第7話
──心配しなくても、ここにいるわよ。
その声と手に感じる温かさで目が覚めた──のだが、寝入ってしまう前の自分の行動が恥ずかしくて起きるに起きられない。
怒ってわらべ様に缶投げつけて、さおり様に泣きついて、そのまま寝てしまうなんて。
恐ろしい。お酒はなんて恐ろしい力を持っているんだ。
さおり様に膝枕してもらっている今も結構恥ずかしいけれど、もう一度寝て朝までやり過ごそう。寝てしまえば関係ない。
そう思っていたら、次は大国主神様が部屋に入って来て、さおり様の隣に座った。しかも、さおり様が大国主神にものすごい暴言を吐いた。
思わず起きて、「何言っているんですか!?」と言いそうになったのだけど、何とか堪えた。
それから、さおり様と大国主神様のまじめな話が始まった。
いつもと雰囲気の違うさおり様。少し怖い。いつものように明るく少しふざけるような態度ではない。
本当に神様であるように、大国主神様と対等に話をしている。
寂しい。そう感じてしまった。さおり様がどこか遠くに行ってしまったかのように。
──一度消えた。
その言葉が強く胸を締め付けた。泣くなと自分に言った。ばれないように唇をかみ締めた。
さおり様と大国主神様の話は続いている。私は泣きそうになる気持ちを抑えながら聞いた。
──人が望む神はそれではない。
──人が望むことに答えないのなら、神は人を脅かす危険な存在でしかない。
大国主神様の言葉が耳に入って、泣きそうな気持ちとか鬱屈していたことが吹き飛んだ。
今こいつはなんて言った?
明確に湧いた大国主神様への敵意。
この神様はさおり様を、さおり様の生き方否定した。しかも、危険な存在だとまで言って。
私もさおり様に神様らしくして欲しいとは何回も言った。
だけどそれは──またあんなことが起きた時に──神様らしい神様であったなら──私一人の命なんかで──さおり様が消えてしまうことなんてなくて──違う──もう二度と家族が消えるところなんて──私が見たくなくて──だから、さーちゃんじゃなくてさおり様って呼んで──呼び名だけでも距離をとって。
だけど本当は──神様らしい神様のさおり様より──今のさおり様の方が大好きで──さおり様じゃなくてさーちゃんって呼びたくて──私は一体何を望んでいる──神様らしいさおり様──家族のさーちゃん──どっちを選ぶ──苦しみを取り除く──喜びを取る──ぐるぐると回る──苦しみを取り除いて喜びを取りたい──だけど二つは相容れない──どっちを取るかなんて決まっている──私が怒った理由がそれなんだから──ただ私が怖がって──怖くて二の足を踏んでいるだけで──だけど怒ったからには──やっぱり自分は神様らしいさおり様じゃなくて──子供っぽくて──母親のようで──大切な家族のさーちゃんを──私は──私が──他の誰でもない私が。
「私が望んでいます!!」
いきなり私が起きて言ったことにさーちゃんと大国主神様が呆けているのをかまわないで言葉を続ける。
「私が今のさーちゃんを望んでいます!!」
静かな部屋に私の声が吸い込まれる。
かなり大きな声で叫んでしまったが部屋で寝ている者が起きる気配はない。寝ている人は大丈夫だろうかと一瞬思ったが、今は頭から捨て去る。
私は目の前にいる大国主神様をじっと見つめる。敵意を込めて。
「くくっ、ハッハッハッハ」
突然笑い出した大国主神様。予想した反応と違って少し気が抜けてしまった。
「そうかそうか、望んでいるのか」
ポンポンッと大国主神様が私の頭に手を置く。
「まったく、それでは俺の骨折り損ではないか」
「なに絵美に触ってんの!?」
さおり様が私と大国主神様の間に入り込んで、フーッと威嚇しながら大国主神様の手を払いのけた。
「おうおう、親ばかも程々にしとけよ。せっかく心配してやったってのに、本当に扱いが酷いな」
「お前に心配されるほど落ちぶれてないわ」
「え、心配?」
大国主神様の心配という言葉に頭が真っ白になる。
「こいつは神の役割サボってたら消えるから程々にしとけよって言いにきたのよ」
かぁと顔が熱くなる。完全な早とちりで怒っていたのだから。しかも、大国主神様に。
「す、すいません。いきなり大声出して」
「かまわんさ。別に気にしてない。それにそこの自称農神は君が生き返らせたんだろ」
「え、はい、まぁそうですけど。私の中に残ったさーちゃんの力を使ってですが。あとコンちゃんにも手伝ってもらって」
「あぁ、だからなのか」
「なにが『だからなのか』よ」
さおり様が不機嫌そうに大国主神様に聞いた。大国主神様はニヤニヤと笑いながら話し出す。
「いやな、いくら神といえど一度消えたら、普通は生き返らんからな」
「えっ」
一気に不安が膨らんだ。さおり様の方を見ると、少し顔をゆがめていた。
生き返らない。じゃあ、今のさおり様は、あの時のさおり様は──
「そう不安そうにしなくても大丈夫だ。そこの農神は間違いなく本物。ただ器が新しくなっただけだ。まあ、生き返ったというよりは記憶も何もかも持って新しく生まれたという方が正しい気がするがな。それに加えて新しく望まれたんだ。良かったな、これでもうそのまま過ごしても問題ないぞ」
大国主神様に向かって、お猪口が飛ぶ。それを大国主神様は難なく取った。
「さっさと戻りなさいよ。もう酔いは覚めたでしょ」
「はいはい、戻りますよ」
大国主神様が部屋を出ようと立ち上がり、出口へと足を向けたが、片足を部屋の外に出して足を止めた。
「そうそう、お前神としてはともかく良い女になったよな。思わず口説きたくなったわ」
振り返りざまに言ってきた。さおり様はその言葉に近くにあった枕を投げつけた。
「お前なんかお断りよ、種馬」
大国主神様は枕をひょいと避けて「ほんとに手厳しいな」と笑いながら小走りに出て行った。
大国主神様が出て行って、私はさおり様の方を見る。今の私の心境は複雑だ。大国主神様はさおり様は本物と言った。だけど、新しく生まれたとも言った。今のさおり様が新しく生まれたということは、生き返っていないということで。
「さーちゃん、その、私……」
「ハイ! 暗いのはそこまでー!! あいつの言ったことなんて気にしないの。いい? 私はね、ちゃんとここにいるんだから。絵美の小さい頃も憶えている。その前のことだって全部憶えている。だからそんな泣きそうな顔しないのー」
さおり様が私の顔をぐにぐにし始めた。そこで笑うなり怒るなりすればよかったのに、結局涙を抑えることができなかった。
「今日はいつにも増して泣き虫ね」
そう言って、またやさしく包み込んでくれた。私もそれにしがみ付いた。
「ごめんなさい……」
今までずっと言えなかった言葉。現実と向き合うのが怖くて。嫌われたくなくて。
お母さんは事故で死んだ。自分を納得させることが出来た。
だけど、さーちゃんは私が、わたしが──殺した。殺したも同然だった。だから、生き返らせたとしてなかったことにしようとした。認めなくなかった。
それでも、夢は私に見せ続けた。私を逃がさないと言うように。
もう逃げられない。大国主神様の言葉で、逃げられなくなった。
震える声で言う。今にも押しつぶされそうな不安に呑みこまれながら。
「本当にごめんなさい……」
「なにを謝っているのやら」
さおり様はくすくすと笑って、小さい子供をあやすように静かに私の頭を撫でる。
私は頭を撫でられながら、さーちゃんのやさしさに甘えて小さく声を押し殺してすすり泣いた。
次で最後になります。
ちょうど1週間で切りもいいですし、月曜に持ち越すのもあれなんで、お昼ごろに上げようと思っています。




