15話 誘われたいリサと、誘いたいM①
「松前くん、今日一緒に帰らない?」
一人でいると、帰り際はいつも誰かに声を掛けられる。
だからあたしは、誰にも見つからないよう、玄関口の柱の陰で松前くんを待っていた。
靴を履き替え始めたのを見計らって、そのタイミングで声をかける。
松前くんの手が止まった。
ゆっくりと顔を上げて、こちらを見る。
少し、驚いたような顔。
(やっちゃった……?)
現実では、まだこんなふうに気軽に誘っていい間柄じゃない。
土日はずっとゲームの中で一緒に遊んでいたせいで、『Mくん、一緒にクエやらない?』の距離感のまま、だったかも知れない。
ゲームでは毎日話していても、学校ではほとんど話したことがない。
そんな相手に、いきなり「一緒に帰らない?」なんて言われたら。
(断られるよね)
松前くんは少しだけ考えるような間を置いて、
「…いいけど」
と戸惑ったように短く答えた。
(え、いいんだ?)
さっきまでの緊張が一気にほどけた。
松前くんは自分の靴を履き替え終えると、そのまま傍の柱に寄りかかった。
(やば、待たせてる)
慌てて下駄箱から自分のローファーを取り出す。
急いで屈みこんだせいで、肩から鞄の持ち手がずり落ちそうになった。
咄嗟に手を伸ばすより早く、ふっと肩が軽くなる。
見ると、松前くんが指先だけで鞄の端をつまみ、落ちる前に支えていた。
「鞄…」
それだけ言って、松前くんは鞄を浮かせたまま動かない。
(はや…)
鞄が落ちかけた瞬間、自分より先に松前くんの手が伸びていた。
じわ、と頬のあたりが熱くなる。
膝を折って、片方の踵だけ浮かせた姿勢のまま、体が中途半端に固まっていた。
「あ、ありがと」
声が少し上ずる。
『鞄、持つよ』とか、わざわざ言葉にして親切ぶったり、紳士っぽく振る舞うとか、カッコつけるとか、松前くんにはないんだ。
狙ってやってないから、言葉より先に手が動く。
鞄を押さえてもらってるだけなのに、胸のあたりがそわそわして落ち着かない。
松前くんは、当然のことをしただけのように、なんでもない顔をしてるのに。
靴を履き替え終えて、肩にかかった鞄の持ち手を握り直すと、松前くんは何も言わずに手を離した。
「お待たせ」
「……ん」
短い返事。
松前くんが歩き出し、半歩遅れでその隣に並んだ。
玄関口を抜けたところで、何人かの視線がこちらへ向くのが分かった。
小さなひそひそ声が耳に入る。
内容までは聞き取れないけど、前に感じたのと同じ空気。
誰かと一緒にいたり、話したりするだけで、変に詮索されるか勝手な噂を流されるのはいつものことだった。
なのに、今日はその視線をやり過ごすのに少しだけ余計な力が入る。
松前くんと一緒にいることが、他の誰かと一緒にいる時とは違うせいだ。
校門に近づくにつれ、視線の数はだんだん減っていく。
門を出たところで、ようやく肩の力が抜けた。
松前くんの歩幅に合わせたところで、話を切り出すタイミングを計り始める。
聞きたいことがあった。
松前くんに、というより……これはMくんに。
Mくんは、ただレベルが高いだけじゃない。
高難度のダンジョンを、何度も攻略しなければ手に入らないコーデ装備を、当たり前のように着ている。
タンクでも、補助でも、回復でも、どの職業に変わっても、完璧に立ち回っていた。
先週、初めて一人で野良のパーティーを組んで、分かったことがある。
ほかの人と組むと、敵はあちこちに散らばって、自分に攻撃が飛んでくることが何度もあった。
ヒーラーはHPが減るたびに回復魔法を撃っていたから、行動ゲージが追いつかなくなって、肝心な場面での回復が間に合わなくなっていた。
でもMくんと組むと違う。
敵はMくんのところにだけ集まるから、範囲攻撃が当てやすかったし、自分に敵が向かってきたことは一度もない。
回復もただ早いだけじゃない。
敵の攻撃のパターンを読んでいるようで、回復より先にバフを入れるべきかどうかまで、判断した上で動いているみたいだった。
(Mくんって、めちゃくちゃ上手い人なんだよね)
だからこそ、不思議だった。
上級者には上級者の遊び方があるはずだ。
同じくらい強い人たちとパーティーを組んで、もっと難しいところに挑む。
そういう遊び方こそ、上手い人たちの本来の楽しみ方なんじゃないだろうか。
どうして初心者のあたしと遊んで「楽しい」になるんだろう。
あの時は、飛び跳ねるくらい嬉しかったけど…やっぱり気になる。
でも、また同じようなことを、Mくんに聞くわけにはいかない。
一度もらった答えを、疑うみたいになってしまう。
しつこく聞いたら、楽しかった気持ちが失せてしまうかもしれない。
もしかしたら、誘われたら断れない人なんじゃないか。
初心者相手にここまで手厚くする理由が、楽しいだけでは説明できない。
だったら、優しさの問題なのかも。
困ってる人を放っておけない、頼まれたら嫌と言えない。
(松前くんて、そういうタイプっぽい)
「……松前くんって」
歩きながら、なるべく何気なく聞こえるように、声のトーンを軽くする。
「意外と、誘ったらOKしてくれるんだね。もしかして断れないタイプ?」
松前くんは前を向いたまま答える。
「嫌だったら断ってる」
思わず足が止まりそうになった。
とっさに一歩多く踏み出して、歩調をごまかす。
「そ、そうなんだ」
松前くんは少し間を置いてから、言葉をつづけた。
「あんまり人付き合い得意じゃないし、一人の方が楽なことも多いから。嫌なら普通に断る」
(……それって)
一瞬、言葉の意味が分からなかった。
でも、すぐに気づく。
(松前くんは、今の話だと思ってるんだ)
現実のあたしに対して言ってるから。
(じゃあ……)
『嫌なら断る』
その言葉は、こないだのお昼も、今こうして一緒に帰っていることも、全部本心で受けてくれたってこと。
胸がどくんと鳴る。
(え、待ってそれって。あたしとお昼食べたかったってこと? 今日も一緒に帰りたかったってこと?)
うつむきかけた顔を、慌てて前に戻す。
(いやいやいや…あたしはMくんのことを聞きたかっただけで、そんなつもりじゃ)
都合よく受け取りすぎてる自覚は、頭の隅にちゃんとあった。
それでも、指先までじんわりと熱を持った。
「そっか」
それだけ言うので精一杯だった。
松前くんは視線を泳がせてから、遠慮がちに口を開いた。
「オレも、聞きたいことあったんだけど」
「え」
変な高さで声が裏返った。
短い一言だから、松前くんには気づかれていないはず。
思わず背筋が伸びる。
(な、なに聞かれるの?ゲームのことバレた……!?)
さっきまでゲームのことを探ろうとしていたのは、あたしの方だ。
身構えていると、松前くんが言葉を選ぶように、一呼吸置いてから続けた。
「女の子って、誘われる方が……嬉しい、とかある?」
「ん?」
何を言われているのか、すぐには分からなかった。
「いや、自分から誘うより…相手から誘われた方が、いいとか……そういう」
その場で固まりそうになる。
(え……)
さっきまでの会話が頭の中で一気につながる。
(誘うって………え、誰を?)
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