ルースはイケメンに成長しました
自分が勇者だって知らされてから、自分なりに、どうすればいいのか考えた。
とにかく強くならないと。いつか魔王と戦うんだから。
だけど、ルシディア様は必要な時にしか勇者の力は出せないと言っていた。
必要な時って、いつだろう?
とにかく、剣の訓練をしたんだ。
ちょうどいいくらいの棒を見つけてきて、振り回してただけだけどね。
例えばさ、大きな街だったら冒険者ギルドがあったりして、剣を教えてくれる人も見つかったと思うんだ。
だけど、俺の村は冒険者ギルドどころか、元冒険者さえいなかった。
モンスターと戦ったことがあるのなんて、トム爺さんくらいで。
だから、俺が冒険者になるって言ったら、反対したよ。父さんも母さんも。
結局、大きくなるまでにやったことなんて、自己流の訓練と、トム爺さんにモンスターとの戦いの話を聞かせてもらったくらい。
あとは、『勇者ルディアスの冒険』を読んだり。
実はね、大きくなるにつれて、自分が勇者だなんて、段々、信じられなくなっていたんだ。
だって、特別強くないからね。
それどころか、ベラさんに力で負けるくらいだったし。
ああ、ベラさんは俺の家の三軒隣のお姉さんで、俺より四つ年上の人。
とにかく小さな村だったから、子供も少なくて。
未婚者といったら、30歳上のジェッドさんか、50歳上のレードさんか。
あとは俺より七歳年下のリアかな。
ベラさんは俺と結婚する気まんまんだった。
「ルース、冒険者になるなんて馬鹿言ってないで、父さんの仕事を覚えなさいよ」
なんてよく言われたよ。
ベラさんの父親は村長で、隣村と行き来して、必要な物を村に取り寄せたり、職人を手配したり。村の外とのやり取りを担当していた。
村で一番尊敬されてて、頼りにされてた。
だからかな、ベラさんはちょっとワガママなところがあったね。
実は、村を出る前に、ベラさんに押し倒されてさ。
男として、情けないんだけど。
その時は、リアが大声上げてくれたから助かったんだ。
それで、リアが、助けたんだから、お礼してよ、って言うんだ。
「お礼? なにがいいの?」
「じゃあ、目を閉じて。しゃがんで」
「こう?」
チュッて唇にキスされた。
「ルースはあたしと結婚するの」
だってさ。
ベラさんの件があってから、これはもうボヤボヤしてられない、って思った。
ベラさんと、そういう関係になったら、勇者どころか、一生村から出られなくなる。
だから、父さんと母さんにだけ、別れを告げて、村を出たんだ。
父さんも母さんも、俺が子供の頃から、ずっと冒険者になりたいって言ったもんだから、納得してくれてた。
「まあ、この村で一生終えろってのもな。若いんだから、外の世界で頑張ってみりゃあいいんじゃねえの」と父さん。
「ベラが相手じゃねえ。ルースに気の毒すぎて、村にいろなんて言えないよ」と母さん。
朝早く村を出て。半日かけて隣村に行って。そこから街まで馬車に乗せてもらって。
本当に親切な人ばかりで助かったよ。
女性って親切な人が多いよね。いつも、なにかと、助けてくれるのは、女の人だったな。
時間はかかったけど、なんとかブレン・ブルーへやってきた。
旅はつらくなかったよ。
ほら、小さい村で、ずっと過ごしてたから。なんでもかんでも珍しくてさ。
きっと、田舎者丸出しって感じだったかも。
ブレン・ブルーに来た理由は、本当にどうってことないんだ。
道中で、ブレン・ブルーの冒険者ギルドが大きいって聞いて。
大きい冒険者ギルドなら、俺みたいに、ろくに戦ったことのない初心者でもやってけるかなって。
やっぱり、考えが甘かったかな。
冒険者ギルド。
店の前に立ったとき、本当にドキドキした。
ここから、俺の冒険が始まるって。
もしかしたら、俺は本当に勇者で、グングン強くなって、有名になって、大金持ちになって。
なんてね。
いざ、ゆかん、なんて勇んでドアを開けてさ。
フロアにいたのは冒険者ばっかり。
しかもみんな強そうで。
まあ、冒険者ギルドなんだから、当たり前だけど。
なんだか、治癒師の人たちがずいぶん厳しい顔をしてるな、なんて思った。
『初めての治癒師』のことなんか知らないし。
ひょっとしら、俺が弱そうだから、仕事を増やすな、とか思われてるのかもしれないぞ、なんて考えたり。
綺麗な受付嬢さんに挨拶して、冒険者になりたいって伝えた。
俺、冒険者になりたいんです、とかなんとか。
受付嬢さんから冒険者登録用紙を受け取って、記入。
初めて、あれっ、て思ったのは、それを受付嬢さんに渡した時だった。
「ル、ルーシフォス・バックネット」
受付嬢さんが大声で叫んだ。
「は、はい」と、つい返事をしてしまう。
店内の空気が凍り付いた。
もうピキンって感じで、緊張が走って。
えっ、えっ、俺、なんか、まずいことしたかな。
不安で身を縮こませた。
受付嬢さんがカウンターの奥から本を出した。
そう、『初めての治癒師』。
パラパラページをめくって、例の要注意のところを開く。
「ルーシフォス、バックネット、金髪碧眼、イケメン」
受付嬢さんが読み上げる。
店にいた治癒師の何人かも同じように、あの本を開いていた。
「あなた、そんな虫も殺さない顔をして……」
受付嬢さんに睨まれる。
「あの、俺がなにかしましたか?」
「詐欺師、極悪人、女の敵」
受付嬢さんに罵られる。
「ちょっと、アンナ、落ち着いて」
もう一人の受付嬢さんが寄ってきた。
あとで名前を知ったんだけど、メリッサさんだね。
「先輩、こいつ、ルーシフォス・バックネットですよ」
「知ってるわ。あなたが大声で叫んだから」
「悪事を働く前に、ぶっ殺した方がいいんじゃないですか?」
「だから、落ち着きなさいよ。ただの偶然かもしれないでしょう」
「先輩は甘いんです。そんなんだから、無職の彼氏に寄生されるんですよ」
「おい、それ、関係ねえだろ」
「関係あります。先輩はリスクマネージメントができていないんです。疑わしきは罰せよ。害虫を放っておいたら、被害が大きくなるんです」
「と、とにかく、ギルド長に相談しましょう」
メリッサさんは、カウンターから出て奥の通路へ。
受付嬢アンナさんは、すごい目で俺を睨んでた。
わけがわからないけど、逃げ出したいくらい怖くてさ。
でも、ここで逃げたら、絶対に勇者じゃないって思って。
震える足で、踏みとどまったんだ。
しばらくして、メリッサさんが戻ってきて、アンナさんに耳打ち。
アンナさんは、ええ? とか、はあ? とか、馬鹿じゃないですか? とか言って、最後に大きな舌打ち。メリッサさんと交代した。
メリッサさんは、ちょっと固い表情だったけど、ギルドカードを作ってくれた。
ドキドキしながら、自分のステータスを見たよ。
まあ、こんなもんだよね、って失望。
実はステータスがとんでもないことに、なんて期待してたんだ、本当は。
メリッサさんの指示に従って、『ジョブチェンジの間』へ行った。
横長の部屋の奥にジョブチェンジについての本があったから、それを読んで。
ジョブを戦士にすることには、迷わなかった。勇者っていったらやっぱり戦士だからね。
戦士の部屋に入って、赤い水晶玉に触った。
視界が真っ赤になって。
その赤い色がすうっと消えて。
白い霧がかかったみたいな空気で。フワフワとした雲の上みたいな地面。
あ、ここ、来たことあるぞ、って思った。
目の前には、鎧を着た戦士が立っていた。
ガッチリしてて、背も高くて、顔は傷だらけ。
もう、見るからに強そうでさ。
「ルーシフォス・バックネットよ。よくぞ我が元へ来たな」
「は、はい」
「我は、マルス。炎と力を司る神だ」
「よ、よろしくお願いします」
ルシディア様と対面したときは、本当に子供だったから、神様を敬ったり恐れたりって気持ちが分からなかった。
けど、この年になると、さすがに、神様の前で緊張しない、って無理だよね。
「ところで、その、なんだ……」
マルス様が言いよどむ。
「はい」
「ルシディア様から、聞いているとは思うが……。聞いているよな?」
「ええと、俺が勇者だということですか?」
マルス様が、ホッとした顔になった。うんうん、と何度もうなずく。
「そうだ。そなたは魔王を倒す存在。勇者である。いってみれば、人間の切り札。ゆめゆめ、そのことを忘れたてはならんぞ」
「はい。あの、俺は本当に勇者なんですね」
「そうだ。ルシディア様がそう決めたからな」
「その割には強くないんですが。ステータスも、少ないし」
「それは仕方がないことなのだ。強大な力を持つ魔王に対抗するため、勇者の力は、ここぞというときまで、解放するわけにはいかんのだ。とにかく、今回はそういう仕様なのだ、とルシディア様は言っておられた」
「やっぱり、そうなんですね。あの、それと、俺、なんだか、冒険者ギルドで嫌われてるみたいなんですが」
「うん? そうなのか? なにしろ、我らも忙しいのでな。勇者とはいえ、そなたにばかり注目しているわけにはいかん。ルシディア様はなにかと人使いが荒くて……コホン、コホン、まあ、なんだ、気にすることはない。大望を抱く者を、小人ははかることができぬからな。では、そういうわけで、これからも精進するように」
「あの、ちょっと待ってください。俺、まだジョブチェンジしてないんじゃ……」
戦士の部屋に入る前に読んだ本に、ジョブチェンジすると、神様から初期装備が貰えるって書いてあった。
「いや、そなたは、ほれ、ルシディア様直属の者ゆえ、我が眷属にするわけにはいかんのだ。ジョブも勇者だしな」
なんだか、勇者って損な気がする、なんて思ってたら、視界が変わって、戦士の部屋に戻ってた。
もちろん、服も変わっていなかったよ。
初期装備を貰えなかったからかな、ホールに戻ると、メリッサさんも、アンナさんも、やっぱり、みたいな顔をした。
テーブルについてる冒険者たちも、ヒソヒソ話。
なんだか居心地悪くて。
逃げ出すみたいに、ギルドから外へ出た。
家を出るときに、父さんが持たせてくれたお金があったから、とにかく装備を整えることにした。
鎧を着て、剣を持てば、ちょっと冒険者らしくなれるんじゃないかって、思って。
何度も道に迷った末に、武器屋と防具屋を見つけて、装備を買った。中古だけどね。
装備品を買ったせいで、お金が一気に無くなった。
パン屋で一番安いパンを買って。
これから、どうしようかなあ、って考えながら食べた。
その日は、結局、路地裏で眠ったよ。
あまり寝心地は良くなかったけど、まあ冒険者って、野宿することが多いだろうしね。
冒険者って、考えてたより、きついな、なんて思いながらさ。




