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引退するはずだったオンラインゲームで、オレは初心者とこの世界をもう一度好きになる  作者: 空色いろはに


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05話 Mさんの正体

 ログインすると、昨日ログアウトした場所に降り立つ。

 取引所の前だった。


 フレンド欄を確認するより先に、数メートル離れた場所にリサのキャラクターが立っているのが目に入った。


(……早いな)


 別に待たれていたわけではない。

 そう思うことにして、マサキはその場に立ったまま様子をうかがう。


 こちらに気づいたように、リサのキャラクターが動き出した。

 小走りで近づいてくる。


『こんばんわ!』


 こちらが打つ前に、チャットが飛んでくる。


『こんばんは』


『昨日教えてもらったローブ、買えました』


『耐性も考えました』


 マサキはリサの装備を確認する。

 灯草のローブ上下。

 クリーム色のフード付きコートに、緑の葉模様の裾。

 下に着た深緑のワンピースがのぞいている。

 麻痺耐性もしっかりついている。


 頭だけはコーデ装備だった。

 コーデ装備は、性能とは別に見た目だけを変えるための装備枠だ。

 大きなリボンがついているだけなのに、それだけで妙に可愛い。


『それでいい、今は十分』


『よかったです』


『あの』


 そこで、チャットが止まった。


 リサは取引所の前に立ったきり、こちらへ向けた姿勢を変えなかった。


 入力中のマークだけが、点いたり消えたりしている。


 装備のことでまだ何かあるのだろう。

 入力が終わるのを待つ。


『なんでもないです』


『今日もよろしくお願いします』


(なんだ…今の)


 気にはなった。

 でも、聞くほどのことでもないだろう。


『こちらこそ』


 そう返して、狩り場へ向かおうとしたところで、また文字が来た。


『つかぬことをお聞きしますが』


『ん』


『Mさんは高校生ですか』


 指が止まった。


 高校生か。

 顔も声も知らない相手に、年齢を聞かれるのは変な感じがした。

 ただ、答えられない質問ではない。


『まぁ』


 送る。


 そこから、リサの返事がしばらく来なかった。


(……何かまずかったか)


 キャラクターは動かない。

 チャット欄も動かない。


 数秒遅れて、ようやく文字が出た。


『あたしもです』


『そうか』


 同じ高校生。

 <だから何だ>という話ではあるが、画面の向こうとの距離が、ひとつ縮まった気がした。


 しかし、年の近い相手だと分かると、そこまで丁寧にされるのはなんだかむず痒い。


『じゃあ、敬語やめていい』


『いえそれは、あたし教わる側なので』


『関係ない』


『関係あります』


(……これ終わらないな)


『なら、オレも敬語で返します』


 意地でも譲らないような言い方をしてから、それに気づいて気恥ずかしくなった。

 現実でこんな押し方をしたことはない。

 顔が見えないから言えることだった。


 少し間があって、リサの返事が来る。


『それはちょっと困ります』


『少しずつでもいい』


 マサキは食い下がる。

 少し折れたように、リサの文字が返ってくる。


『それなら』


『今からでもいい』


 そのせっかちさに、リサが笑う。


『w』


 チャット欄の動きが、止まったままになる。


『おっちぇー』


 たった五文字。

 それだけで、距離がまた近く感じる。


『w』


 リサの返事が、さっきより早く返ってくる。


『じゃあ、改めてよろしく』


『ん』


 町を出て、青の洞窟へ向かう。

 地面の色が、草原の緑から岩の灰色に変わっていく。

 マサキが先に立ち、リサが数歩遅れてついてくる。


『今日は青の洞窟でいいと思う』


 洞窟の入口が見えたところで、リサの足が止まった。

 返事が来ない。


(……嫌だったか)


 マサキは足を止めて、チャット欄を見る。


『無理なら別のところでいい』


 ワンテンポ遅れて、リサの返事が出た。


『ううん、大丈夫』


『しびれコウモリが出るけど』


『麻痺耐性つけてるならいける』


 また、チャットが返ってこない。

 リサは、じっとこちらを見つめたまま立っていた。


(……装備、確認してるのか?)


 マサキはリサの装備をもう一度確認する。

 昨日教えた灯草のローブ。

 耐性も最低限はついている。


『この装備なら大丈夫』


 しばらくして、リサのチャットが出た。


『よかった』


 その文字は、かかった時間のわりに短かった。


 洞窟の中に入る。

 岩肌のあちこちに、青白い鉱石が控えめな光を灯している。


 しびれコウモリが天井から落ちるように現れた。

 紫がかった体の周りに、赤い炎のような揺らめきがまとわりついている。

 剥き出しの牙と、黄色く光る目だけが、その赤の中ではっきりと見えた。


『床赤くなったら離れて』


 リサの操作が、ふっと止まる。


 敵はもう攻撃の構えに入り、足元に円状の赤い範囲が広がった。

 マサキは回復魔法の準備をしながら、チャットを打つ。


『リサ?』


 その瞬間、リサが慌てたように横へ動いた。

 赤い範囲攻撃が、さっきまで立っていた場所を叩く。


『ごめんなさい』


『大丈夫』


 マサキはそれ以上聞かなかった。

 ただ、さっきから妙に反応が遅い。


(……怖いのか?)


 初めての洞窟だ。

 モンスターも、昨日のランタンラビットと違って可愛い見た目ではない。

 しかし、なんとなく理由はそれだけじゃない気がした。


 マサキは前に出て、コウモリの注意を自分へ引きつけた。

 しびれコウモリが四体まとまったところへ、リサの範囲魔法が炸裂する。


『今のタイミング良かった』


『やったー』


 頭の大きなリボンが楽しそうに揺れる。


 避ける操作にも慣れてきた頃、闘いながらリサが話をふってきた。


『そういえば、Mさんて今なに飲んでるんですか』


 唐突な質問だった。

 手元には、コップにそそいでから口をつけていないコーラが置いてある。


『コーラ』


 打ってから、コーラを一口あおる。

 冷えた炭酸が喉を落ちていく感触だけが、やけにはっきり残った。


 しばらく、返事が来なかった。

 リサのキャラクターがこちらを向いたまま止まっている。


(水って答えるべきだったか)


 入力中のマークだけが、点いたり消えたりしていた。


『そうなんですね』


 それだけだった。

 もっと突っ込んでくるかと思ったのに、リサはそこで止まった。


(コーラって、不正解だったのか)


 理由は分からない。

 分からないまま、次の敵に向けて武器を構え直した。


 それから、リサがぽつり、ぽつりとチャットをしてくる。


『あの、聞いてください』


『今日あたし小テストだったんですけど、多分終わりました』


『終わったっていうのは、崩壊したって意味です』


『オレも似たようなもん』


 送ってから、しまったと思う。

 ゲーム内で現実の話を返すつもりはなかった。

 なのに、偶然にも今日は自分も小テストがあったせいで、つい話題に乗ってしまった。


『今日は一緒に落ち込みましょー』


 慰めるでもない。

 ただ、同じ場所に並ぶみたいな言い方だった。


 マサキは次の敵を引きつけながら、チャット欄を見る。


(……一緒に落ち込むってなんだよ)


 意味は分からない。

 でも、嫌ではなかった。


 画面の向こうに、同じように学校へ行って、テストで失敗して、帰ってからゲームをしている相手がいる。

 顔も住んでいる所も知らないのに、なんだか距離が近く感じる。


 攻略の相談でも、装備の相談でもない話が、こんなに普通に交わされている。

 最近の自分のパーティーチャットに流れていたのは、立ち回りの苦情と装備への指摘ばかりだった。

 画面の向こうの誰かと、こんな日常的な会話をすることなんて、今までなかった。


 しびれコウモリの群れを片付けたところで、リサが急に別方向へ走り出す。


『どこ行く』


『見て!あれ一番好きなモンスター』


 ピンク色のまるいモンスターが、力なく宙に浮かんでいた。

 背中には小さなコウモリのような羽、尻尾の先はハートの形をしている。

 半分眠っているようなだらけた顔が、間の抜けた愛嬌になっていた。


 リサは、そのモンスターの周りをぐるりと一周してから飛び跳ねる。


『こんなに可愛いのに攻撃するとき顔が凶暴になるの』


『これペットにできるぞ』


『え!』


『一緒に戦ってくれる』


『神ゲー!1』


 数字がついたまま送られてきた文字に、マサキは苦笑する。

 興奮しすぎて指が滑ったのか。


『あお』


『あの』


 まだ指が落ち着かないらしい。

 見かねて、マサキが口を挟む。


『おちつけ』


『あれ飼いたい』


『モンスターは、自分より弱い相手には懐かない』


 間が空いた。


『レベル足りないってこと?!』


『そう』


『強くなる』


 即答だった。


 昨日まで、足を引っ張らないようにと言っていた初心者が、今は一匹のモンスターを飼うために強くなると言っている。


(理由、それでいいのか)


 いいのだろう。

 たぶん。


 レベル上げなんて作業みたいなものなのに、この子は小さい目標のために楽しそうにしている。

 少なくとも、嫌々レベルを上げているよりずっといい。


 その後も、リサは戦闘の合間にぽつぽつと話した。


『今日、授業中に眠すぎて』


『帰ったら一回寝たかったんだけど』


『寝ないのか』


『それが、ゲーム始めたら目が覚めたんです』


『わかる』


 わかる、と返してから、変にくすぐったい気分になった。


 攻略の話ではない。

 装備の話でも、狩り場の話でもない。

 ただ、眠かったとか、抜き打ちテストがあったとか、そういう話。


 本来なら、教室で隣の席の相手にでも話すようなこと。

 それを、会ったこともない相手と、洞窟の中で敵を倒しながらしている。


 今までもパーティーを組めば、装備の相談や、次のアップデートの話ぐらいはした。

 それ止まりだった。

 誰の一日がどうだったかなんて、話題にあがったことはない。


 効率さえ合えば、誰でもよかった。

 相手が誰でも、チャットの中身は変わらなかった。


(……で、オレは今日、何やってんだ)


 考えかけたところで、軽快なファンファーレが鳴った。

 リサのレベルがまた一つ上がっていた。


『上がった!』


『おめ』


『ありがとー』



 町へ戻ってきた。

 石造りの城壁の向こうに、坂の先の城が見えてくる。

 噴水広場のざわめきが、少しずつ近づく。


『見てー』


 リサが屋台の前で足を止めた。


『このゲーム、食べ物のグラフィックすごいよね』


『常に飯テロ状態』


 気にして見たことはなかった。

 街の屋台も、宿屋の皿も、ただの背景だと思っていた。


『確かに』


 言われてみれば、串焼きにはこんがりと焼き色がつき、表面では脂がじゅうっと弾けている。

 肉汁を吸った長ねぎは少し焦げ目がつき、立ち上る湯気が香ばしさまで伝えてくるようだった。


(……こんなに作り込まれてるのか)


 何年もやっているゲームなのに、知らないものが急に増えていく。

 増やしているのは、リサだった。


 こういうことは、攻略サイトには載っていない。

 なんだか、リサの方がこのゲームを知っている気がした。


 取引所の前まで戻ってきたところで、リサが止まる。


『あたし明日もいる』


『Mさんもしいたら』


『練習しながらまた喋っていい?』


 <また喋っていい?>


 狩り場を聞かれたわけではない。

 装備を見てほしいと言われたわけでもない。


 ただ、喋ってもいいかと聞かれた。


 レベルが高いから頼られているとか、そういう言葉ではない。

 ただ、喋る相手として、自分が選ばれた。


『いいよ』


『やったー』


『今日もありがとう!』


『お疲れ様です』


『ばいばい!』


 四つ、続けて文字が届く。


『おつかれ』


 ログアウト通知が出る。

 フレンド欄で、リサの名前が暗くなった。

 画面には、自分のキャラクターだけが残る。


 マサキはしばらく、その場から動かなかった。

 ただの初心者支援で終わるはずだった。


 けれど、チャット欄にはまだ、テストが崩壊した話や、眠かった話や、屋台の話が残っている。


(……明日も、か)


 フレンド欄を、もう一度だけ見た。

 もうリサはログアウトしている。

 分かっているのに、確かめるように見た。


 顔も知らない。

 声も知らない。

 本当に女の子なのかも分からない。


 それでも、明日この名前が光っていたら、たぶんまた声をかけられるのを待っている。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

少しでも気に入ってもらえたら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです。

今後の励みになります(・v・)♥

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