第4話
今、私は猛烈に後悔している。
部屋に転がる幾多の酒瓶に空き缶。飛び交う笑い声、泣き声、怒号。くるくると回る神様に変な踊りをしている神様。顔が真っ赤になっている神様に顔が真っ青になっている人。
これが目の前に広がる光景。今の時間はまだ七時過ぎ。
それなのにこの有様だよ!
この中にはいっていく勇気が出ない。さおり様はもう浮き浮きしている。朝野さんは「もう歳だから」とここの部屋の場所を教えて退散した。
「どしたの? 早く入りなさいよ」
さおり様から声がかかるが、一歩が踏み出せない。踏み出せば、もう帰ってこれない気がしてならない。
「さおり様、あの……」
「大丈夫だから心配しない!」
さおり様に手を引かれて部屋へと踏み込む。もう部屋自体がアルコール臭い。大勢の神様がいる中で一つの影がさおり様に飛び掛った。
「さっおりーん! おそかったなー。十何年ぶりというのにもっと早く来いよー」
言いながら、十歳ぐらいの一人の少女がさおり様のお腹に頭をぐりぐりとこすりつける。片手に一升瓶を持って。
神様だから見た目=年齢ではないことぐらいはわかるけど、違和感がある。
「遅くはないでしょ。まだ七時なのよ。わらべ」
「もう七時の間違いだろぉ」
わらべと呼ばれた少女が赤く上気した顔を上げる。そのトロンとした目がさおり様に手を引かれた私を捉える。
「その子は~? というかぁ、あの狐っ子はいないのぉ?」
「コンはいないわよ。それと、この子はうちの自慢の巫女よっ!!」
「へぇ~」
さおり様にぐいっと引っ張られて、「自己紹介、自己紹介」と横から急かすように囁かれる。
「あの南方絵美です。よろしくお願いします。わらべ様」
「ほほぉー、巫女かぁ。狐っ子もいいけど巫女も良いよねぇ、やっぱり」
わらべ様がそう言いながら、外見が少女とは思えないほど扇情的な表情でぺろりと舌で自身の唇をゆっくりとなぞっていった。ぞくりと背中に悪寒が走る。コン様が言うとおり、油断したら大切なものをいろいろと失ってしまうと理解した。
「ダメよ! 絵美はノーマルなんだから。あんたなんかにやらないわよ」
「あの、さおり様。わらべ様って……」
「わらべはね、レズの座敷わらしよ。いい? レズよ。レズ。他の奴らはともかくこいつだけには気を付けるのよ」
さおり様の言葉に頬を引きつらせながら、わらべ様から距離をとるために後ずさる。
「ひどぉい。あたしぃ、レズじゃないしぃ。ちゃんとぉ男も好きだよぉ」
「ただのバイになっただけじゃない!」
さおり様がつっ込んだ。いつも、ボケであるはずのさおり様がツッコミを入れているのがおかしくて少し笑ってしまった。
「えみっち、えみっち。飲むぅ?」
わらべ様が片手に持った一升瓶をこちらに差し出してくる。中身は日本酒だろう。飲酒したことないのに、いきなり日本酒を飲むのは避けたい。だけど、薦めてくるのは座敷わらしとはいえ神様なのだから断りにくい。
どうしようか悩み口ごもってしまった。
「絵美は未成年なのに、いきなり日本酒を薦めるな」
「いいじゃんかぁ、別にぃ」
「ダメなものはダメー」
さおり様がしっかりと保護者しているのに、少し驚いたが、断ってくれたことにほっとした。
その後もなんとかわらべ様の攻撃をかわしながら、さおり様が迎撃して防いでいった。
今、腰を落ち着かせているところは、この場で比較的落ち着いているグループだ。わらべ様とさおり様を除いて。さおり様が保護者だったのはその時だけだった。
このグループには神職の人や、同じ巫女をしている人が大多数占めている。要するに神様たちの飲みっぷりついて行けないグループだ。その中でも巫女グループにいる。だから、わらべ様がさっきから興奮しっぱなしだ。わらべ様の隣には空になった一升瓶が転がっている。なのに、わらべ様の手には一升瓶が握られている。
このグループで異常に飲んでいるのはさおり様とわらべ様。二人とも底なしのように飲みながら、話に花を咲かせている。私といえば缶のチュウハイをちびちびと飲んでいる。チュウハイはジュースのようで飲みやすい。ほんのりと顔が赤くなっているのを自覚する。少しだけ体が熱い。
他の神社の巫女さんたちと有意義に時間を過ごした。神社ごとの特色ある仕事の内容とか、効率よく仕事をする方法とかを話した。巫女なりたての私にはためになる話ばかりだ。
そんな風にゆっくりと時間を過ごしていると、私たちとは反対の方向から一段と大きな歓声が上がった。
声の方向を見ると、なにやら神様たちが飲み比べをやっていた。その片方は主催の大国主大神様であった。神様たちの飲み比べとなるとレベルが違う。コップじゃなくて一升瓶で飲み比べをしている。大国主大神様が今五本目を飲み終わった。相手の鬼っぽい神様は六本目を飲み終わりそうだ。今の所、大国主大神様が劣勢である。
前々から思っていたのだが、神様って案外バカじゃないだろうか。いや、絶対にバカだ。
一升瓶を一気飲みして、五本六本、空にするなんてどう考えても自殺ものだ。神様だから大丈夫なのかもしれないけれど。
よく部屋を見れば、飲み比べだけでなく、ケンカっぽいことをしているところも多数ある。この飲み会自体が既にカオスな状況だ。
大国主大神様が二本同時に飲み始めた。そこまでして負けたくないのか。昼に見たあの威厳に満ちたお姿はなんだったのかと言いたくなる。
愚痴る代わりにごくりとチュウハイを飲んだ。
あぁなんておいしいんだろう。
お酒がこんなにおいしい物なんて知らなかった。愚痴る代わりにどんどん飲みたくなってしまう。
そう言えば、他の巫女さんたちは自身の所の神様の愚痴を言わない。それどころか、結構褒めちぎっている。愚痴はないのか聞いたら、その場の全員から恐れ多いと返されてしまった。自身の所の神様でも恐れ多いと感じるのが普通なのだろうか。それとも、私の所が変わっているのだろうか。
少し考えたが、面倒になったので私の所が普通だろうと結論付けて、巫女さん達にまたいろいろと聞いたりして予想以上に盛り上がった。何でかはわからないけどすごく楽しく感じた。
「だれがエターナルロリータじゃぁあ!! ぼけぇえぇ!! こんの若作りの年増ババアァ!!」
「よくも、よくもババアって言ってくれたわねー! このド変態ロリータァァア!!」
仲よく楽しそうに飲んでいたはずのさおり様とわらべ様が何故かケンカし始めた。
周りにいる神様も止めてくれればいいのに、煽ることばかり言っている。近くの神職や巫女さんたちは巻き込まれないように、とっとと避難してしまった。
さーちゃんとわらべ様は最初は口で言い合っていたが、平行線のまま決着がつかなかった。
「こうなったら……」
「やるつもりぃ。受けて立とうじゃないのぉ!!」
口でダメなら拳でという風な雰囲気がその場に広がる。実際二人の威圧に近くの神職や巫女たちが顔を青くしていた。せっかくの楽しい雰囲気が台無しだ。
それよりも問題なのはさおり様たちが周りを威圧してしまうほどに力を使っているということだ。
さーちゃんたちを見ながら、クシャリと私は顔をしかめる。
神様は昔ほどの力はない。今の世の中でも生きていくことには問題はない。ただし、生きていくことにだけなのだ。だからこそ、今の神様は他のことに力を使うことなんてしない。ましてや、こんな酔っ払いのケンカになんて。
缶に残っているお酒をぐうっと一気に飲んで、空になった缶にグッと力を込める。
さおり様は──さーちゃんは力を使う意味を知っているはずなのに──どう、して──どうしていつもそんなに勝手に──使いすぎてしまったら、どうなってしまうのか──私がどんな思いで──あの時もさーちゃんが力を使ったから──私が使わせてしまったから──使わせすぎてしまったから──あの時、さーちゃんが力を使わなかったら──使わせなかったら──私はあんな思いしなかったのに──さーちゃんはあんなことにならなかったのに。
ベシャリッ!──缶がつぶれた。
「さぁあ、いくわよぉおお──アキャッ!?」
「へッ!?」
カーンという音と共にわらべ様が倒れた。さーちゃんも何が起こったか掴めていない。わらべ様に横で転がるのは潰れた空き缶。それを投げたのは他の誰でもない私。こうもうまくわらべ様の頭に当たったのには驚いた。ケンカを煽っていた神様や青ざめていた神職や巫女さんたちの視線が私に集中する。笑っていたり、乱入だと騒いでる神様や神様になんてことをという様な視線から、唖然とした巫女さんたちの視線まで豊富な種類の反応だ。
「うるさい」
私の小さな一言でその場が静まり返った。向こうでは飲み比べが続いているが。
私はそっと立ち上がり、少しふらつきながらもさーちゃんたちの所に近づく。わらべ様が空き缶の当たったところをさすりながら立ち上がった。
「いたたたぁ。投げたやつだれだぁあ!」
「私です。わらべ様」
わらべ様が立ち上がった目の前で、見下ろしながら静かに答えた。
「わらべ様、ケンカをやめてもらえますか?」
「え、えみっち、どどどうしたの? そんなに──」
「もらえますか?」
「は、はいいぃい」
何故怯えているのか不思議だが、わらべ様はその場にビシッと正座を決めてくれた。何故正座をするのだろうか。ケンカをやめてくれるだけでいいのに。
さてと、私の本題であるさーちゃんの方に振り向くと、何故かこっちも正座していてプルプルと震えている。
「さーちゃん、何で震えてるの?」
「いや、えっと、絵美が怒っているみたいだから……」
「そんなことないよ。さーちゃん」
「もしかして、酔ってる? それに……あれ? 今、さーちゃんって呼んだ? さーちゃんって!?」
さーちゃんがいきなり飛びついてきて、肩を掴んでガクンガクンと私を揺らした。さーちゃんって呼んだからなんだっていうのか。
揺さぶられて、気持ち悪い。
手をグーにして、さーちゃんの頭にガツンと落とした。さーちゃんは頭を押さえながらも笑っている。何が嬉しいのかわからない。
「さーちゃん、自分が何しようとしたかわかってる?」
私はさーちゃんに聞かないといけないことを聞く。
さーちゃんがこちらに目を向けて首を傾げている。自分が何をしようとしたのかわかっていないようだ。ならば、言わないといけない。わかってもらわないといけない。
さーちゃんのために。
何よりも自分のために。
「ケンカすること自体はいいよ。でも、でも、なんで──」
「え、絵美!? どうしたのよ!?」
胸の奥がぎゅっと握られたように痛くなって、言葉に詰まる。言葉が詰まると同時に目からは涙が流れ落ちていく。
落ちる涙を拭るが、止まらない。さーちゃんに言いたいことがたくさんあるのに涙のせいで言うことができない。
「っうぇ、っぐ、ひっぐ、さー、ぢゃん」
「絵美、ほら、泣かないで、ね」
さーちゃんがいきなり泣きだした私を見て慌てながらもなだめようと言葉を掛けてくれる。
その言葉を聞きながらも押し寄せる不安。
さーちゃんに言いたくて。もう二度とあんな思いはしたくなくて。
私はさーちゃんに抱きついた。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を押し付けて。手放さないように。ここにさーちゃんがいると実感しながら。
「いな゛ぐなっぢゃやだあ゛ぁ」
私が一番言いたかったこと。それをさーちゃんに言う。涙声で聞き取りにくいかもしれないけど。
「大丈夫、私はいなくならないわよ。ここにいるちゃんといるでしょ」
さーちゃんが抱き締めてくれる。まるでお母さんのように。力強く、やさしく、温かく。私の身を包んでくれる。
それが嬉しくて。
それが安心できて。
私はゆっくりとまぶたを閉じた。




