97話 欲しい
神様サバイバル15日目
「……十年前?」
不知火は思わず息を呑んだ。
その数字が、頭の中で何度も反響する。
「どういうことだ……。」
天涯は静かに頷いた。
「俺は昔、政府で働いていた。」
「総理大臣の側近だ。」
その一言だけで、不知火の表情が変わる。
ホームレスの王。
地下で暮らす男。
そんな男から飛び出したとは思えない経歴だった。
天涯は遠くを見るように目を細める。
「あの日も、いつもと変わらない日だった。」
「突然だったよ。」
「総理の目の前に個人モニターが勝手についた。」
「そこに映っていたのが……神だった。」
十年前。
総理執務室。
突然点いた画面。
そこには、見知らぬ男が笑っていた。
『やぁ。神だよ。』
「ふざけるな。」
「誰の悪ふざけだ。」
総理は苛立ちを隠さず画面を切ろうとする。
しかし、切れない。
男は笑ったままだった。
『十年後。』
『神様サバイバルを始める。』
『準備しておいてね。』
それだけ告げると映像は消えた。
最初は誰も信じなかった。
ただのハッキング。
悪質ないたずら。
そう結論づけようとした。
だが──。
数時間後。
世界中から信じられない報告が届く。
アメリカ。
中国。
ロシア。
イギリス。
フランス。
同じ時刻。
各国の首相、国家元首、その”本人だけ”に。
全く同じ男が現れていた。
同じ言葉を残して。
世界は騒然となる。
緊急で開かれた各国首脳による極秘会議。
「偶然ではない。」
「こんなことは人間には不可能だ。」
「……神なのか。」
何時間にも及ぶ議論の末。
一つの結論だけが残った。
あれは本物だ。
そして、十年後。
世界規模のデスゲームが始まる。
各国はそれぞれ対応を始めた。
日本政府が選んだ答え。
それは。
「地下シェルターの建設だった。」
天涯は低く呟く。
「もちろん極秘だ。」
「国民には一切知らされなかった。」
「俺は総理のすぐ隣で、その計画を見ていた。」
地下水路には静かな水音だけが響いていた。
不知火は拳を強く握る。
震えていた。
怒りで。
「そんな……。」
喉の奥から、声を絞り出す。
「十年もあったんだぞ……。」
「助けられただろ……。」
「避難だって、食料だって、準備できただろ……。」
胸の奥が焼けるように熱かった。
「なのに……。」
「自分たちだけ安全な場所を作って……。」
「国民には秘密にしたのか……!」
教師として。
人を守る立場だった自分には、その判断がどうしても許せなかった。
天涯は否定しない。
「そうだ。」
ただ、それだけだった。
「俺はずっと見てきた。」
「この国の上に立つ連中を。」
「自分たちだけが助かればいい。」
「そんな奴らばかりだった。」
静かだった声に、少しだけ熱が宿る。
「だから思った。」
「こいつらさえいなくなれば。」
「この国は変わる。」
「そして神様サバイバルが始まった。」
天涯は薄く笑う。
「皮肉なことにな。」
「今、そいつらは自分から一か所に集まってくれてる。」
その言葉に、不知火は何も返せなかった。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
政府。
神。
シェルター。
十年前。
知らなかった真実が、一気に押し寄せてくる。
正義とは何なのか。
悪とは何なのか。
もう、自分では分からない。
長い沈黙が流れる。
やがて、不知火はゆっくりと顔を上げた。
「……俺は。」
言葉が詰まる。
千夏の笑顔が浮かぶ。
屋上。
教室。
あの日々。
そして、神様サバイバルが始まってから出会った仲間たち。
「……あんたが正しいとは思わない。」
天涯は静かに笑った。
「だろうな。」
その返事は、どこか嬉しそうだった。
不知火は真っ直ぐ天涯を見つめる。
「でも、俺は知りたい。」
「全部。」
「神のことも。」
「政府のことも。」
「この世界で、何が起きていたのかも。」
深く息を吸う。
迷いはまだある。
それでも。
立ち止まるわけにはいかなかった。
「だから。」
「俺も協力する。」
天涯は何も言わない。
ただ、小さく頷いた。
その頷きだけで十分だった。
───
場面は変わり。
「あちぃ……。」
容赦なく照りつける日差しに、盗丸は額の汗を拭った。
季節が夏だけになってからというもの、日が落ちても暑さはほとんど変わらない。
夜だというのに、生ぬるい風が肌にまとわりつく。
「勘弁してくれよ……。」
ぼやきながら、盗丸は道端に積まれたゴミ袋を漁る。
中身を一つひとつ確認しては首を振り、また次の場所へ向かう。
「ねぇなぁ……。」
欲しいものは決まっていた。
懐中時計。
それだけを探し続けている。
「どこ行っちまったんだよ……。」
ため息をつきながら歩いていると、遠くからガラガラという音が聞こえてきた。
振り返る。
台車だった。
山のように積まれた戦利品。
段ボール。
古着。
家電。
空き缶。
生活に使えそうな物が、所狭しと積まれている。
それを数人のホームレスたちが楽しそうに押していた。
「あ。」
盗丸は近くのゴミ捨て場へ駆け寄る。
すると、その様子に気付いた一人のホームレスが声を張り上げた。
「おい、お前!」
盗丸が振り向く。
ホームレスは腰に手を当て、不満そうに眉をひそめていた。
「そこは俺たちの縄張りだ。」
「勝手に漁るんじゃねぇよ。」
盗丸は一瞬だけ目を丸くする。
「あ、悪ぃ。」
「そんなルールあったのか。」
「暗黙の了解ってやつだ。」
「みんな守ってんだよ。」
怒鳴るわけでもない。
ただ当然のように言われただけだった。
盗丸は頭を掻く。
「知らなかった。」
「揉める気はねぇし、別行くわ。」
そう言って素直に離れようとすると。
「おう。」
ホームレスは満足そうに笑った。
「分かればいいんだ。」
怒りは、もう消えていた。
むしろ機嫌が良さそうですらある。
「今日は収穫も多かったしな。」
「欲しいもんがあれば一つくらい分けてやるよ。」
「マジか?」
盗丸の顔が一気に明るくなる。
ホームレスは台車の荷物をゴソゴソと漁り始めた。
「何が欲しいんだ?」
盗丸は少しだけ目を輝かせる。
「懐中時計。」
「古くても壊れててもいい。」
「ねぇかな?」
「あー……。」
ホームレスは顎に手を当てて考え込む。
「懐中時計か。」
「そういや、こないだ拾った中に一個あったな。」
盗丸の目が見開く。
「ほんとか!?」
思わず身を乗り出す。
「それ!」
「それが欲しい!」
「どこにある!?」
勢いに押され、ホームレスは苦笑した。
「落ち着けって。」
「あれなら……。」
少し記憶を辿るように空を見上げる。
「たしか天涯さんが持ってったな。」
「天涯?」
盗丸の表情が変わる。
その名前には聞き覚えがあった。
(天涯……。)
(的場が言ってた、ホームレスの王。)
胸の奥が少しだけざわつく。
偶然なのか。
それとも何か意味があるのか。
盗丸には分からない。
だが。
その懐中時計だけは、どうしても手に入れたかった。
「頼む。」
「その人のところまで案内してくれ!」
ホームレスは盗丸の必死な様子に目を丸くすると、やがて「しょうがねぇな」と笑って肩をすくめた。
「いいぜ。」
「ついて来い。」
盗丸は大きく頷く。
ようやく掴めた、一本の手がかりだった。
消滅ワード
1日目 “法律 ”
2日目 “ 電気”
3日目 “ 罪悪感”
4日目 “ 鍵”
5日目 “ 痛覚”
6日目 “ 肉”
7日目 “ 地図”
8日目 “ 鏡”
9日目 “ 約束”
10日目 “ アルコール”
11日目 “ 血の繋がり”
12日目 “ 疲れ”
13日目 “ 財産”
14日目 “ 嘘”
15日目 “ 四季”




