第2話
「構わないですよ」
テーブルを私と父とさおり様とコン様と夢ちゃんで囲んでの夕食中の父の発言である。
予想通りというか、一字一句違わないとはどういうことか。
「お父さん……」
「じゃあ、決まりね」
呆れた私とは対照的にさおり様は豚カツを頬張りながら満足そうに頷いている。
「へー、出雲大社ですか。楽しそうですね」
「ああ、もうそんな時期か……」
夢ちゃんも羨ましそうに言わない! コン様がきれいな黒の長髪を揺らして感傷にひたり始めた。そして、遠い目をしているのがとても気になる。非常に気になる。
「コン様、どうしてそんなに遠い目をしているんですか?」
構図だけを見たら感傷にひたる儚げな美女であるのに、目が完全に死んでいる。
「ん、ああ、別に何もないよ。そんなものもあったなってね」
どうしてそこまで感傷にひたっているのだろうかと思い、不安になるのだけど素直に聞いてみる。
「コン様、出雲大社で一体何があるんですか? 物凄く不安なんですけど」
「行くときは胃腸薬を持って行くといい。あとウコンとかもいいぞ」
「何でそんなものを? ただ集まって話し合いをするだけではないんですか?」
「あと、そうだな……。私は未成年だってことをはっきりと言うんだぞ」
私の質問には答えずにコン様は次々と注意事項を言ってくる。最後には「絶対にだぞ」と念押しされるほどにだ。注意事項が増えるほどに不安が降り積もる。それに注意事項の内容は「直前にスポーツドリンクは飲むな」や「まず、何かを食べてから」、「度数の高いのは飲むな」、そして「気分が悪くなったら、外の空気を吸って醒ませ」、「無理だと思ったらすぐに逃げろ」などだ。もう注意内容だけで予想はつくのだが。
「もしかして、飲み会とかお酒が出るのがあるんですか?」
「飲み会しかない」
「えっ?」
今、なんて言っただろうか? 飲み会しかない?
「あの普通に報告会みたいなものだけではないんですか?」
嫌な予感がして、少し冷や汗をたらしながら恐る恐るたずねるが、コン様は無情にも首を横に振った。
「人だって、何かしら理由つけて飲むじゃない。花見とか」
さおり様が最後の豚カツの一切れを口に入れながら、横から入って言った。すごく上機嫌である。
「さおり様、私はまだ飲酒したことないんですけど」
「大丈夫よー。少しだけだから、私たちだって鬼じゃないわよ」
「……ほんとですか?」
自分の家の神社の神様なのに、少しも信用できない。信仰はしてるはずなのに。
「いいか、絵美。油断するな。油断したら終わりだぞ」
コン様の本気度がひしひしと伝わってくる。何かあったのだろうか。思わず、そう聞きたくなってしまうがグッと堪える。言いたくない事かもしれないのだからと思ったが、コン様は話を続けた。
「私の時は、まず吐いた」
ぽかんとなる。吐いた? それは飲み会の最後の方にある事なのでは私は思っていたのだが。
「そして、吐いたなら大丈夫と飲まされた。どっかの神が持ってきたスピリタスをだ! 『外国のお酒持ってきてみたんだよー』なんてこと陽気に抜かしながらだぞ!! いいか、油断したら、飲む吐く飲む吐くの繰り返しだ。私は結局それを朝の六時まで続けさせられた。あれは拷問だ! 地獄だ!! トイレに逃げ込んだら、トイレで飲まされたんだ。逃げ場などなかった。二日酔いもすさまじかった。二日ではない。三日四日と続いたんだ」
コン様の声が恐怖で震えている。その時の事を思い出しているのだろう。体がかすかに震えている。それまでにすさまじいものなのか。
行きたくない。その文字がはっきりと頭に浮かんだ。
「さおり様、行きたくないです!」
「ダメ~。もー、決定しましたぁ」
「私を殺す気ですか!?」
「大丈夫だってば。あいつらだってそこら辺は考えるって」
「そうだ! 夢ちゃん行かない?」
「イヤー、ホントニタノシソウデスネー。タノシンデキテクダサイネ」
棒読みの上に目を逸らされた。夢ちゃんは私を助けないことに決めたようだ。だが、逃がさない。私だけ死にに行くなんてまっぴらごめんだ。私はか弱い人間なんだぞ。
「夢ちゃんも一緒に行こう!」
夢ちゃんの表情が凍りつく。なんてことしてくれたんだと表情が言っている。だけど、私はそれに対して微笑んで返す。これで、私にも使えるカードが増えた。飲み会の時に身代わりになってもらおう。
そう思って安心した矢先にさおり様の発言で脆くも私の計画は崩れ去った。
「ダメよー。夢まで連れていったら、ここの仕事が大変になっちゃうじゃい。それに、もう二人で行くって向こうにメール送ちゃった」
「そそそそうですよ! さおりさんと絵美ちゃんが留守の間どうするんですか。私がしっかりとやっときますから、安心して出雲大社に行って来てください」
それに乗っかり夢ちゃんも早口で言葉を紡ぐ。さおり様の言う向こうというのはおそらく主催者のことだろう。既に連絡したことと神社の仕事を出されては言い返すのが難しい。父に助けを求めようかとも思ったが、「構わないですよ」発言でもう役に立たないことは目に見えている。
だが! まだ道は残されているはずだ! きっと何か良い方法が!!
「……絵美、……諦めろ」
コン様の諦念に満ちた声が響いた。その声が私を貫いた。今まであった戦意が根こそぎ奪われ、静かに持っていた箸を置いた。
「……そうですよね」
力なくぼそりと呟いた。既に安心しきっている夢ちゃんの顔が憎い。さおり様はというと「食べないならちょうだーい」と言って、私の豚カツをさらっていった。
「楽しんでくればいいじゃないか」
父よ。今までの話を聞いていなかったのか。話からしてどう考えても楽しめるようには聞こえなかったと思うが。
どうしてここにはマイペースな人が多いんだろう。私はそう思いながら重く長いため息を吐いた。
「あっ、来年は夢だからね~」
夕飯の最後の最後でのさおり様の発言で、夢ちゃんが青くなって嘆いていたのを見て少し気が晴れたのはまた別のお話。




