98話 等価交換
神様サバイバル15日目
「着いたぞ。」
ホームレスに案内され、盗丸は足を止めた。
「……ここか。」
目の前に広がっていたのは、薄暗い地下水路だった。
湿った空気。
壁を伝う水。
鼻をつく独特の臭い。
地上とはまるで別世界だった。
「こんな場所で、本当に生活してんのか……。」
思わず声が漏れる。
少し奥へ進むと、その考えはすぐに覆された。
段ボール。
ブルーシート。
木材や廃材を組み合わせて作られた簡易的な家々。
小さな集落が出来上がっていた。
洗濯物が干され、鍋からは湯気が立ち、子どものようにはしゃぐホームレスたちの笑い声まで聞こえてくる。
貧しい。
それなのに、不思議とそこには生活があった。
「天涯さん。」
案内役のホームレスが声を掛ける。
「こいつが天涯さんに会いたいって言うもんで、連れてきました。」
その先で、一人の男がしゃがみ込んでいた。
肩には一羽のカラス。
足元には数匹のネズミ。
男はパンくずを小さくちぎり、一つひとつ丁寧に与えている。
動物たちは警戒する様子もなく、その手から餌を受け取っていた。
「……。」
盗丸は思わず目を細める。
(カラスもネズミも懐いてやがる。)
その男こそ。
ホームレスの王、天涯帝だった。
少し離れた段ボールハウスでは、不知火が静かに眠っている。
天涯は餌をやる手を止めず、穏やかな口調で言う。
「俺に何の用だ、盗丸。」
盗丸は目を瞬かせた。
「……なんで名前まで知ってんだ。」
思わずそう呟いたが、すぐに首を振る。
今はそんなことよりも優先すべきことがある。
「あんた、数日前に拾った懐中時計持ってるだろ。」
「それが欲しい。」
「頼む。」
「俺に譲ってくれねぇか。」
天涯は静かに胸元へ手を入れる。
取り出したのは、一つの古びた懐中時計。
光を受け、鈍く銀色に輝く。
「……こいつのことか。」
盗丸の目が大きく見開いた。
「あぁ!それだ!」
「間違いねぇ!」
天涯は時計を見つめながら、小さく笑う。
「やるのは構わねぇ。」
その一言に、盗丸の表情が明るくなる。
しかし。
「その代わり。」
天涯は真っ直ぐ盗丸を見た。
「お前は俺に何をしてくれる?」
盗丸は一瞬きょとんとする。
「代わり?」
「だったら俺の指定ポケットに入ってる食料でも――」
言い掛けたところで。
天涯がぽつりと呟いた。
「最近、小皺が気になってなぁ。」
「白髪も何本かある。」
盗丸は思わず眉をひそめる。
「……は?」
「鏡もねぇ生活してんのに、そんな気にすることか?」
口からそのまま飛び出した。
言ったあとでハッとする。
(……嘘消滅。)
(今の発言は、本心ってことか。)
盗丸は内心で驚く。
天涯は肩を揺らして笑った。
「まぁ、そう言うなよ。」
そして笑みを消す。
「若返り薬。」
静かな一言だった。
盗丸は聞き返す。
「……若返り薬?」
「あぁ。」
「神様マーケットにあるだろ。」
「あれを買ってくれ。」
盗丸は腕のモニターを開く。
改めて神様マーケットを検索する。
そして。
「ご、五千万!?」
思わず声が裏返った。
「いや……。」
「金はある。」
「あるけどよ……。」
所持金、一億円。
買えないわけではない。
だが、半分が一瞬で消える。
天涯は盗丸の表情を見て笑う。
「釣り合わねぇか?」
「その時計じゃ。」
盗丸は黙り込む。
頭の中に浮かんだのは、一人の男だった。
金剛堕落。
あの男が携帯電話越しに誰かの声を聞き、優しく笑っていた姿。
あの時の笑顔だけは、今でも忘れられない。
(この時計も。)
(金剛にとって、それくらい大事なもんなのかもしれねぇ。)
盗丸は小さく息を吐く。
「……よし。」
顔を上げた。
「交渉成立だ。」
迷いは消えていた。
神様マーケット。
**若返り薬 五千万円**
**購入しますか?**
はい。
指先で画面を押す。
次の瞬間。
何もなかった空間に、小さなガラス瓶が現れた。
盗丸は目を丸くする。
「こういう仕組みか……。」
「すげぇな。」
感心しながら、その瓶を天涯へ放り投げる。
「ほらよ。」
天涯は少しだけ驚いたような顔をしたあと、しっかりと受け止めた。
そして。
今度は懐中時計を盗丸へ投げる。
盗丸は両手で大事そうに受け取る。
「へへっ。」
「ありがとよ。」
天涯は盗丸を見つめる。
「全財産の半分を使うほどの理由は……」
「何だ?」
盗丸は時計を見つめながら笑う。
「盗むだけじゃあよ。」
「手に入らねぇもんもあんだ。それに」
天涯は静かに頷く。
「それに?」
盗丸は少し照れくさそうに鼻を擦った。
「タダより高ぇもんはねぇ。」
「そう教わって育ったからな。」
地下水路に、小さな笑い声が響く。
天涯も思わず口元を緩めた。
「なるほど。」
「……幸運を祈る。」
盗丸は片手を上げる。
「じゃあな。」
軽く礼を言い、その場を後にした。
その背中を見送ったあと。
天涯は若返り薬を手に、静かに歩き出す。
一軒の段ボールハウスの前で立ち止まり、優しくノックした。
「田所さん。」
「入るぞ。」
中から顔を出した田所は、瓶を見るなり目を丸くした。
「えっ……。」
「天涯さん、それ……。」
天涯は何でもないことのように差し出す。
「飲め。」
「……シワ、気にしてただろ。」
田所の瞳が潤む。
震える手で瓶を受け取り、何度も頭を下げた。
「ありがとう……。」
「本当に、ありがとう……。」
天涯は照れくさそうに頭を掻くと、何も言わず家を出た。
⸻
地上。
盗丸は人気のない場所で懐中時計をゆっくり開く。
中には一枚の古い写真。
優しそうに微笑む、一人の女性。
そして、その下には小さく刻まれていた。
daraku & siori
「……しおり?」
盗丸は眉をひそめる。
「顔と下の名前だけじゃ探せねぇぞ。」
苛立ちながら頭を掻く。
その時だった。
「……あ。」
あることを思い出す。
「神様マーケット。」
勢いよくモニターを開く。
そこには以前見落としていた項目があった。
**個人情報 一千万円**
「いけるか……?」
「下の名前と写真だけで……。」
一瞬迷う。
そして次の瞬間には苦笑していた。
「あぁ、くそ。」
「一日で六千万かよ。」
「もうヤケだ。」
迷いなく購入を押す。
画面が切り替わる。
写真検索
名前検索
髪の毛検索
盗丸の目が輝いた。
「写真検索!」
「助かった!」
写真を読み込ませる。
数秒後。
画面いっぱいに情報が表示された。
藤崎栞
女性
三十七歳
血液型 A型
住所。
身長。
体重。
職歴。
家族構成。
無数の情報が並ぶ中。
盗丸の視線は、一か所で止まった。
現在地 16km
地図はない。
それでもコンパスのような矢印が、進むべき方向だけを真っ直ぐ示していた。
盗丸は思わず息を呑む。
「……生きてた。」
安堵と高揚が一気に胸へ込み上げる。
そして力強く笑った。
「見つけた。」
神様マーケット
神様ストラップ 100万円
神様ぬいぐるみ 1000万円
個人情報 1000万円
フサフサ薬 1000万円
若返り薬 5000万円
生後からの記憶 5000万円
最期の晩餐セット 1億円
リセマラ券 1億円
※魂レベル100000以上限定




