の前に、黒いものが広がっていた。
一瞬遅れて、それがフラワの髪の毛だと気が付いた。
舞い上がる髪の毛の間から、フラワの頭に剣が載っているのが見えた。
「か弱い女の子の頭に剣を振り下ろすとか、最低ですね」
フラワが言った。
頭の上に載った剣を、素手でつかんで、折る。
怯んだ戦士にフラワが指で、なんかした。戦士が吹っ飛んだ。
治癒師女が叫んで、片手を前に突き出した。
フラワの黒髪と服の裾が、ふわ~と後ろに広がった。
フラワが髪の毛を直す。
治癒師女が、魔法使いに怒鳴る。
今度は魔法使いが魔法を使った。
緑色の矢がたくさん飛んでくる。
なにかが、ぶつかってきた。
フラワだ。フラワに押し倒されていた。
すぐにフラワは、俺の上からどいて。
魔法使いに、見えないほどの猛スピードで近づくと、吹っ飛ばした。
治癒師女が逃げた。
それをフラワが捕まえる。
悲鳴をあげる治癒師女を、フラワが怒鳴りつける。
治癒師女が、泣きながら謝った。
「今回だけですよ。次は私も自分を抑える自信ありませんからね」
ニッコリ笑って、フラワが言った。
◇
あの後、受付嬢のメリッサさんに、三人に絡まれて、攻撃されたことを報告した。
「こういうことは、早く、きちんと報告しておかないと、面倒なことになるかもしれないもんね」とフラワ。
絡まれたことなんて、なんにも気にしてないみたいだった。
いや、そうでもないのかな。
時々、チラッと視線を送ってくる。
俺の反応をうかがっているみたいに。
もちろん、フラワがあんなに強いなんて、ビックリしたけどさ。
あの冒険者たち、まったく相手にならなかったもんな。
ていうか、剣を頭で受けとめてたし。
本当、すごいよ。
フラワが強すぎることは、別にいいんだ。
むしろ、安心かな。
女の子だし。
可愛いし。
なにかあった時に、身を守れるんだから。
だけど、できれば、俺が守りたいんだ。
フラワが俺より強くても。
俺が、守りたいんだ。
夕食時に、そのことを話したら、フラワが泣きそうな顔で笑った。
「ルースは弱くなんかないよ」




