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子猫のいる図書館  作者: 裡婀
図書館を訪れる人々

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第3話 変わらないもの

引き戸が開く音は、いつも同じだった。木が木の溝を擦る、乾いた、低い音。でも開け方は人によって違った。


その日、引き戸はゆっくり開いた。急がず、遠慮もせず、ちょうどいい力加減で。開けた人は、少しだけ首を傾げて中を覗いてから、一歩を踏み入れた。


小柄な女性だった。白髪を短く切り揃えていて、耳のあたりで毛先がくるんと外に跳ねていた。顔には皺があったが、深くはなかった。笑ったときにできる皺が、笑っていないときにもうっすら残っているような顔だった。服は地味だったが、襟元にだけ小さなブローチがついていた。何の形かは、近くで見ないと分からなかった。


おばあちゃん、と呼ぶのがいちばんしっくりくる人だった。老婆というには背筋が伸びていたし、目に力があった。でも若くはなかった。年齢を訊いたら、たぶん少しだけ実際より若い数字を言って、それから自分で笑うような人だった。


中に入ると、彼女はまず天井を見上げた。


それから本棚を見た。左の棚、右の棚、奥の棚。順番に目を動かして、何かを確かめるように頷いた。初めて来た人の目ではなかった。どこに何があるか知っている人の目でもなかった。ただ、ここがどういう場所か知っている人の目だった。


窓の桟に指を滑らせた。指先に埃がついた。彼女はそれを見て、少しだけ眉を寄せた。それからエプロンのポケットからハンカチを出して、指を拭いた。ハンカチは花柄だった。


「まあ」


と、小さく言った。独り言だった。何に対しての「まあ」なのかは分からなかった。埃に対してかもしれないし、図書館がまだここにあることに対してかもしれなかった。


彼女は本棚のあいだを歩いた。足音は静かだったが、床板は鳴った。古い床板は誰が歩いても鳴る。彼女はその音を気にしていなかった。


棚の前で立ち止まった。中ほどの段に並んだ本の背表紙を、指でなぞるように見ていた。一冊を引き抜いた。表紙を見て、裏返して、また表に戻した。それから棚に戻した。元あった場所に、正確に。


もう一冊、別の棚から抜いた。今度は少しだけページを開いた。最初の数行を読んだのか、ただ紙の状態を見たのか。ページを閉じて、これも棚に戻した。


奥の棚に進んだとき、足元で音がした。


小さな、柔らかい音だった。鳴き声ではなかった。何かが床の上を転がるような、軽い音。彼女は足を止めた。


本棚の脚のそばに、子猫がいた。


灰色と白のまだらの毛並みは、前よりも少しだけふさふさしていた。体つきもほんの少し丸みを帯びて、足取りは以前よりしっかりしていた。目は開いていた。青みがかった灰色の目が、はっきりと彼女のほうを向いていた。


子猫の前足の下に、何かがあった。紙の切れ端だった。本のページの一部だろう。端が不揃いに破れていて、子猫の爪の跡がついていた。子猫はそれを前足で押さえて、もう片方の前足で端を引っ掻いていた。紙がかすかに裂ける音がした。


彼女は子猫を見下ろした。


驚かなかった。


眉を上げもしなかったし、声も出さなかった。しゃがんで、子猫の前にある紙の切れ端を見た。それから子猫の顔を見た。子猫は彼女を見上げていた。逃げなかった。前足で紙を押さえたまま、じっと見上げていた。


「あらあら」


と、彼女は言った。叱る声ではなかった。困った声でもなかった。何かを見つけたときの、穏やかな確認のような声だった。


彼女は紙の切れ端をそっと拾い上げた。子猫の前足の下から抜き取るとき、子猫は少しだけ抵抗した。爪が紙に引っかかって、また少し裂けた。彼女は気にしなかった。


紙を裏返して見た。活字が印刷されていた。小説の一節だろう。文字は小さくて、破れた端から文章が途切れていた。彼女はそれをしばらく眺めてから、エプロンのポケットにしまった。


子猫は、取り上げられた紙のあった場所をしばらく見つめていた。それから彼女の手を見た。手の匂いを嗅ごうとするように、鼻先を近づけた。


彼女は手を差し出した。迷いのない動きだった。子猫の鼻先に指を近づけて、匂いを嗅がせた。子猫はひげを動かして、指先の匂いを確かめた。それから、自分から頭を彼女の指に押しつけた。


彼女は子猫の頭を撫でた。耳の後ろ、首の横、顎の下。撫で方に慣れがあった。どこを触れば猫が気持ちいいか知っている手つきだった。子猫は目を細めて、喉の奥からかすかな音を出した。まだうまく鳴れないような、途切れ途切れの、小さなゴロゴロだった。


「元気にしてたの」


と、彼女は言った。子猫に話しかけていた。返事を期待しているわけではなかった。ただ、そう言うのが自然だったから言っただけだった。


彼女は立ち上がって、窓際の椅子に向かった。椅子の座面を手のひらで軽く払ってから座った。鞄の中から小さな水筒と、ハンカチに包まれた何かを取り出した。水筒のお茶を一口飲んで、ハンカチを開いた。中には飴が二つ入っていた。一つを口に入れて、もう一つはまたハンカチに包んでポケットにしまった。


子猫が足元にやってきた。椅子の脚の横に座って、彼女を見上げていた。飴の匂いが気になるのか、鼻をひくひくさせていた。


「あなたには関係ないものよ」


彼女はそう言って、少しだけ笑った。笑うと、目の横の皺が深くなった。


子猫は諦めたのか、椅子の脚に頬をこすりつけた。それから彼女の足首のあたりに体を寄せて、くるりと一周した。足首に尻尾が触れた。彼女はそれを見下ろして、足を動かさなかった。子猫が通り過ぎるのを待ってから、もう一口お茶を飲んだ。


棚から一冊の本を取った。立ち上がらずに、椅子のすぐ横の棚から手を伸ばして取った。どこに何があるか分かっているような取り方だった。表紙は見なかった。そのまま開いて、途中のページから読み始めた。


しばらく静かな時間が流れた。彼女がページをめくる音と、子猫が床の上を歩く爪の音だけが交互に聞こえた。窓から入る光が少しずつ傾いて、彼女の膝の上に落ちていた影が椅子の脚のほうへ移っていった。子猫は彼女の足元を離れて、本棚のあいだを歩き回っていた。ときどき棚の下に鼻を突っ込んで、何かを探していた。何を探しているのかは、子猫自身にも分かっていないようだった。


彼女は本を読みながら、ときどき目を上げて子猫を見た。本のページに目を落としているときでも、子猫の爪が床を擦る音が聞こえると、視線だけがそちらへ動いた。長い時間をかけて猫と暮らした人間の癖だった。音で居場所を追い、音で何をしているか察する。


子猫が棚の角に体をこすりつけているのを見て、小さく息を吐いた。子猫が別の紙の端に前足をかけたのを見て、「こら」と言った。小さな声だった。子猫は一瞬だけ手を止めて、彼女のほうを見た。目が合った。それからまた引っ掻いた。彼女は本を膝に置いて立ち上がり、子猫のそばに行って紙を取り上げた。今度は栞の切れ端だった。


「困った子ね」


と言ったが、声は柔らかかった。


本を読み終える前に、彼女は立ち上がった。本を棚に戻した。戻す場所は、取った場所と同じだった。


鞄から小さな布の袋を出した。中にはキャットフードが入っていた。一握りほどの量を、袋から直接、床の隅に置いた。皿はなかった。床の上に、小さな山ができた。子猫はすぐには来なかった。本棚の陰からこちらを見ていた。


彼女はフードの山から少し離れて、しゃがんだまま待った。子猫が警戒を解くのを急かさなかった。待ち方を知っている人だった。


やがて子猫が出てきた。慎重に、でも真っ直ぐに、フードの山に向かって歩いた。鼻先を近づけて、一粒を舐めて、それから食べ始めた。小さな口で、一粒ずつ、ゆっくり食べていた。噛む音がかすかに聞こえた。


彼女はそれを見て、また少しだけ笑った。それから静かに立ち上がって、入口のほうへ歩いた。


引き戸に手をかける前に、棚のひとつに目を止めた。下から二段目の棚の端に、本が一冊、背表紙を上にして横倒しになっていた。彼女はそれを起こして、立てて、隣の本に寄せた。何でもない動作だった。でも、この場所を放っておけない人間の手つきだった。


引き戸を開けて、振り返った。


子猫はまだ食べていた。彼女のほうは見ていなかった。食べることに夢中だった。


「また来るからね」


と、彼女は言った。子猫には聞こえていなかったかもしれない。


引き戸を閉めるとき、丁寧に、音を立てないように閉めた。


外は晴れていた。午後の日差しが畦道を白く照らしていた。風が吹いて、道端の草が一斉に傾いた。彼女は道を歩き始めた。歩き方はゆっくりだったが、迷いはなかった。この道を何度も歩いたことがある人の足取りだった。


ブローチが日差しを受けて、一瞬だけ光った。


猫の形をしていた。


なんとなく、伏線っぽいものを出してみたくなってしまったのがこちら。

quarterfullの方で図書館や子猫の背景については少し進めていますが、このおばあちゃんはまだ出していません(笑)

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