表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
引退するはずだったオンラインゲームで、オレは初心者とこの世界をもう一度好きになる  作者: 空色いろはに


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/15

14話 釣りイベント

 土曜日、いつもより早く目を覚ます。


 休みの日はもっと遅くまで寝ているのが普通だ。


 今日は学校がない。

 つまり、その気になれば一日中ログインすることも可能ということだ。

 リサがいれば、ずっと一緒に過ごせるかもしれない。


 ベッドから起き上がって、時計を確認する。

 まだ朝の八時前だった。

 いつもならもう一度枕に顔を埋める時間だが、今日はそうしなかった。


 朝食を食べながら、頭の中で都合のいいやり取りを思い描いていた。


『今日は何したい?』


『やりたいことある?』


 そう聞いて、もし


『そんな悪いよ…』


 遠慮されたら。


『気にしなくていい』


『オレも楽しい』


 そう返せばいい。

 完璧だ。


 トーストされたパンを咀嚼しながら、何度も会話を組み立て直す。

 朝からこんなことを考えているオレに、自分でも呆れた。

 それでも、予行練習をやめる気にはならなかった。


 歯を磨いて、部屋に戻る。

 まだ時間は早かったが、パソコンの電源をつけた。


 カチカチ。


 いつもの操作でログインする。

 効果音が鳴って、取引所の前にキャラクターが降り立った。


 リサはすぐ近く、道具屋の前にいた。


(早いな…)


 リサはオレのログインに気がつくと、その場を離れまっすぐこちらへ走ってくる。


 チャットなら、道具屋の前からでも届く。

 わざわざ買い物をやめて近づく必要なんてない。


 なのに、頭のリボンを揺らしながら、わざわざ正面まで回り込んで足を止めた。

 律儀に距離を詰め、顔を見て話すようにしてくる。


 それがなんか可愛い。


『こんばんわ!』


『こんばんは』


『今日は休みだからはりきって起きた』


『眠くないのか』


『眠いけど、ほら』


 リサの手には魔法使いの杖ではなく、釣り竿が握られていた。


 あぁ、釣りイベントか。

 正直、興味はない。

 いや、<なかった>と言うべきか。


 今までそういう、強さに結びつかないイベントには、ずっと縁がなかった。

 仲のいいフレンドでもいれば、和気あいあいと楽しめるんだろうけど、自分には生憎そういうフレンドはいない。

 エンドコンテンツばかり追わず、こういうイベントに積極的に参加していれば、違ったのかも知れない。


 でも今は、


(リサがいる)


 配布されたばかりの、真新しい竿を持って、たぶんオレを待っていた。


『行くか』


 そう打ちかけて、指を止める。


 自分は釣りをしたことがない。


 確か、釣りレベルとかいうのがあって、ほとんど上げていない。

 リサはオレを上級者だと思っている。

 教えてもらおうとしていたんだろう。


(無理だ)


 いや、でも。

 リサにとって初めてのゲーム内イベントだ。

 参加したいのは分かる。

 それに、自分が断ればきっと


『わかった!』


『じゃあ他のフレンドさんとやってくるね!』


 そういう流れになる。

 それはなんか、1番イヤだ。


 正直に言うしかない。


『釣り、やったことないんだが』


『あたしもない!』


(だろうな)


『せっかくだから一緒にやろ!』


『いいのか』


 もっと詳しい相手と一緒の方がいいんじゃないか。

 それを自分から言うつもりはないが。


 間があって、返事が来る。


『いいよ?』


 なんで聞くの、みたいな返し方だった。


『教えるとかできないと思うけど』


『あたしだって下調べくらいするよ』


『なんでも教えられてばっかりじゃ悪いし』


『さっきちょっと練習もしたから』


 口の端だけ、小さく緩んだ。


『でも良かった』


『釣りまでガチ勢だったら、なんか困る』


 リサは、効率や上手さで一緒にやる相手を選んでいない。

 一緒にできれば、それでいいらしい。


 今までは、強さと効率で評価される場所に、ずっといた。


 リサと遊ぶのに、プレイヤースキルも、知識も求められない。

 ただ隣にいるだけ。


(なんかいいな、それ)



 ◇   ◇   ◇


 釣り竿はイベント期間中、誰でも無料で受け取れる。

 レベルが低くても参加できるよう調整されていて、初心者にも親切な設計だった。


 町の外れ、海沿いの桟橋までやって来た。

 すでに何人ものプレイヤーが竿を垂らし、水面を見つめている。

 のんびりした空気は、フィールドの狩り場とは違った雰囲気があった。


 隣に並んで竿を構えたところで、マサキは今更な疑問を打つ。


『これって、何が釣れればクリアなんだ?』


『ポイントを貯めて好きな報酬と交換するんだけど』


『大きいマグロが釣れればポイント高くて』


『小さいマグロばっかりでもコツコツやれば終わり』


『マグロって、あのマグロ?』


『はい、あの食べると美味しいマグロです』


(なんだこのゲーム)


 ファンタジーになんで現実の魚。

 どういう世界観だ。


 一匹目が釣れる。

 跳ね上がった魚体は、想像よりずっとリアルなマグロだった。

 青みがかった背と、白く輝く腹、鱗も、光る目も、ファンタジーらしさは何もない。

 魚屋に並んでいそうなマグロだった。

 水しぶきを上げながら暴れる動きにまで、無駄に力が入っている。


(このクオリティで作る意味があったのか)


 次の獲物を待つ間、マサキは竿を握ったままキーボードを打つ。


『マグロ以外には何が釣れるんだ?』


 リサの返事はすぐに来た。


『あたしが欲しいのはジンベエザメとかリュウグウノツカイ』


『クラゲ可愛いのに全然レアじゃなくて、さっき練習でいっぱい釣った』


『サメは欲しいな』


 マグロのグラフィックに、ここまで力を入れるゲームだ。

 サメなんて出てきたら……と妙な期待をしてしまう。


『レベル低いと釣れないの』


『1番いい竿が装備できるレベルになってからが勝負』


『そうなのか』


(釣レベルって、そのためか)


 存在は知っていても、これまで一度も上げたことのない項目だった。

 放置していたステータスに、初めて理由が見えた。


『サメ遠いんだな』


『こんど一緒に釣ろうね』


『ああ』


 短い返事の裏で、ふいに先の約束をされたことに気づく。


 オンラインゲームでの約束は、軽い。

 友達が、家族が、現実の予定が入れば、簡単に後回しにされる。

 守られなくても、しょせん顔も知らない赤の他人との口約束。

 ログインしなくなれば、それだけで終わる関係だ。


「また今度」「また一緒に」という言葉は、オンラインゲームではかなり空虚な社交辞令になりやすい。

 フレンドリストには、そう言ったきり二度とログインしてこない相手がいくらでも溜まっていく。

 誰も、本気で言っていない。


 なのに、リサだけは違う気がした。

 マサキは、隣にいるリサのキャラクターを眺める。


 小テストの話、眠かった話、謎の恋愛相談。

 リサとはくだらない話ばかりしてきた。

 ただ話すためだけに、この子はここへ来ている。


 画面の向こうに人がいることを、リサはちゃんと分かっている。

 だから、ここでの約束も、現実の約束と同じくらい大事なものに見えているはずだ。


 竿を握る手に、意識を戻す。


 釣りは、タイミングを合わせて連打するだけの単純なミニゲームではなかった。

 かかった魚ごとに暴れる動きのパターンが違い、次にどう動くかを予測し、竿を緩めるか、引き寄せるかを判断する。

 こういう、単純なものほど奥が深い。


 今度は手応えが軽い。

 引き上げると、釣れたのは古びた長靴だった。


『なにこれ』


『たまにゴミ出る』


『捨てていいか』


『あ、待って』


 直後、リサは竿を振り何かを釣り上げた。

 水面から上がってきたのは、同じ古びた長靴。


『おそろいw』


『これもしかして装備か』


 確認すると、防具枠に入っていた。

 性能はほとんどない。


『せっかくだから穿いてから捨てよ』


 リサの提案にのり、二人で長靴を装備する。


『一気に釣り人っぽくなったな』


 攻略とは関係ない、どうでもいいやり取りをしながら、しばらく釣りを続けた。

 浮きが揺れるのを、二人で並んで待つ。

 またひとつ疑問が浮かぶ。


『これって、パーティー組んでやる意味ある?』


『有利になるかって意味なら、ないです』


『そうか』


『もしかして、無理に付き合わせてる?』


『いや、こういうの悪くないなって思ってる』


 お互い、何の役にも立っていない。

 パーティーを組んでいるのに、何かを教えるでもなく、何かしてやるでもない。

 勝つためでも、効率を上げるためでもなく、ただ一緒にやった方が楽しいから組んでいる。


 高難度コンテンツにあった、あの息苦しさがここにはない。

 釣れなくても、誰にも咎められない。

 ストレスにもならない。

 できるかどうかを、誰も見ていないからだ。


 誰にでもできる作業で、キャラは育たず、装備も強くならない。

 得られるものなんて、何もないはずの時間。


(知らない人と、同じ時間を共有してるだけ)


 現実の人間関係のような、肩書きも、これまでの経緯も、しがらみも、なにもない。

 ただ<今この時間を一緒にいる>という一点だけで、関係が成り立っている。


 今までは、強くなるためにプレイしていた。

 それだけなら、一人で遊ぶゲームと変わらない。


 ログインすると相手がいる。

「こんばんは」で一日が始まる。

 狩りが終わっても、町で少し話し込んでしまう。


 オンラインゲームは、誰かと一緒に体験するゲームなんだ。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

少しでも気に入ってもらえたら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです。

今後の励みになります(・v・)♥

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on counter_img.php?id=41111809&main=1
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ