悪気はなかったんです
次の日。
また冒険者ギルドへ行ってみた。
昨日のことがあったから、入るのも緊張した。
そして、やっぱり居心地は最悪。
受付嬢アンナさんは、すごい目で睨んでくるし。
テーブルについてる冒険者たちも、冷たい目で見てきて。
それでも、受付嬢メリッサさんは、今にも逃げ出しそうな俺に、声をかけてくれた。
「こんにちは、装備を整えられたんですね」
「はい、少しは冒険者らしく見えますか?」
「見違えましたよ」
そんなちょっとした会話だけで、すごく嬉しかった。
「あの、パーティを組みたいんですが」
モンスター退治をするなら、仲間が欲しい。魔法使いとか治癒師とか。
メリッサさんの顔が曇った。
「それは、少し難しいかもしれません」
そこへ、受付嬢アンナさんが、さささっと寄ってきて言った。
「馬鹿じゃないんですか? ルーシフォス・バックネットとパーティを組む人なんているわけないじゃないですか」
「ど、どいうことですか?」
「『初めての治癒師』で、名指しされてた要注意人物なんですから」
「アンナ、もういいから、そっちへ行ってなさい」
メリッサさんが、アンナさんを追い払った。
困った顔をこっちへ向ける。
「実は、ルーシフォスさんの評判は、そのとても悪くてですね……」
メリッサさんは言うと、カウンターの奥から本を取ってきた。『初めての治癒師』。
開いて、例のページを見せる。
金髪、碧眼、ルーシフォス、バックネット。
俺にしっかり当てはまった。
自分でも顔が青ざめるのが分かった。
「もちろん、ただの偶然ですが。今までも、名前が近い方や、顔の綺麗な男性は治癒師から敬遠されていまして。治癒師というのは、大抵のパーティにいるので、彼らが猛反対すれば、ほかの方々も同意せざるを得なくなってしまい……」
「つまり、あんたみたいな奴と組んでくれる冒険者なんて、誰もいないってこと。分かった?」
アンナさんが、離れたところから声を大にして言った。
「しばらくは、ドブさらいや街中での荷物運びなど、モンスター退治以外の仕事をされてはどうでしょう。私の方でも、ルーシフォスさんとパーティを組んでくれそうな方を探してみますので」
本当は、すぐにでもモンスター退治に行きたかった。
せっかく、剣と鎧を買ったんだからさ。
けど、一人で、モンスターと戦うのはやっぱり怖かったんだ。
メリッサさんに言われた通り、ドブさらいの仕事を受けた。
臭いもすごいし、汚れるし、きつい仕事だった。
その割には報酬も少なくて。
なにより困ったのは、しみついた臭いのせいで、ギルドに入ると、いっそう嫌な顔をされるようになったこと。
仕方がないから、川で体を洗うようにした。
三日目は、ドブさらいはやめて、荷物運びをやった。
こっちはまだ楽だった。ものすごく疲れるけどね。何度も荷物に押しつぶされそうになった。
一緒に働いた人たちも優しかった。
昼食を奢ってくれたし。
「せっかく、綺麗な顔してるんだから、こんなきつい仕事することねえだろうによ」なんて、言ってたよ。
綺麗な顔なんて言われても、俺、男だから、別にうれしくないんだけどな。
夕方、冒険者ギルドに戻ったら、メリッサさんに手招きされた。
ちょうどアンナさんがいない時で、少し気持ちが軽くなっていた。
「あちらに、つい先ほど登録されたばかりのパーティがいます。彼らにアプローチしてみてはどうでしょうか?」
声を落として、メリッサさん。
彼女がそっと指さしたテーブルを見る。
スカウト、魔法使い、治癒師の三人組。魔法使いと治癒師は女の子で、スカウト(弓と短剣、軽鎧)だけ男の子。
年は俺と同じくらいだった。
「でも、治癒師がいますよ」
「大丈夫です。まだ本を渡していませんから」
メリッサさんが、任せなさい、みたいな顔をして言った。
「あ、ありがとうございます」
せっかく、メリッサさんがお膳立てしてくれたんだ。
さっそく、新米冒険者たちのテーブルに行った。
絶対に、パーティに入れてもらうぞ、って、決意を胸にね。
「こんにちは」
緊張しながら声をかけた。
「君たち、今日、登録したばかりなんだよね」
「ああ、そうだよ。それがどうかした?」
スカウトの少年。ちょっと警戒した顔。
「俺も、ついこのあいだ冒険者登録したばかりなんだ。その、もし良かったら……」
「一緒にやろうよ。ねえ、フレック、うち、戦士いないし、ちょうどいいじゃん」
黒いマントにとんがり帽子の、魔法使いの女の子が言った。
「あたし、ルーカ・フレイベル。よろしくね」
「私は、キリス・フラットグラスです。よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げて、白いスモッグの女の子が言った。
「おい、勝手に決めるな。リーダーは俺だぞ」
スカウトの少年が、仲間の女の子たちを見て、最後に、俺に目を向けた。
なんか怒ってる感じだった。
「つうか、いきなり寄ってきて、怪しくねえか、こいつ」
「受付のメリッサさんに、ちょうど入ったばかりのパーティがいるから、どうかって勧められたんだ。いきなり、ごめんね」
リーダーだし、警戒するのは当然だよね。
きっと自分がしっかりしないと、って思ってるんだろうな。
「ねっ、座って、座って。フレックって、ひねくれ者でさ」
魔法使いのルーカに、腕をつかまれて席についた。
なんか、ちょっとこの子苦手だな、と思った。ベラさんと雰囲気が似てるっていうか。
「とにかく、名乗れよ。お前」
「あ、そうだね。俺は、ルー……ルース。ルース・バック」
やっぱり、本名を名乗るのは怖かった。
嘘をつくの抵抗があったけど、もし俺の名前を聞いて、敵意を持たれたら、って思うと、正直に名乗れなかった。
「よろしくね、ルース。一緒に頑張ろう」と魔法使いルーカ。なんだか、距離が近かった。
「だから、勝手に決めるなって」
「いいよね、キリス」
治癒師キリスが、うなずいた。恥ずかしがり屋なのか、すごく顔が赤い。
「ルースさんを入れるべきだと思います」
「ほら、これで二対一。決まりね」
「お前ら、こいつがイケメンだからってよ」
「どっちにしろ、戦士は必要じゃん。年も同じくらいだし、ちょうどいいでしょ」
スカウトのフラットが仏頂面になった。
仲良くなりたいんだけどな。
村に同年代の男っていなかったから、友達になりたかった。
そのまま、彼らと一緒に夕食を食べた。
フラットは相変わらず不機嫌で、不愛想だったけど、女の子たち、特にルーカが元気で、話は途切れなかった。
うまくやってけるかも。
考えてた通りの冒険者生活ができるかも。
そんな風に思った。
空気が変わったのは、フラットがトイレに行って、戻ってきてからだった。
「お前、なんで偽名なんか名乗ったんだ」
フラットが睨んだ。
「お前の名前、ルース・バックじゃないんだろ」
「あんた、なに言ってんのよ」
「お前は黙ってろ。さっき、トイレで治癒師の人に言われたんだよ。そいつは、ルーシフォス・バックネットだって。要注意人物だから、気をつけろって、さ」
顔から血の気が引いていった。
体が震えた。
「なんか事情があったんでしょう? ちょっと名前を変えたくらい、大した問題じゃないじゃない」
ルーカがフラットを睨む。
「それだけじゃねえ。ルーシフォス・バックネットは、本に載ってるくらいヤバい奴なんだよ」
「本? なにそれ」
「治癒師の本。ほら、こいつの治癒師版だよ」
フラットが荷袋から出したのは、『初めてのスカウト』って本だった。
「キリス、お前も貰ったろ。『初めての治癒師』。それに書いてあるんだってよ」
キリスが困ったような顔をした。
それから、小声で言った。
「私、それ貰ってない」
ここから、問題が大きくなったんだ。
フラットがメリッサさんに詰め寄って。
メリッサさんは、何度も謝って。
『初めての治癒師』を受け取った、キリスは、例のページを見て、俺を見る目が変わって。
ほかの治癒師たちもメリッサさんに苦情を言って。
つまり、俺を贔屓にしているとか、要注意人物に肩入れするとは何事か、とか。
ついには、ギルド長まで出てきて。
メリッサさんはものすごく叱られてた。
俺は何度も、メリッサさんが親切心から助けてくれたことを話したけど。
俺が口を挟むたびに、事態が悪くなっていったんだ。




