表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/58

俺で、いいの?

 食事後、フラワさんと一緒に、街の外に出た。

 門から出る時、とても緊張した。

 またラビットボールが、ピョンピョン向かってくる様子が、頭に浮かんで。

 足がすくんだ。


「ほら、行こ、ルース」

 バンっと強い力で背中を叩かれた。

  

 よろけて三歩、前に出る。

 門をくぐってた。


「どうしたの? ぼうっとして」


「なんでもない。行こう」


 あれだけ、怖かった街の外。

 だけど、門から出たら、心がどこまでも広がっていくような解放感があった。


 草原から見上げる空は、広くて。青くて。

 なんだか、ここ一週間、悩んだり、苦しんでいたことが、ちっぽけに思えた。


「よ~し、いっぱい獲るぞ。バッチコーイ」

 フラワさんが、パン、パン、と手の平を握った拳で叩いてる。


 大丈夫かな。ラビットボール、最弱とはいっても、結構、強かったよ。俺、負けたし。


「気を付けてね。フラワさん。ラビットボールは、すばしっこいから」

 剣を構えて言った。


 フラワさんのサラサラの長い黒髪が、風になびいている。

 それを手で押さえながら、楽しそうに笑った。


 今度は逃げたりしない。

 彼女だけは絶対に守ろう。

 


 日が落ちてきて。

 ブレン・ブルーの街に戻る。

 気分が少し高揚してた。

 初めて、モンスターを倒したんだ。


 ちょっと、いや、だいぶ、フラワさんのおかげだけど。


 隣を、口をとんがらせて、ピュウピュウ口笛を吹きながら、歩くフラワさん。

 凄かった。

 ラビットボールを、素手でつかんで捕まえるんだもの。


 ビュンって飛んできたラビットボールを、こう、空中で、ガチっとキャッチして。

 ブチブチって耳をちぎって。


 治癒師ヒーラーなのに、絶対、俺より強いよ、彼女。

 金属製の杖も軽々持ってるし。


 街に入るまでに、何度も倒れかけて、肩まで貸してもらった。

 男として、ちょっと情けないな。


「えっ、なになに。ひょっとして、顔になにかついてるかな」

 視線に気づいたフラワさんが、両手で頬を挟んで、フニフニ動かしながら言った。

「ひょっとして、血痕とかついてる? 肉片とかこびりついてる?」


「いや、大丈夫。なんにもついてないよ。ごめんね、ジロジロ見ちゃって」


「ううん、こんな顔で良かったら、ずっと見ててくれていいよ。キャっ、私ったら、恥ずかしっ」


 舌をぺろっていうか、デローンって出して、おでこにすごいしわを寄せて、こめかみを、拳にした両手で、押さえて。

 ひと言でいうと、もの凄い変な顔になった。


 いきなり、そんな顔しないで欲しい。

 おかげで、路上で大笑いすることになったよ。

 

 い、息が、息ができない。

 腹が痛い。


 なんだか、嘘みたいだ。

 この街でこんなに笑えるなんて。

 昼までの俺だったら、想像もできなかった。


 冒険者ギルドのドアだって、軽く開けることができた。

 相変わらず治癒師ヒーラーや、受付嬢のアンナさんから睨まれたけど、そんなに気にならなかった。


 フラワさんと一緒なら、うまくやってける。そんな風に思えたんだ。


 だけど、俺はやっぱり考えが甘かった。

 フラワさんが、解体所に、ラビットボールの死骸を渡しに行って、それを待っている間のこと。


 三人組に絡まれた。

 赤毛をツンツンに立てた戦士の男と、とんがり帽子にマントの魔法使い。青い神官着の治癒師ヒーラーの女。


 最初は治癒師ヒーラーの女の人が、俺のとこに寄ってきて言った。

「ねえ、ルーシフォス・バックネット。あんな田舎娘を餌食にしちゃうわけ? 惚れさせて、売っちゃうのかな?」

 

「俺、そんなことしません」


「こいつに、そんな度胸あるようには見えねえぜ」

 赤毛の戦士の男も寄ってきて、言った。

「なあ、ルーシフォス君」


 魔法使いの男も意地悪そうな顔で近づいてくる。


 三人とも、初めは俺のことを小馬鹿にするくらいだった。

 気分は良くなかったけど、それでも、どうってことなかった。

 ドブ臭かったり、貧相だったりするのは、たぶん事実だし。


 だけど、フラワさんを馬鹿にするような言葉は、聞き流せなかった。

 田舎者丸出しのガキ。

 そんな言葉に、顔が強張った。

 俺の反応が良かったからか、治癒師ヒーラーが、弱点を見つけたみたいに、たたみかける。

 

「もう、見るからに頭が軽そうだよね。それで、股は、もうゆるゆるって感じ。牛とや豚と小づくりしてんじゃないの?」

 言って、笑う。


 彼女の仲間だけじゃなく、テーブルについてた冒険者の何人かも笑った。


 ジョブチェンジしたばかりで、かってもわからないのに、倒れた俺を治してくれたフラワさん。

『初めての治癒師ヒーラー』に書かれたことを、大丈夫、大丈夫って、笑い飛ばしてくれたフラワさん。

 足を引っ張られたって平気って、パーティを組んでくれたフラワさん。


 そんな彼女が、なんで笑われないといけないんだ。

 優しくて、思いやりがって、元気で、明るくて。

 そんな彼女が、なんで馬鹿にされないといけないんだ。


「取り消せよ」

 治癒師ヒーラー女を睨んだ。


「はっ? なに? 聞こえないんだけど?」

 治癒師ヒーラー女が耳に手を当てて、顔を近づける。


 戦士に胸倉をつかまれる。

 強い力で。吊り上げられる。


「なんだって? もう一度、言ってみろよ」

 はあっ、と酒臭い息を吐きかけられた。


「取り消せって言ったんだ。フラワさんを侮辱した言葉を取り消せ」


 殴るなら、殴ればいい。

 こんな奴らに、フラワさんを馬鹿にされて。たった一人、味方をしてくれた人を馬鹿にされて。

 黙ってて、いいわけないだろ。


「どれを取り消せばいいの。頭の軽いガキ? 田舎者丸出しのイモ女? 牛ともやっちゃうようなビッチ?」

 

「どれも、そのまんまじゃねえか」

 戦士男が言って、それに治癒師ヒーラー女と魔法使いの男が笑った。


 ほかの客たちも笑う。


 笑うなよ。

 フラワさんを、笑うな。

 笑うな、やめてくれ。


「やめろよ」


 気が付いたら、手が出ていた。

 胸倉をつかむ戦士男の手を叩いていた。


「おお、痛え、痛え。メリッサさん、見てたよな。俺、殴られちゃったよ。殴り返しても、いいよな。綺麗なつらをデコボコにしてやるぜ」


 はあっ、と戦士男が拳を振り上げる。

 目を閉じて、痛みに備える。


 ボコンっと大きな音がした。

 胸倉をつかんでいた手が下がって、足が床についた。そのまま、よろける。


 戦士が、うつぶせに倒れてた。

 なにが、あったのか。

 それを考える前に、バコンって音。

 見ると、魔法使いの男が横倒しに倒れていくのが見えた。


 その前に立っているメイスを持ったフラワさん。メイスから、ポタポタと血が垂れている。

 フラワさんが大きく足を後ろに振り上げ、魔法使いの顔を蹴っ飛ばした。


フラワさんは、クルっと反転。今度は、治癒師ヒーラー女に向かっていく。


「誰が、ビッチだ、オラっ」

 低くて、迫力のある声。


 治癒師ヒーラー女を殴った。

 引っぱたくとか、そういうんじゃなくて、顔のまん中に、全力のパンチを入れてるって感じだった。


 さらに倒れる治癒師ヒーラー女に馬乗りになって、殴る、殴る、殴り続ける。


 えっと、さすがに、やりすぎ。

 俺が止める前に、メリッサさんが止めた。


「すいません。なんだかよくわからないけど、仲間が絡まれてたんで、興奮してしまいました。これって、なんかペナルティあります?」


 私ったら、もう、って舌を出すんだけど、やっぱり、べろんって感じで。


 フラワさんは、ふんふんふん、と鼻歌を歌いながら、血で汚れた手を倒れてる治癒師ヒーラー女の神官着で拭いて。

 全然、なんにも、気にしてない様子だった。


 だけど、フラワさんは俺の代わりに戦ってくれたんだ。

 俺が始めた喧嘩を代わってくれたんだ。

 そう思うと、なんだか、たまらなく惨めになった。 


「……ごめん、フラワさん」

 

 フラワさんが、目を大きく見開いて、それから、顔を引きつらせた。

 やべっ、失敗したって顔。

 それから、照れ臭いというより、卑屈っぽい顔になった。


「なんか恥ずかしいところ見られちゃったね。えへへへ」


 フラワさんの表情の変化に、見とれたせいで、変な間が開いた。

 あれ、俺、なにを言おうとしてたんだっけ……。

 そうだ。謝ってたんだ。フラワさんに。

 

「俺、我慢できなくて……」


「あっ、そのセリフ、いい」

 鼻を押さえて言った。


「えっ? ええと……」


 戸惑う俺に、フラワさんが笑顔を向ける。

「ありがとう、ルース。私の名誉を守ってくれたんだよね」

 

 明るくて可愛らしい笑顔。

 倒れている三人組のことなんて、なんとも思ってない感じ。

 でも、彼女は俺のせいで、いわれのない侮辱を受けて。

 やらなくてもいい、喧嘩をしたんだ。

 俺のせいで。

 フラワさんの笑顔を見てられなかった。 


「……やっぱり、パーティを組むのはやめよう」

 絞り出すように言った。


 ダメだ。もう。

 フラワさんを巻き込みたくない。


「ええ……、私ならなんにも気にしてないよ。むしろ、レベルアップしてラッキーとか思ってるよ」


「嫌なんだよ。俺のことは、なんて言われてもいいけど。フラワさんのことまで、悪く言われるのは嫌なんだ。俺といると、また、こんなことが起こるかもしれない」


 いや、きっと起こる。

 だって、俺は、治癒師ヒーラーの敵なんだから。


 フラワさんは明るくて、楽しくて、優しくて、強くて。

 誰にだって好かれると思う。

 みんな彼女のことを好きになると思う。

 それなのに、俺と組んでたら、そんな彼女も嫌われてしまうんだ。

 

「俺、今日、すごく楽しかった。冒険者になって、こんなこと初めてで。すごく、楽しかったんだ。ありがとう、フラワさん」


 短い間だったけど、フラワさんと過ごした時間は、本当に楽しかった。

 心の底から笑えて。

 世界が明るく見えたんだ。


 俺は、そんな時間への未練を断ち切ろうと、走った。


 ドアノブに手をかけたところで、背中にフワリと柔らかいものがおおいかぶさった。

 夏の森のような匂い。

 生命力に満ち溢れた、匂い。 


「平気だって言ってんじゃん。パンダヒルの女は、罵詈雑言には慣れてるの。陰口なんて日常茶飯事なの。私は、ルースと組むって決めたの。それでいいじゃん。ねえ、ルース。つまんない差別するような連中を気にしなくていいんだよ。そんなやつら三流なんだから、すぐに私たち追い抜いちゃうよ。神殿の言いなりになってる治癒師ヒーラーなんて。治癒師ヒーラーの言いなりになってるような、冒険者なんて、くっだらないんだから」


 涙が止まらなかった。

 心があふれだして。

 次から次へと、こぼれ落ちていく。

 彼女の触れている背中が、熱くて。

 胸当てのベルトの間から伝わる、感触が優しすぎて。


 腰に回された手が、強く強く締め付けていた。

 絶対に離さない、そんな風に。


 その手に手を重ねる。

 細くて、小さくて、温かい。

 そっと、フラワさんの手をほどいた。


 振り返る。

 切りそろえた前髪の下から、黒い瞳がのぞいている。

 満点の星空みたいにキラキラと輝いた綺麗な瞳。 

 

「本当に、俺でいいの?」


 フラワさんはニッコリと満面の笑顔になった。

「うん、ルースがいい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ