99話 全部
神様サバイバル15日目
「……暑い。」
不知火はゆっくりと目を開けた。
額にはじっとりと汗が滲んでいる。
段ボールハウスの天井をぼんやり見つめながら、小さく息を吐いた。
地下だというのに蒸し暑い。
四季が消え、地下水路の湿気は以前よりもさらに重く感じられた。
「寝た気がしねぇな……。」
身体を起こし、小屋の外へ出る。
地下水路には今日も穏やかな時間が流れていた。
誰かが洗濯をし、誰かが鍋をかき混ぜ、誰かが笑っている。
昨日まで見えていなかった”生活”が、そこにはあった。
「あら、おはよう。」
優しい声と共に、一人の若い女性がお盆を持って近づいてくる。
湯呑みが二つ。
「どうぞ。」
不知火は少し戸惑いながら受け取った。
「あ……ありがとう。」
女性はにこりと微笑む。
その笑顔はどこか懐かしく、温かかった。
不知火が湯呑みに口を付けようとした時だった。
「起きたか。」
背後から聞き慣れた声がする。
振り返ると、天涯がゆっくり歩いてきていた。
「よく眠れたか?」
「まぁ……暑さで起きたけどな。」
苦笑する不知火。
そして、お茶を持ってきてくれた女性へ視線を向ける。
「しかし驚いた。」
「あんな若い子もホームレスなのか。」
その言葉を聞いた天涯は、一瞬きょとんとしたあと、大きく吹き出した。
「ははっ!」
「違う違う。」
笑いながら女性を指差す。
「ありゃ田所の婆さんだ。」
「……え?」
不知火の動きが止まる。
目の前の女性を見る。
もう一度見る。
どう見ても二十歳前後。
肌には張りがあり、白髪など一本もない。
姿勢も真っ直ぐで、足取りまで軽い。
「若返り薬を飲んだからな。」
天涯は笑いながら続ける。
「皺も白髪も全部消えた。」
「姿勢まで良くなってる。」
「人間ってのは若返ると、ここまで変わるもんなんだな。」
田所は少し照れくさそうに笑う。
「そんなに見ないでくださいよ。」
「恥ずかしいじゃないですか。」
不知火は言葉を失っていた。
神様マーケット。
頭では理解していた。
だが、こうして目の前で奇跡のような光景を見ると、改めてその異常さを実感する。
世界は、本当に変わってしまったのだ。
天涯はお茶を一口飲み、静かに言う。
「さて、計画の話をしようか。」
その一言で、不知火の表情も引き締まった。
⸻
一方、その頃。
古民家。
室内には、どこか物足りない空気が漂っていた。
「……静かですね。」
夢見がぽつりと呟く。
「不知火さんも。」
「盗丸さんも。」
「いなくなっちゃいましたもんねぇ。」
楓は頬杖をつき、不満そうに唇を尖らせる。
「まったく。」
「どいつもこいつも勝手なんだから。」
そう文句を言いながらも、その表情には少しだけ寂しさが滲んでいた。
その時だった。
「……あぁ。」
「くそ。」
部屋の隅から低いうめき声が聞こえる。
廃人だった。
頭を抱え、髪をぐしゃぐしゃに掻き回している。
「思い出せない……。」
「何か、何かを見落としてる。」
「ずっと引っ掛かってんだ……。」
苦しそうだった。
まるで喉まで出かかっている言葉が、どうしても出てこないような。
そんなもどかしさに顔を歪めている。
楓は呆れたように肩をすくめる。
「なによ、あのゲームオタク。」
「暑さで頭までやられちゃった?」
夢見が苦笑する。
「さっきからずっと。」
「『攻略してやる』って呟いてましたよぉ。」
的場は腕を組みながら廃人を見つめる。
そして、ふと思い出したようにモニターを開いた。
「なぁ思い出したいなら。」
「これ、使えないか?」
画面を廃人へ向ける。
そこには神様マーケット。
そして、一つの商品。
“ 生後からの記憶”
廃人は目を丸くする。
「……あるのか。」
値段を見る。
五千万円。
「たっけぇぇぇ……。」
思わず天井を見上げる。
その金額に、笑うしかなかった。
的場は豪快に笑う。
「でもさ。」
「ずっと悩んでるくらいなら安いもんだろ。」
「今の俺たち、億万長者だしな。」
廃人は苦笑した。
「そうだね。」
「お金なくなったら。」
「頼りにしてるよ?」
「任せろ!」
的場は胸を叩く。
「俺、武器以外に金使う予定ねぇし!」
その頼もしい言葉に、廃人もようやく笑みを浮かべた。
「……じゃあ。」
「買う。」
神様マーケット。
生後からの記憶
五千万円
購入しますか?
「はい。」
指先が静かに画面へ触れる。
次の瞬間だった。
眩い光が廃人を包み込む。
「なっ!」
「廃人!」
的場が駆け寄る。
光は一瞬で消えた。
その場に残っていたのは、床へ倒れ込む廃人の姿。
「おい!」
「しっかりしろ!」
楓も夢見も、医楽もピエロも慌てて駆け寄る。
誰もが息を呑んだ。
数秒。
いや、数十秒にも感じられる沈黙。
やがて。
「……。」
廃人の指先が小さく動く。
ゆっくりと身体を起こした。
「お、おい!」
「大丈夫か!」
的場が肩を掴む。
「何か思い出したのか?」
廃人は答えない。
ただ、部屋にいる全員を一人ずつ見つめる。
その目には、さっきまでの迷いはなかった。
代わりに宿っていたのは。
絶望だった。
唇がゆっくりと動く。
「……全部。」
誰も息をしない。
「全部、思い出した。」
部屋の空気が凍り付く。
そして。
廃人は震える声で呟いた。
「このままじゃ……。」
一拍置く。
「また全滅する。」
誰一人、言葉を返せなかった。
消滅ワード
1日目 “法律 ”
2日目 “ 電気”
3日目 “ 罪悪感”
4日目 “ 鍵”
5日目 “ 痛覚”
6日目 “ 肉”
7日目 “ 地図”
8日目 “ 鏡”
9日目 “ 約束”
10日目 “ アルコール”
11日目 “ 血の繋がり”
12日目 “ 疲れ”
13日目 “ 財産”
14日目 “ 嘘”
15日目 “ 四季”




