俺で、いいの?
食事後、フラワさんと一緒に、街の外に出た。
門から出る時、とても緊張した。
またラビットボールが、ピョンピョン向かってくる様子が、頭に浮かんで。
足がすくんだ。
「ほら、行こ、ルース」
バンっと強い力で背中を叩かれた。
よろけて三歩、前に出る。
門をくぐってた。
「どうしたの? ぼうっとして」
「なんでもない。行こう」
あれだけ、怖かった街の外。
だけど、門から出たら、心がどこまでも広がっていくような解放感があった。
草原から見上げる空は、広くて。青くて。
なんだか、ここ一週間、悩んだり、苦しんでいたことが、ちっぽけに思えた。
「よ~し、いっぱい獲るぞ。バッチコーイ」
フラワさんが、パン、パン、と手の平を握った拳で叩いてる。
大丈夫かな。ラビットボール、最弱とはいっても、結構、強かったよ。俺、負けたし。
「気を付けてね。フラワさん。ラビットボールは、すばしっこいから」
剣を構えて言った。
フラワさんのサラサラの長い黒髪が、風になびいている。
それを手で押さえながら、楽しそうに笑った。
今度は逃げたりしない。
彼女だけは絶対に守ろう。
◇
日が落ちてきて。
ブレン・ブルーの街に戻る。
気分が少し高揚してた。
初めて、モンスターを倒したんだ。
ちょっと、いや、だいぶ、フラワさんのおかげだけど。
隣を、口をとんがらせて、ピュウピュウ口笛を吹きながら、歩くフラワさん。
凄かった。
ラビットボールを、素手でつかんで捕まえるんだもの。
ビュンって飛んできたラビットボールを、こう、空中で、ガチっとキャッチして。
ブチブチって耳をちぎって。
治癒師なのに、絶対、俺より強いよ、彼女。
金属製の杖も軽々持ってるし。
街に入るまでに、何度も倒れかけて、肩まで貸してもらった。
男として、ちょっと情けないな。
「えっ、なになに。ひょっとして、顔になにかついてるかな」
視線に気づいたフラワさんが、両手で頬を挟んで、フニフニ動かしながら言った。
「ひょっとして、血痕とかついてる? 肉片とかこびりついてる?」
「いや、大丈夫。なんにもついてないよ。ごめんね、ジロジロ見ちゃって」
「ううん、こんな顔で良かったら、ずっと見ててくれていいよ。キャっ、私ったら、恥ずかしっ」
舌をぺろっていうか、デローンって出して、おでこにすごいしわを寄せて、こめかみを、拳にした両手で、押さえて。
ひと言でいうと、もの凄い変な顔になった。
いきなり、そんな顔しないで欲しい。
おかげで、路上で大笑いすることになったよ。
い、息が、息ができない。
腹が痛い。
なんだか、嘘みたいだ。
この街でこんなに笑えるなんて。
昼までの俺だったら、想像もできなかった。
冒険者ギルドのドアだって、軽く開けることができた。
相変わらず治癒師や、受付嬢のアンナさんから睨まれたけど、そんなに気にならなかった。
フラワさんと一緒なら、うまくやってける。そんな風に思えたんだ。
だけど、俺はやっぱり考えが甘かった。
フラワさんが、解体所に、ラビットボールの死骸を渡しに行って、それを待っている間のこと。
三人組に絡まれた。
赤毛をツンツンに立てた戦士の男と、とんがり帽子にマントの魔法使い。青い神官着の治癒師の女。
最初は治癒師の女の人が、俺のとこに寄ってきて言った。
「ねえ、ルーシフォス・バックネット。あんな田舎娘を餌食にしちゃうわけ? 惚れさせて、売っちゃうのかな?」
「俺、そんなことしません」
「こいつに、そんな度胸あるようには見えねえぜ」
赤毛の戦士の男も寄ってきて、言った。
「なあ、ルーシフォス君」
魔法使いの男も意地悪そうな顔で近づいてくる。
三人とも、初めは俺のことを小馬鹿にするくらいだった。
気分は良くなかったけど、それでも、どうってことなかった。
ドブ臭かったり、貧相だったりするのは、たぶん事実だし。
だけど、フラワさんを馬鹿にするような言葉は、聞き流せなかった。
田舎者丸出しのガキ。
そんな言葉に、顔が強張った。
俺の反応が良かったからか、治癒師が、弱点を見つけたみたいに、たたみかける。
「もう、見るからに頭が軽そうだよね。それで、股は、もうゆるゆるって感じ。牛とや豚と小づくりしてんじゃないの?」
言って、笑う。
彼女の仲間だけじゃなく、テーブルについてた冒険者の何人かも笑った。
ジョブチェンジしたばかりで、かってもわからないのに、倒れた俺を治してくれたフラワさん。
『初めての治癒師』に書かれたことを、大丈夫、大丈夫って、笑い飛ばしてくれたフラワさん。
足を引っ張られたって平気って、パーティを組んでくれたフラワさん。
そんな彼女が、なんで笑われないといけないんだ。
優しくて、思いやりがって、元気で、明るくて。
そんな彼女が、なんで馬鹿にされないといけないんだ。
「取り消せよ」
治癒師女を睨んだ。
「はっ? なに? 聞こえないんだけど?」
治癒師女が耳に手を当てて、顔を近づける。
戦士に胸倉をつかまれる。
強い力で。吊り上げられる。
「なんだって? もう一度、言ってみろよ」
はあっ、と酒臭い息を吐きかけられた。
「取り消せって言ったんだ。フラワさんを侮辱した言葉を取り消せ」
殴るなら、殴ればいい。
こんな奴らに、フラワさんを馬鹿にされて。たった一人、味方をしてくれた人を馬鹿にされて。
黙ってて、いいわけないだろ。
「どれを取り消せばいいの。頭の軽いガキ? 田舎者丸出しのイモ女? 牛ともやっちゃうようなビッチ?」
「どれも、そのまんまじゃねえか」
戦士男が言って、それに治癒師女と魔法使いの男が笑った。
ほかの客たちも笑う。
笑うなよ。
フラワさんを、笑うな。
笑うな、やめてくれ。
「やめろよ」
気が付いたら、手が出ていた。
胸倉をつかむ戦士男の手を叩いていた。
「おお、痛え、痛え。メリッサさん、見てたよな。俺、殴られちゃったよ。殴り返しても、いいよな。綺麗な面をデコボコにしてやるぜ」
はあっ、と戦士男が拳を振り上げる。
目を閉じて、痛みに備える。
ボコンっと大きな音がした。
胸倉をつかんでいた手が下がって、足が床についた。そのまま、よろける。
戦士が、うつぶせに倒れてた。
なにが、あったのか。
それを考える前に、バコンって音。
見ると、魔法使いの男が横倒しに倒れていくのが見えた。
その前に立っているメイスを持ったフラワさん。メイスから、ポタポタと血が垂れている。
フラワさんが大きく足を後ろに振り上げ、魔法使いの顔を蹴っ飛ばした。
フラワさんは、クルっと反転。今度は、治癒師女に向かっていく。
「誰が、ビッチだ、オラっ」
低くて、迫力のある声。
治癒師女を殴った。
引っぱたくとか、そういうんじゃなくて、顔のまん中に、全力のパンチを入れてるって感じだった。
さらに倒れる治癒師女に馬乗りになって、殴る、殴る、殴り続ける。
えっと、さすがに、やりすぎ。
俺が止める前に、メリッサさんが止めた。
「すいません。なんだかよくわからないけど、仲間が絡まれてたんで、興奮してしまいました。これって、なんかペナルティあります?」
私ったら、もう、って舌を出すんだけど、やっぱり、べろんって感じで。
フラワさんは、ふんふんふん、と鼻歌を歌いながら、血で汚れた手を倒れてる治癒師女の神官着で拭いて。
全然、なんにも、気にしてない様子だった。
だけど、フラワさんは俺の代わりに戦ってくれたんだ。
俺が始めた喧嘩を代わってくれたんだ。
そう思うと、なんだか、たまらなく惨めになった。
「……ごめん、フラワさん」
フラワさんが、目を大きく見開いて、それから、顔を引きつらせた。
やべっ、失敗したって顔。
それから、照れ臭いというより、卑屈っぽい顔になった。
「なんか恥ずかしいところ見られちゃったね。えへへへ」
フラワさんの表情の変化に、見とれたせいで、変な間が開いた。
あれ、俺、なにを言おうとしてたんだっけ……。
そうだ。謝ってたんだ。フラワさんに。
「俺、我慢できなくて……」
「あっ、そのセリフ、いい」
鼻を押さえて言った。
「えっ? ええと……」
戸惑う俺に、フラワさんが笑顔を向ける。
「ありがとう、ルース。私の名誉を守ってくれたんだよね」
明るくて可愛らしい笑顔。
倒れている三人組のことなんて、なんとも思ってない感じ。
でも、彼女は俺のせいで、いわれのない侮辱を受けて。
やらなくてもいい、喧嘩をしたんだ。
俺のせいで。
フラワさんの笑顔を見てられなかった。
「……やっぱり、パーティを組むのはやめよう」
絞り出すように言った。
ダメだ。もう。
フラワさんを巻き込みたくない。
「ええ……、私ならなんにも気にしてないよ。むしろ、レベルアップしてラッキーとか思ってるよ」
「嫌なんだよ。俺のことは、なんて言われてもいいけど。フラワさんのことまで、悪く言われるのは嫌なんだ。俺といると、また、こんなことが起こるかもしれない」
いや、きっと起こる。
だって、俺は、治癒師の敵なんだから。
フラワさんは明るくて、楽しくて、優しくて、強くて。
誰にだって好かれると思う。
みんな彼女のことを好きになると思う。
それなのに、俺と組んでたら、そんな彼女も嫌われてしまうんだ。
「俺、今日、すごく楽しかった。冒険者になって、こんなこと初めてで。すごく、楽しかったんだ。ありがとう、フラワさん」
短い間だったけど、フラワさんと過ごした時間は、本当に楽しかった。
心の底から笑えて。
世界が明るく見えたんだ。
俺は、そんな時間への未練を断ち切ろうと、走った。
ドアノブに手をかけたところで、背中にフワリと柔らかいものが覆いかぶさった。
夏の森のような匂い。
生命力に満ち溢れた、匂い。
「平気だって言ってんじゃん。パンダヒルの女は、罵詈雑言には慣れてるの。陰口なんて日常茶飯事なの。私は、ルースと組むって決めたの。それでいいじゃん。ねえ、ルース。つまんない差別するような連中を気にしなくていいんだよ。そんなやつら三流なんだから、すぐに私たち追い抜いちゃうよ。神殿の言いなりになってる治癒師なんて。治癒師の言いなりになってるような、冒険者なんて、くっだらないんだから」
涙が止まらなかった。
心があふれだして。
次から次へと、こぼれ落ちていく。
彼女の触れている背中が、熱くて。
胸当てのベルトの間から伝わる、感触が優しすぎて。
腰に回された手が、強く強く締め付けていた。
絶対に離さない、そんな風に。
その手に手を重ねる。
細くて、小さくて、温かい。
そっと、フラワさんの手をほどいた。
振り返る。
切りそろえた前髪の下から、黒い瞳がのぞいている。
満点の星空みたいにキラキラと輝いた綺麗な瞳。
「本当に、俺でいいの?」
フラワさんはニッコリと満面の笑顔になった。
「うん、ルースがいい」




