第6話
残酷描写ありです。ご注意ください。
小さい頃から見る夢。夢と言っていいのかはわからない。
自分の頭が作り出す空想ではない。私の小さい頃の一つの出来事の再現、繰り返し。
頭から離れない出来事。忘れられない出来事。でも、思い出したくもない出来事。
また始まった。いつもように、見せつけるように。見たくないのに、忘れたいのに。
どうしようもなかった。あの頃、私はまだ小学生にもなってなかった。子供だった。子供だった私は次に何が起こるのかなんて考えなかった。目の前のことしか見えなかった。
だから、失敗した。後悔した。悲しんだ。辛い思いをした。
浅はかな私。あの時にもっと考えていれば、もっと先のことを見据えていれば、さーちゃんが消えることなんてなかったのに。
もし、あの時私が死ぬことになったとしても──
「さーちゃん!! 行ってくるね!!」
私の意志とは関係なしに放たれる言葉。
夢の中の私。向かいにいるのはさーちゃんとお母さん。
さーちゃんとお母さんが何言か交わして、お母さんが手を握ってくれる。これからちょっと遠くのスーパーに買い物に行くのだ。
「留守番お願いね。さおり様」
「はいはい、了解」
「何かいる?」
「ん~、プリン食べたい」
「プリン!? 私も食べたい!」
そうやって私はお母さんにせがんでいる。何気ない日常。スーパーの買い物について行くどこにでもある家族のやり取り。神様がプリン頼むのは別として。
「は~、買ってくるよ。絵美、行こうか」
「うんっ!」
さーちゃんに見送られながら、家の駐車場に移動する。後部座席のチャイルドシートに座って、しっかりとシートベルトをしめて、私は自慢げにしている。お母さんもそれを確認してから運転席へと乗り込んだ。
もうすぐ来る。
お母さんが車を出した。駐車場から道路へ。そして大通りへ。
スーパーまでの道のり。空いている道路。規定の速度。揺れの少ない車内。窓から見れる流れる風景。
衝撃──横転。
ごちゃ混ぜになる車内。跳ね上がる体。体に食い込むシートベルト。襲い掛かる割れたガラス。
刻み込まれる裂傷。衝撃による骨折。圧迫による内臓破裂。顔に刺さったガラスの破片。
逆さの車内でシートベルトに引っかかり宙吊りにされる私。体を支配する痛み。
車の外が騒がしくなる。人の声が聞こえる。何を言っているのかはわからない。
「か……さ……ん」
声が出ない。それにお母さんの声が聞こえない。運転席を見たいのに、体は動かない。
夢の私が必死に声を出そうとした。
「……かぁ……ん、っぇうぇ」
シートベルトの圧迫感に耐えれずに嘔吐。赤く染まった嘔吐物。
痛みに、苦しさに、打ち負けて意識を失った。
このとき何が起こったのか今でもわからない。わかったのは交通事故ということとお母さんは即死で私は重体だったということだけ。相手がぶつかったのか。それともお母さんがぶつかったのかはわからない。知りたくない。聞きたくない。
次に目を覚ました時には病室だった。いわゆる集中治療室というところ。
視界の右半分は真っ暗だった。もう左半分の視界には泣いてしまいそうなさーちゃんがいた。
「……さ……ちゃ」
「絵美!!」
私の声を聞いたさーちゃんが涙を流し始めた。さーちゃん以外の人はいない。体を動かそうとも痛みで動かすことも、力を入れることできない。痛い、怖い、死にたくないという感情が私を埋め尽くすのがわかる。
「た……す……」
しゃべらないで。お願いだからそれ以上言わないで!
私の心が夢の私に対して叫んだ。心が軋んだ。悲鳴を上げた。
「い……た」やめて「……いの」しゃべるな「さー……」やめてよ「ちゃん」口を閉じてよ「……た……す」閉じろ閉じろ「……け」そんなこと言ったら「……く」さーちゃんが「る……し」さーちゃんが何をするか「……よ」わかってるでしょ「お……」考えてよ「……ね」やめてやめてぇ「……がぃ」もう見たくないの!! 「さ……ちゃ」
さーちゃんの手がやさしく左頬に触れて、私に涙で濡らした目で微笑みかける。
そんなさーちゃんの表情を見たくない。勝手に自分で決めて、覚悟した表情になって、それでも嬉しそうに微笑んで。
「大丈夫、すぐに痛くなくなるからね」
さーちゃんの手が温かい。それと同時に私の中に何かが流れ込んできて、やさしい光に包まれる。
とても温かくて、夢の私は静かにそれを受けている。痛みが引いていく。恐怖が退いていく。先ほど違い安心に包まれていくのを実感する。
だけど、痛みが引いていくほど、恐怖が退いていくほど、安心に包まれるほど、さーちゃんの姿が薄くなっていく。
どうして、どうして私なんかのために。
さーちゃんの唇が動く。もう既に声すら出ていない。でも、その唇の動きだけで何と言ったのかわかる。
どうしようもなくはっきりと。
──これでもう大丈夫──
「さーちゃん?」
幼い私はそれに気づいて、さーちゃんに手を伸ばす。痛みはほとんど引いてしまっている。
空を切る手。その手をまじまじと見て、もう一度さーちゃんの方に顔を向ける。だけど、もうそこには誰の姿もない。周りを見渡しても自分の視界には誰もいない。
「さーちゃん?」
グッと力を入れて体を起こす。顔についていた人工呼吸器をはずして、もう一度、次は部屋全体を見渡した。部屋には誰もいなかった。誰一人も。
左半分の視界が真っ暗なことに気づく。顔に貼られているガーゼ、包帯を全て取り去った。視界が広がる。自分の顔のガーゼと包帯がしてあった部分を手でペタリと触った。
傷一つないきれいな肌。
そこでやっと気づいた。自分がしたことに、させてしまったことに。
お母さんから聞いていた。さーちゃんは神様だって。神様は人の想いによって生きているんだと。
じゃあ、生きるのに使う力以上に力を使ったら?
気づくのが遅い。遅すぎた。
自分の中にある温かな感覚。
「さーちゃん……さーちゃん、どこぉ。いなくなっちゃやだぁあああ!」
それを全て吐き出すかのように泣いた。大きな声で泣いた。




