03話 魔法使いのリサはレベルが上がった
いつもならログインして最初に開くのは、高難度コンテンツのパーティー募集だった。
でも今日は違う。
気づけばフレンドリストを開いていた。
ほとんど埋まったフレンドリスト。
探したのは、<リサ>の名前だけだった。
緑色に点灯している。
位置は、<はじまりの草原>。
レベルが昨日より上がっている。
(レベル上げしてる……)
今日、時間をかけてまとめたメモ。
聞かれるかどうかも分からないのに書いた。
使う機会くらいはあるかもしれない。
『Mさんこんばんわ!』
チャットが飛んできたのは、こちらから声をかけるより早かった。
『こんばんは』
打ってから、少し迷って続ける。
『レベル上がってるな』
『はい!』
『足引っ張らないようにと思って』
その一言に、マサキは指を止めた。
<足を引っ張る>なんて発想は、昨日始めたばかりの初心者が持つようなものじゃない気がした。
『最初はみんなそう思う』
短く返す。
自分もそうだった、とまでは書かなかった。
『あの』
入力中のマークが点いたり消えたりする。
『昨日のユグドラシルのしずくって、蘇生あいてむ』
『返そうと思ったんですけど、すごく高くて』
『待ってもらってもいいですか』
マサキは画面を見たまま、しばらく動かなかった。
(自分はもう辞めるつもりだったから、いらないアイテムだった)
そんなことは言えない。
これから新しくゲームを始めた相手に、フレンドになったばかりの人間から「もう辞める」なんて、楽しくなくさせる言葉を使っていいわけがなかった。
言い方を考える。
相手が一番気を使わずに済む形を探す。
『返さなくていい、どうせお金余ってるし』
送信ボタンを押した瞬間、しまったと思った。
気を使わせないつもりで選んだ言葉だったのに、初心者から見ればこれはただの自慢だ。
初心者はいつだって金欠だ。
装備を買えばなくなる。
アイテムを買えばなくなる。
嫌なやつだと思われるか、あるいは逆に「余ってるならください」と言われるか。
どちらにしても、言い方を間違えた気がした。
しかし返ってきた反応は、そのどちらとも違っていた。
『すごーい』
『Mさん、誘惑に強い人なんですね』
『このゲームほんと、食べ物とか家具とかお洋服とか買いたい物ばっかりで』
『よく耐えれますね、すごいです!』
「そこかよ」
声が勝手に出た。
チャットには打たない。
打たなかったが、画面の前で固まった。
本気で金をたかられると思ったわけじゃない。
でも、冗談でもそっちに転がっておかしくない言い方をした自覚はあった。
それなのにリサは、そこには一切食いつかなかった。
余っている金の話じゃなく、使わずに残していることのほうに感心している。
食べ物、家具、お洋服。
言われてみれば、このゲームにはまだそんなに遊ぶ場所が残っていたのかと思う。
同じゲームをずっと続けてきたはずなのに、最近の自分はエンドコンテンツ用の装備と、敵の行動パターンと、味方のプレイスキルしか見ていなかった。
『返さなくていいから、家具とか服とかに使って』
送ってから、また返信が遅れた。
長文を打っているらしい。
気を遣わせたか、とマサキは思う。
『ゲーム内とはいえ、高価なものを受け取るのって軽く済ませていいことじゃないと思うんです』
『いくらお金が余ってても、Mさんが稼いだものですよね』
初心者のリサが、そんなことを言う。
ゲーム内のことでも、画面の向こうに人がいると分かっている。
当たり前のはずなのに、最近の自分はそこを見ないままゲームを続けていた気がした。
金はいらない、で終わらせるのは簡単だった。
でもそれは、リサの<軽く済ませたくない>という気持ちを、こっちが勝手に押しつぶすことになる。
(……お金の代わりの、お返し)
『金はいいから、その代わり、ちゃんと強くなって』
送ってから、また少し焦った。
恩着せがましく聞こえなかったか。
上から目線に見えなかったか。
『はい!』
『頑張ります!』
返事は素直で、むしろ弾んでいるように見えた。
マサキは知らないうちにこわばっていた肩の力を抜いた。
◇ ◇ ◇
夕飯前にまとめたメモを、マサキは開く。
今のリサのレベルと職業に合う狩り場は、もう調べてある。
(これ、言っていいのか)
(聞かれてもないのに、勝手に案内するのは……押しつけがましいか)
効率なんて求めていない相手かもしれない。
こっちが良かれと思って連れて行った場所が、ただの作業に変わって、せっかくの楽しさを奪ってしまう可能性もある。
それでも、リサは今夜は一人でレベル上げをしていた。
強くなりたい、というのは本人の意思のはずだ。
(……聞くだけ聞いてみるか)
『そこ、悪くないけど』
『もう少し効率いい場所ある』
『行く?』
送ってから、付け加える。
『今のところでもいいから無理にとは言わない』
予防線のつもりだった。
リサの返事は早かった。
『行きたいです!』
『Mさんが教えてくれること全部参考にします!』
<全部>という言葉に、マサキの指が一瞬止まる。
(大げさな)
そう思いながらも、悪い気はしなかった。
町のギルドで、マサキは職業を切り替える。
<ファイナルフロンティア>では、拠点となる町であればいつでも職業を変更できる。
装備や役割が変わるだけで、積み上げたレベルはそのまま引き継がれる。
リサと組むなら、ヒーラーになっておけば間違いはない。
でも、常にHPを満タンまで回復してしまうと、自分で戦って勝ったという感覚が薄くなる。
それじゃ、面白くない。
危なくなった時だけ敵に幻惑を入れるくらいが、たぶんちょうどいい。
勝たせるんじゃない。
自分で勝てるようになってもらう。
職業一覧から、少し迷って狩人を選んだ。
装備が切り替わり、剣の代わりに弓が背に収まった。
◇ ◇ ◇
『じゃあ、ついてきて』
マサキが先に立って歩き出す。
少し遅れて、リサのキャラクターが小走りでついてくる。
町の外へ出て、しばらく進んだ先。
ゆるやかな起伏が続く草原が広がっていた。
遠くまで見渡せる丘のあちこちに木が立ち、足元には小さな花が点々と咲いている。
『ここ』
すでに先客が何人かいる。
『すごぉ』
人気の狩り場らしい賑わいに、リサが目を丸くしているのが文字から伝わってくる。
『一度に複数体出るから』
『範囲技で一気に倒す』
説明は最低限で済ませた。
あとは、実際にやってみたほうが早い。
草むらから、ランタンラビットが五体続けて現れた。
金属製のランタンに、ウサギの耳だけが生えたようなモンスターだった。
『逃げすぎると範囲攻撃当たらない』
『五匹同時にまきこんで』
『はい』
リサは何度か、同じ失敗を繰り返した。
攻撃を受けると、反射的に後ろへ下がってしまう。
範囲の外に出れば、せっかくのまとめ攻撃も届かない。
マサキはそのたびに短く伝え、危なくなったタイミングでだけ狩人のスキルで敵の目をくらました。
自分が全部やってしまわないように、加減を探る。
助けすぎれば、楽しくなくなる。
(今の言い方、指示っぽくなかったか)
(なんか、偉そうだったかもしれない)
考えている間に、リサのレベルアップを知らせるファンファーレが鳴る。
『レベル上がりました!早い!』
『おめ』
短い一言に、リサは飛び跳ねるモーションで応えた。
一つレベルが上がるたび、毎回ちゃんと大喜びする。
(こういうの、いいな)
レベルが上がれば「おめでとう」と言う。
オンラインゲームでは、ごく当たり前のやり取りだが、現実でおめでとうと言われる機会は滅多にない。
操作に慣れてきた頃、リサが戦いながら文字を打ち始める。
『このモンスター、夜になると火が灯るんですね』
『ランタンだから』
『ふぁw』
『?』
『ちゃんと時間で変わるのがすごいってことです!』
『ああ、そういう意味か』
言われてみれば、確かに細かい作りだった。
その直後、リサの一撃でランタンラビットが崩れ落ちる。
『消えた』
灯っていた火が、すっと消える。
『なんか胸が痛みますね』
効率のいい狩り場だからこそ、倒され方だけ見ればどこか気の毒だった。
それでいて、少しばかげていて笑える。
そんなやり取りを何度か挟んだあと。
『ずっと付き合わせてしまって申し訳ないです』
『時間、大丈夫ですか?』
『オレは大丈夫』
『リサは?』
間があった。
『なまえ呼んでくれた!』
その場でくるりと回るモーションが返ってくる。
こっちは時間の確認をしただけだった。
それなのに、リサの返すところはまた予想とずれている。
名前を呼ばれただけで、あんなに喜ぶ。
こういうところが、ゲームに慣れた人たちとは違う。
初心者ってそういうものなんだな。
(…オレじゃなくてもいいんだろうけど)
それでも、口元が少し緩んだ。
◇ ◇ ◇
『回復ありがとうございます』
『レベルも上がったしお金も増えました』
『これで装備買えます!』
マサキはメモを見ながら、次に買うべき防具の目安を伝えた。
今の所持金で無理なく買える範囲を選んだつもりだ。
『おすすめは灯草のローブセット』
『夜鳥のローブも装備できるけど性能微妙』
『麻痺耐性は優先で、上下で100にできると楽』
『靴の転び耐性は、あればいいけど無理しない』
メモをなぞるように、一つずつ伝えていく。
『あくまで目安だから、好きなの選んでいい』
付け加えると、リサはすぐに返してきた。
『分かりました!』
『メモします!』
『またいろいろ聞いてもいいですか?』
『いつでも』
『やったー!』
『今日はありがとうございました』
『お疲れ様でした』
少し間が空く。
『失礼します!』
オンラインゲームで、ここまで丁寧に終わる人はあまり見ない。
マサキも小さく苦笑して、
『お疲れ様』
とだけ返した。
リサのログアウト通知が表示される。
ヘッドホンを外す。
部屋は最初から一人だった。
なのに、誰かと一緒にいた時間が、そこで終わったような気がした。
こんな気持ちでゲームを終えたのは、久しぶりだった。
敵が強いほど、倒した時の達成感は大きい。
装備を整えて、動きを覚えて、何度も失敗して、それでも勝てた時は本当に楽しい。
だから続けてきたはずだった。
でも最近は、そこへたどり着くまでの道のりのほうがきつくなっていた。
昨日、キャラクターデリートの確認画面を、本気で見ていた。
このゲームから離れよう、と思っていた。
それなのに、右も左も分かっていないような初心者のほうが、このゲームの楽しみ方を知っている。
(……なんか、悔しい)
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