とにかく、すごい弾力
その夜は、中々、寝付けなかった。
久しぶりに、というか、村を出てから初めてのベッド。
フカフカしていて、気持ち良くて、幸せそのものって感じだったけど。
目を閉じると、フラワの笑顔が浮かんできて。
そのたびに、胸の奥がウズウズとして。
なんだか、叫びたくなるような、そんな心地になって。
彼女が、隣の部屋で眠っているかと思うと、ドキドキして、いっそう眼が冴えた。
反対の隣からは、男女の叫び声。
なにをしているか、なんてさすがにわかる。つまり、村を出る前に、ベラさんにされそうになったこと。
父さんと母さんが、夜していたようなことだ。
フラワの部屋も隣から、こんな声が漏れているのかもしれない。いや、絶対に漏れてると思う。
なんか、申し訳なくて。
嫌な気持ちになってないかな。
フラワ、ちゃんと寝れてるかな。
結局、眠れたのかどうかよくわからなかった。
それでも、疲れは取れていたから、ベッドで寝るって、やっぱり大切なことなんだろうね。
◇◇◇
朝、洗面所で顔を洗ってたら、裸の女の人に後ろに立たれた。
えっ、なに、なんだ、この人。
俺のこと、すごく見てるんだけど。
ひびの入った鏡から目をそむけ、知らない振りをしてると、なんか、変な声を出し始めた。
なんだかわけがわからなかったけど、怖かったので、逃げた。
廊下で、やっぱり裸の男女が怒鳴りあっていた。
ダメだ。
いくら安くても、こんな宿にフラワを泊めちゃあ。
フラワは女の子なんだし。
可愛いし。
なにかあったら大変だ。
いてもたってもいられなくなって、フラの部屋へいった。
ノックする。
「は~い」と元気な声。
ドアが開いた。
「おはよう、ルース。ちゃんと眠れた?」
明るい笑顔を向けてくる。
なんだろう。
みすぼらしくて、ボロボロで、不健全で、本当に酷い宿だけど、フラワは明るくて健康的で。
彼女が現れたら、ジメジメして薄暗かった宿が、カラっと明るくなった気がする。
◇◇◇
「今日もラビットボールを、ガンガンやっつけてこうと思うの」
フラワが、ラビットボールのステーキを、切り分けながら言った。
朝の冒険者ギルド。
依頼を見にきた人たちや、俺たちと同じく朝食を食べにきた人たちで、賑わっている。
「レベルアップとお金稼ぎ。いっぱい倒して、明るい未来を築いていこう」
握ったフォークを振り上げる。
ソースと肉汁が飛び散った。
「そうだね。頑張ろう。あっ、フラワ、顔に肉汁が……」
「やだ、私ったら。粗相しちゃった」
舌を、べろ~ん、て出して、ポカっと頭を叩いた。目があさっての方向を向いていて。
ぶっ、と吹き出した。そのまま笑いが、止まらない。
フラワのその顔は、相変わらず、すごい破壊力だよ。
フラワが、なんだか不服そうな顔で、唇を尖らせてる。本当に、すごい尖ってるんだよね、唇。
それにしても、朝から、フラワの食欲はすごい。今、食べてるラビットボールのステーキは、三枚目。
しかも、これ、厚いし、大きいし。
一方、俺の方は、バケット。
軽く焼いて、バターが塗られている。
ホットミルクによくあってた。
「やっぱり美味しい」
切り分けたステーキを口に入れ、頬を押さえるフラワ。
幸せそのもの、って顔で。
見ているだけで、こっちまで幸せな気持ちになる。
じっと見てたら、フラワが顔を赤くして、モジモジしだした。
「ど、どうしたの?」
「だって、すごい見てるんだもん。恥ずかしいじゃん」
上目づかいで言った。
か、可愛い。
なんか、胸がドキドキする。
バケットの味も、ミルクの味もよくわからなくなっちゃった。
◇◇◇
レベルアップした。
ラビットボールを倒したおかげ。
というか、フラワのおかげ。
フラワが捕まえてるラビットボールを、殴ってるだけなんだから。
それでも、一体、倒すのに、何度も殴らないといけないし、倒した後は、ぐったり。
【レベル】が低いからか、やっぱり弱いなあ、俺。
それに比べてフラワは、すごい。
俺が、ぐったりして休んでいる間にも、次々とラビットボールを倒してるんだから。
彼女、一体、どういうステータスなんだろう。怖くて聞けない。
昼は、フラワが、ギルドの厨房を借りて作ったお弁当。
こういうところも、すごい。
簡単に、人と仲良くなっちゃうんだから。
お弁当は、ラビットボールの肉を薄切りにしたものを、なにかグニャグニャした白っぽいもので包んだもの。
「これ、なんだい?」
「あれ、干しスライム、食べたことない?」
えっ、なに、干しスライムって。
フラワの感じだと、ものすごくありふれてるもの、みたいなんだけど。
「私なんて、ブレン・ブルーに来るまで、干しスライムだけでしのいでたんだから。味がないから、砂糖味でも、塩味でも大丈夫。栄養満点のスペシャルフードなんだよ」
「へ、へえ」
ニコニコしながら、フラワがパクパクとかぶりつく。美味しそうな顔。
なんか、怖いけど、フラワがそこまで言うなら食べてみよう。
せっかく、フラワが作ってくれたんだし。
ドキドキしながら、かぶりついた。
ぶにゅっとした、なんとも表現しがたい食感。
独特の癖のある匂い。そう、青臭い匂いだ。そして、噛んでも、噛んでも、中々、噛み切れない、すごい弾力。
うっ、これは、きついかも。
「どう? そんなにまずくないでしょう」
そんなキラキラとした笑顔で言われたら、まずいなんて言えない。
「う、うん」
何度もえづきながら、なんとか完食した。
胃のあたりが、なんか、ずっしり重くなった。
◇
日が暮れるまで、ブレン・ブルー近場の草原で、ラビットボールを倒し続けた。
倒した数は、なんと300体以上。
まあ、俺が倒したのは、数体なんだけど。
フラワが、倒したはしから、耳を引っこ抜いて、逆さにして血抜きをするもんだから、その血に釣られて、どんどん寄ってきたんだ。
いや、でも、それにしたって、寄ってきすぎるような気がするけど。
ひょっとして、フラワってモンスターから、美味しそうに見えるとか。
ギルドに戻って、フラワが死骸を解体所に渡してくるのを待ってると、ベテラン冒険者の戦士の人が声をかけてきた。
「よう、どうだ、調子は?」
大きな体を、使い込まれた金属鎧に包んだ男性だ。年は30半ばくらい。
全身から、こう、強者って雰囲気が出てる。
「はい、【レベル】がひとつ上がりました。でも、俺、まだまだ弱くて、ラビットボールにも苦戦してますけど」
「ラビットボールにか? お前、弱いなあ。その辺のガキでも倒せるぞ、あんなもん」
はっきり言われたけど、全然、嫌な感じじゃなかった。馬鹿にしたようなところがなかったからかな。
「やっぱり、俺が飛び切り弱いんですよね」
勇者のはずなんだけどなあ。
「まあ、あんまり気にすることはねよ。最初からゴブリンにも楽勝の奴が、じゃあ、そのまま強くなってくかっていったらそうとも限らねえ。成長が早ければいいってもんでもねえんだよ。案外、最初は弱い奴が、最終的には最強になるなんてこともあるらしいしな」
「そうなんですか?」
「ああ。だから、気にすんな。あの元気のいい嬢ちゃんに、助けてもらって、ゆっくり強くなってけばいいんだよ。そんで、強くなったら、今度はお前が助けてやるんだ。仲間ってのはそういうもんだぜ」
仲間の治癒師が、ものすごく睨んでいたのを気にしたのか、その人はテーブルに戻っていった。
昨日のことがあって、俺に声をかけてくれる人がでてきたんだ。
ギルドの雰囲気もずっと良くなった。
治癒師には、やっぱり睨まれるけど。
「お待たせ、さっ、食べよう、食べよう」
フラワが帰ってきた。
空いているテーブルについて、料理を注文。フラワは相変わらず、凄い量注文する。
かと思えば、収納袋から、半透明の物を出して、齧り始めた。
うん、例の干しスライム。
よっぽど、お腹が空いてるんだなあ。
「ルースも食べる?」
「いや、俺はいいよ。でも、大丈夫? せっかく注文したのに、食べれなくなっちゃわない?」
「うん、だから、少なめに注文したの。ちょっと節約しようと思って」
「えっ、ラビットボール300体倒したよね」
そして、少なめに注文した割には、大人の男二人前くらいの量だったけど。
「ちょっと欲しいものがあるんだ」
ひひひっ、となんか怪しく笑う。
ええと、なんだろう、欲しい物って。
「だから、ちょっと怪しいけど、宿も当分、昨日のところね」
「えっ、また、あそこに泊るのかい? でも、フラワ……」
言いかけて、顔が赤くなる。
壁から漏れる、あの声。
平気で裸で歩いてる、ほかの客たち。
なんて説明すればいいんだろ。あの宿の不健全さは。
「ごめんね、不自由させて」
フラワが申し訳なさそうな顔をする。
「いや、俺は、全然。ずっと橋の下で寝てたし。でも、フラワは女の子なんだし、もっといい宿にした方が……」
「大丈夫。パンダヒルの女はたくましいんだから」
笑顔で言って、また干しスライムをハムハムする。
フラワの欲しい物ってなんだろう。
買ってあげたいな、絶対。
◇◇◇
そうは言っても。
そうは言ってもだよ。
やっぱり、この宿はないんじゃないかな。
受付のお婆さんには、しつこいくらいに、フラワとの同室を勧められるし。
いろんな部屋から、男女の興奮した声が漏れてくるし。
ついさっきはムチを持った女性と、裸の男性にすれ違ったし。
部屋の前で別れるときに、フラワにそれを言った。
なにかあってからじゃあ、遅いからね。
俺が、ベラさんに押し倒されたみたいに、フラワがひどい目に合うかもしれないんだ。
「フラワは女の子なんだから、もっと危機感もたいないと」
フラワが、あんまり真面目にとってないように見えたから、少し強めに言ったら、なんだか急にソワソワしだした。
「う、うん、聞いてるよ。そうだね、この宿は今日限りにしようか。隣から変な声するもんね」
下を向いて、手をモジモジともんで、それからチラッと上目づかいで見上げる。
照れたような赤い顔が、すごく可愛くて。
あ、俺、今日も眠れないかも、なんて思った。




