第3話
「う~ん、疲れた」
さおり様が手を上に挙げて背伸びをしている。
私たち二人の目の前に広がるのはうちの神社とは比べ物にならないぐらいの大きな社殿。さすがは出雲大社。威厳溢れる佇まいだ。
今いるところはちょうど境内に入った所であり、奥には大きな拝殿が建っている。鳥居をくぐってからここまでの道のりがうちと違って遠い。それだけでうちの神社との格の違いがわかる。
ここまでは車で──さおり様の運転で──来た。うちのさおり様は普通免許を持っている。もちろん、ちゃんと自動車学校に行って。
神様の戸籍とかはどうなっているのかというと、普通に存在している。人間としてだが。
戸籍の取得については日本神道協会がいろいろやってくれるらしい。
だから、さおり様は保険証だって持っているし、住民票だって、しっかり存在しているのだ。そして、しっかりと税金が引かれるのだ。国は抜け目ないな。本当に。国民の義務だから仕方ないと納得しているが。
「お疲れ様です。さおり様」
「それより、絵美大丈夫?」
「大丈夫に決まっています」
「そう? ならいいけど」
チクッと頭に刺すような痛みが走る。さおり様は私が車に乗るといつもこのように心配してくる。心配されること事態は嬉しい。だけど、自分は大丈夫だとも言いたい。私だっていつまでも子供ではないのだから。
頭を少しだけ振って気を取り直す。目の前にある出雲大社を見て、今朝の出発する前のことを思い出す。
「楽しんできなさい。他の神様や神職、巫女さん達に会うのは良い経験になると思うわ」
そう言ったのが佳奈美さんだ。結局の所、行くのを進められただけだった。
良い経験になる。本当にそうなればいいのだが、そうなる気がしない。佳奈美さんが言ったことだから、信じはするのだけど。
それに佳奈美さんはさおり様に釘を刺してくれたのでありがたい。上機嫌で準備をするさおり様に対して「さおり様、未成年の絵美を連れていくということは保護責任があるということをお忘れなく」と、とても良い笑顔で言っていた。さおり様も何かを感じたのか、「了解しましたー!」と汗たらしながらビシッと敬礼していたので大丈夫だろう。
それにしても、さすが佳奈美さんだ。上下関係が逆なような気もするけど、ちゃんとさおり様をコントロールしている。佳奈美さんのビジネスウーマンのような雰囲気がそうさせるのであろうか。あのかっこいい雰囲気に憧れる。
「さぁ! 絵美行くわよ」
さおり様の声に意識を頭の中から外へと向ける。境内には平日でありながらも参拝客が多くいる。それに神職や巫女の人もうちより多くいるようだ。当たり前のことであるけれど。
辺りをきょろきょろと見ながら、さおり様と一緒に出雲大社の社務所に足を運ぶ。
社務所では巫女の人や神社関係者が忙しそうに働いていた。平日と言っても忙しいようだ。うちの神社と子の出雲大社を比べても仕様がない。
さおり様が社務所の中を見回していると、見た目が五十代ぐらいの一人の女性が声を掛けてきた。
「ようこそいらっしゃいました。お久しぶりでございます。南方様」
「十年ぶりぐらいかしら、朝野さん」
「ええ、もう十年以上経ちましたよ」
「そうだったかしら?」
どうやら、さおり様の知り合いようだ。それに結構仲良さそうだ。朝野さんと呼ばれた女性がこちらを向き、まじまじと見始めた。
「南方様、そちらの方は? 今回は眷族の方はおいででないので?」
「あー、絵美、自己紹介」
さおり様に言われて、少し緊張しながらも自己紹介した。
「は、はじめまして、南方絵美と言います。南方神社で巫女をやっています」
それを聞いて、朝野さんがやや目を見開きながらも、感心したように息をついた。
「まぁ、お若いのに偉いわねぇ」
「朝野さん、おばさんっぽいしゃべり方になっていますよ」
さおり様が笑いながら言うも、朝野さんも笑って返す。
「もう、おばさんの歳ですよ、私は。まぁ、それ置いておきまして、絵美さんはすごいですね」
「え、すごいですか?」
「ええ、今日こちらに来たということは神様達がわかるということですよね。その歳で神様が神様であるとわかる人は少ないんですよ。うちのような大きな所でも一人二人ぐらいですからね。年齢を関係なくしても十人もいないのですよ」
「そうなんですか?」
私としては当たり前のことであり、逆に巫女が神様がわからないという方が普通じゃない気がする。
「でしょー。私の自慢の巫女だもの」
「さ、さおり様っ!?」
さおり様に引き寄せられ、出雲大社の人に自慢されて恥ずかしく感じる。
「うちのとこは巫女に恵まれてるのよ」
確かにさおり様の言うとおり、うちの神社では父も佳奈美さんもさおり様が神様ということはわかっている。母も普通にわかっていたし、私自身それが普通だと思っていた。でも、朝野さんが言うには普通ではないようだ。それに私の友達に巫女でもなんでもないのにわかっている人がいるし。
こう考えると確かに珍しいのかもしれない。この出雲大社に比べて、ここまで神様を認識できる人が多いのは。
「南方様の努力の結果ということでしょう。よかったですね」
「ええ、ありがとう」
さおり様の努力? 一体何のことなのだろうか。さおり様はうちでは自由奔放で神様なのに神様らしくない神様だ。何か努力しているところなんてあっただろうか。
「あのさおり様。努力って?」
さおり様に聞くと、さおり様はかわいらしく微笑んで嬉しそうに言った。
「秘密っ!」
さおり様が秘密と言うからには、私がどう言おうとも教えてくれないだろう。こういうことは頑固だと分かっているつもりだ。
それから朝野さんと談笑した後、すぐに神様同士の報告会に向かうのかと思いきや、七時くらいから始まるらしい。現在の時刻は四時過ぎ。まだ三時間ぐらい空いている。
朝野さんが言うにはもう始めている神様もいるのだが、さおり様が「今回は絵美がいるからねー」と七時ちょうどに行くことにするみたいだ。
「いいんですか?」
「あら、もう絵美はお酒飲みたいの」
「……いや、いいです」
本当に神様は何やっているんだろう。四時からもう飲み始めているのか。というか、本当に飲み会しかないとは。
仕方ないので拝殿や本殿など朝野さんに案内してもらって、余った時間を庁舎の応接室で過ごすことになった。
見て回っている途中で、ちょうど拝殿で出雲大社独特の拝礼をしているときに、ここの神様である大国主神様を拝殿内に見かけたのだが、がっしりとした体に目も離せない様な畏怖を放つその姿に、私は思わず言ってしまった。
「見てください、さおり様! 神様がすごく神様らしいですよ!!」
その言葉に朝野さんが噴き出して笑って、さおり様は「どうせ、私は威厳なんてないわよー」とすねてしまった。
威厳がないとすねてしまったさおり様であるが、自分の格好を見てから言って欲しい。シャツの上にパーカーを羽織って、ジーンズにスニーカーだ。威厳のどうのこうの言う前に服装がカジュアルすぎる。神様としてあるまじき格好だ。
どこから見ても人にしか見えない。神様とかがわかる人でも、これは気づきにくい。朝野さんはわかったけど、それは知り合いだったからだ。
神様オーラが大国主神に比べるまでもなくまったくない。
そんな風にうちの神様や神社との違いを感じながら、有り余る時間を潰していった。




