表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
12/16

12話 リサの一歩と、松前くんの誤解①

 昼休みのチャイムが鳴る。

 教室のあちこちで、椅子を引く音と弁当箱を広げる音が重なった。

 松前くんが鞄から包みを取り出したのを横目に、リサは自分の机の上で一度だけ大きく息を吸った。


(少しずつ)


 先日、ゲームの中でMくんに言われた言葉が頭をよぎる。


『急に詰めすぎると驚くから、少しずつがいい』


『なるほど、じゃあ少しずつにします』


 あの時、自分でそう返した。

 だから今日も、その「少し」だけなら。


 今まで何度も、次こそはと思って、話しかけようとした。

 その度に、松前くんまであと数歩というところで、誰かに声をかけられ、輪に引き戻され、教室の空気に流されて終わってしまった。


(絶対行く、振り切ってでも行く)


 勢いにまかせるように椅子から立ち上がった。

 しかし、


「如月さん、どうしたの? どっか行くの?」


 いつものお昼のメンツの女の子に声をかけられて、リサはお弁当箱を持ったまま固まった。


「あ。ごめん、今日ちょっと」


 言い切る前に、視線が窓際の一番後ろへ流れる。

 女の子は不思議そうな顔をしたけれど、それ以上は聞いてこなかった。

 リサは弁当箱の結び目を指先で意味もなく撫でながら、窓際の一番後ろへ向かう。


「あ、あの……松前くん」


 蓋を開けかけていた松前くんの手が止まった。

 見上げた顔が、わずかに驚いたように見える。


「え、なに…」


「お昼、一緒に食べていい?」


 一瞬、教室の音が遠くなった。


(さすがに、これは急だった? 詰めすぎた?)


 数秒の沈黙が、いつもよりずっと長く感じられる。


「………なんで?」


 聞き返され、頭の中が真っ白になる。


(そりゃそうだよね)


 挨拶くらいしかしたことないのに。

 いきなりお昼なんて、飛ばしすぎたかも。


 『急に詰めすぎると驚くから』


 本人にそう言われたはずなのに。

 言葉に詰まって出てこない。


 そう思っていると、松前くんが少しだけ目をそらした。


「ごめん、言いたくなかったらいい」


「ち、違うの」


 慌てて首を振る。

 言葉が追いつかないだけで、言いたくないわけじゃない。


「その……まだ松前くんと、あんまり話したことないから」


 一度、息を整える。


「もう少し、お話してみたくて」


 言えた。

 松前くんは少しの間黙ってから、困ったように口の端をゆるめた。


「オレ、面白いこと言えないんだけど……それでいいなら」


 自分の方を、下げるような言い方だった。

 でもそれは、思っていたよりずっと優しい。

 自然と笑顔がこぼれた。


「いいよ、一緒に食べよ」


 言ってから、リサは考える。

 机を二つくっつけて向かい合うか、それとも椅子だけ借りて松前くんの机を二人で使うか。


(近い方がいい)


 迷った素振りも見せずに、リサは空いていた椅子だけを引きずった。

 松前くんの机の前に、その椅子を置く。

 机一つを、二人で挟む形になる。

 向かい合わせに机を並べるより、ずっと距離が近い。


 松前くんが手を止めて、こっちを見た。

 驚いたような、それでいてどこか困ったような顔。

 リサは何でもないことのように笑って、椅子に腰を下ろした。

 松前くんは何か言いたげに口を開きかけたけれど、結局そのまま視線を弁当へ戻す。


 リサは弁当箱の蓋を開けながら、さっきの言葉に、口の中だけで返事をする。


(Mくんと話すの、面白かったけどなぁ)


 ゲームの中では、あたしがどんなくだらないことを言っても、ちゃんと返してくれた。


『それ、悪いのはリサじゃない』


 昨日かばってくれたことも。


『なら、オレも敬語で返します』


 意地でも譲らない感じの、あの返しも好き。


 同じクエストのストーリーを見て、同じ感想を言って。

 その時間が、すごく楽しかった。


(……言えないけど)


 俯いた拍子に肩から流れた髪を、リサは指先で耳にかけ直した。

 リサは箸を止めて、松前くんの方を見た。

 何か話したくて、話題を探す。


「今日の小テスト、どうだった?」


「ん…まぁまぁ」


「まぁまぁってなに? 出来たの?出来ないの?」


「出来ない」


「ふっ」


 思わず笑いがこぼれた。


(Mくんのときも、こういうトーンで喋ってる感じなのかな)


 低めで、落ち着いた声。

 画面越しの文字だけだったチャットに、今初めて声が重なっていく。


 急に笑ったあたしに、松前くんは箸を止めて、怪訝そうな顔をした。

 何がおかしいのか分からない、というふうに眉が寄る。

 リサは追及される前にと、話題を変えた。


「松前くん、味濃いから揚げ好き?」


「うん」


「食べてみる?」


「……いや、いい」


「いいから食べて」


「わかった」


 断ったくせに、あっさり折れる。

 しかも変に食い気味に頷くから、なんだかおかしい。

 リサはまた小さく笑った。


 差し出したから揚げを、松前くんは口に運んだ。


「うま?」


「……うまい」


 そう言った松前くんの視線が、弁当箱の上を意味もなく彷徨った。


「松前くんは、帰ったら何してるの?」


「……寝てる」


「ほんとは何してるの?」


「ゲームしてから寝てる」


「もー、なんで寝てるだけみたいに言ったの」


「……ゲームの話されても、困ると思って」


(なにそれ)


 そんなこと気にしなくていいのに。

 そう思うのに、そこまで気にしてくれることがなんだか嬉しい。


 自分の話ばっかりしたがる人は、たくさんいる。

 小テストの点も、部活の自慢も、新しく買った時計も、誰かのモノマネも、みんな聞いてほしいことばかり話してくる。

 松前くんは、こっちがどう思うかを気にしてる。


(あたしのことを、困らせたくないって…)


 じわじわと、頬のあたりが熱くなる。


 視線をどこかに逃がそうとしても、机一つ分の距離しかない。

 顔を上げれば、松前くんの顔がすぐそこにある。


(近い近い近い)


 いやこの距離、あたしが選んだんだった。

 今さら気づいたみたいに、頭の中がぐるぐる回る。


 落ち着いて食べてる姿が、ちょっと大人っぽい。

 咀嚼音すら静かで、育ちのよさも感じる。

 指が長くて、箸の持ち方まで綺麗。

 手の甲の血管まで、なんかかっこいい。


(いやいやいや、見すぎだから)

ここまで読んでくださってありがとうございます。

少しでも気に入ってもらえたら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです。

今後の励みになります(・v・)♥

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on counter_img.php?id=41111809&main=1
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ