13話 リサの一歩と、松前くんの誤解②
ほんとはゲームの話で盛り上がりたいけど、こんな変に意識した状態じゃ無理だった。
「あ、あたしもゲームするよ。下手だけど」
「モケモンとかともだちの森とか、可愛いやつ」
それ以上は続けられなかった。
(オンラインゲームも…)
とまで、広げることはできない。
この部分に関しては、いま踏み込まれたら自分が困る。
松前くんは「そうなのか」と意外そうな顔をしただけで、それ以上は聞いてこなかった。
身構えていた分、拍子抜けするくらいあっさり終わる。
群れない人、踏み込まない人、と思っていた。
でも、本当は相手が困らないように、先に引いてるだけだった。
(また、遠慮してる…)
もっと踏み込んできてもいいと思う反面、松前くんの一歩引いて相手を気遣う距離感は、居心地がよかった。
それから、
好きなおかずの話。
午前中の授業の話。
次の小テストの話。
そんな他愛もない話。
あたしが話しかけるたびに、松前くんは一度考えてから答える。
返事はいつも短い。
でも、ちゃんと最後まで聞いてくれる。
答えながら無理に笑わせようともしない。
教室の中なのに、ゲームで並んで歩いているときと同じ空気が流れていた。
「そうか」
「ん」
「わかる」
短い言葉ばかりでも、物足りなさは感じなかった。
その飾らないところが、なんだか妙にかっこよく見えて、勝手に想像していた『大人の理想のMさん』より、今こうして目の前にいる松前くんの方が居心地がいい。
気づけば、昼休みが終わりかけていた。
「もうこんな時間」
「早いな」
その一言に、あたしは思わず笑った。
「うん、早かった」
本当にそう思った。
松前くんも、同じこと思ってくれた。
ゲームの中では、毎日話している。
なのに、顔を見ながら話す時間は、まだこれだけしかない。
画面越しでは見えなかった、困ったような笑い方。
短い返事の合間の、一度考える間。
(やっぱり、いいな)
もっと話していたかった。
もっと一緒にいたかった。
(でも)
蓋を閉じ、包みを結び直す。
松前くんはもう自分のお弁当箱をしまい終わって、こちらを見てはいない。
それでもよかった。
今日は、ちゃんと前に進めた気がした。
「またね、松前くん」
「……ああ」
あたしはお弁当箱を抱えたまま、椅子を元の場所へ戻し、自分の席へ向かう足を少しだけ弾ませた。
◇ ◇ ◇
いつもの効果音とともにログインすると、取引所前の噴水の音が真っ先に耳へ届いた。
水しぶきの向こうに、見慣れた後ろ姿がある。
オレが近づくより先に、リサが振り返って走ってくる。
『こんばんわ!』
『こんばんは』
軽く手を振るモーションのあと、リサがその場でくるりと一回転する。
いつもより機嫌がいいらしい。
少し雑談を挟んでから、リサがどこか浮ついた調子で切り出した。
『今日ね、その人とお昼食べれたの』
(へぇ)
誘えたのか。
(……待て、なんでリサから誘ってるんだ)
男の方から誘うのが筋だろう。
女の子に言わせておいて、誘われるのをのんびり待ってたのか。
(何やってんだそいつ)
『いっぱい話せたし』
(いっぱい……?)
文字を見つめたまま、オレは椅子の背にもたれた。
そんなに喋ったってことは、コミュ力が高いんだろう。
(いや、そういうやつに限って軽いんだよな)
誰にでも同じようなことを言って、調子だけはいい。
それでいて、女の子の扱いにだけは慣れてる。
(……偏見か)
分かってはいる。
それでも、想像だけが勝手に進んでいく。
『テストの話とかで、めっちゃ笑っちゃって』
眉を寄せた。
テストの話で、どこに笑う要素があるんだ。
(それでも笑ったってことは……よっぽど話し上手なんだろうな)
オレにはできない。
自然に会話を転がして、気の利いた一言をさらっと返す。
自分はチャットですら、上手い言葉を返すなんて苦手なままなのに。
むかつく。
顔も知らない相手なのに、素直にそう思った。
自分の今日の昼休みを思い出す。
如月さんが声をかけてくれたのに、ほとんど相槌ばかりだった。
話題を振ることもできず、会話を広げることもできなかった。
(如月さん、絶対つまらなかっただろ)
なのに、如月さんはずっと笑っていた。
答えに詰まっても急かさず、大して面白くもない返事にまで笑顔を絶やさない。
話が途切れれば、次の話題を見つけてくれる。
ゲームとか、絶対やらなそうなのに、話を合わせてくれようとしていた。
誰にでもそうできる人だから、周りに人が集まるんだろう。
クラスで浮いてるオレにまで、気を遣ってくれるくらいだ。
画面の中で、リサのアバターが小さく跳ねている。
浮かれた足取りが、文字の勢いそのままに見えた。
『気をつけろよ』
『?』
『そういう、誰とでも距離近い男』
『慣れてるやつもいるから』
『簡単に信用しない方がいい』
『そんな人じゃないよ』
『でも心配してくれてありがとう』
『大丈夫、変な人じゃないから』
(届いてないな、これ)
迷いも、間もなかった。
リサはもう、その相手を信じきっている。
(そんなに簡単に好きになるな)
打とうとした続きの言葉を、オレは結局送らなかった。
キーボードの上で、指だけが止まっている。
そんなことを言う資格がない。
どうせオレには、上手い話の振り方も、さりげない拾い方もできない。
うまく言葉が選べなくて、選んだ結果さらに変な言い方になる。
それは、今日の昼休みでよく分かったばかりだ。
リサの気になる相手は、リサが勇気を出して誘って、その気持ちに応えて、一緒に昼を食べて、たくさん話して、笑わせてくれる。
そんな時間を、誰かと過ごしている。
「なんかムカつく」
声が、勝手にこぼれた。




