96話 知ってた
神様サバイバル15日目
「……リセット?」
不知火は眉をひそめた。
「何をする気なんだ。」
天涯は答えず、ゆっくりと立ち上がる。
「まぁ、まずは。」
「今日のあいつの話を聞いてからだ。」
その一言だけだった。
それ以上は何も語らない。
地下水路に流れる水音だけが、静かに響いていた。
0時。
地下には空がない。
だからホームレスたちは、それぞれの個人モニターを眺めながら集まっていた。
誰もが無言だった。
やがて。
画面が白く光る。
そして、見慣れた男が姿を現した。
『やぁ。』
『神だよ。』
軽い口調。
まるで友人に話しかけるような笑顔だった。
『神様サバイバル十五日目。』
『始めようか。』
神は両手を広げ、楽しそうに笑う。
『もう折り返しだね。』
『あっという間だったでしょ?』
『楽しい時間って、そういうものなんだよね。』
誰も笑わない。
神だけが笑っていた。
『そうそう、みんなさぁ。』
『季節によって着る服変えたり、衣替えしたり。』
『あれ、面倒くさくない?』
神は首を傾げる。
『春だったり、夏だったり。』
『秋だったり、冬だったり。』
『四季って、必要?』
一瞬だけ間を置く。
その笑顔は、子どもがおもちゃを見つけた時のように無邪気だった。
『だから今日消すのは──』
神は満面の笑みで宣言する。
『“四季”!』
不知火の瞳が見開く。
『でもねぇ。』
『全部なくすのも面白くない。』
『だから、一つだけ残してあげる!』
『神様ルーレット〜!』
パチパチパチ。
神は一人で拍手する。
どこからともなく陽気なBGMが流れ始めた。
巨大なルーレット。
そこには、
春。
夏。
秋。
冬。
四つの季節が並んでいる。
光が高速で駆け巡る。
カチカチカチカチ……
『みんなはどれがいいかな〜?』
神は楽しそうだった。
今、日本は春。
穏やかな気候。
桜が散り始める季節。
ルーレットは何度も四季を行き来し、
ゆっくりと速度を落としていく。
そして。
夏。
ピタリと止まった。
神は飛び跳ねる。
『はい、決定!』
『今日から一年中、夏でーす!』
『半袖!短パン!』
『なんなら毎日水着でもいいね!』
ケラケラと笑う。
『おめでとう。』
『じゃあ、また明日。』
ブツッ。
映像が消えた。
その瞬間だった。
地下水路へ、生暖かい風が流れ込む。
「……っ!」
不知火の額に、一瞬で汗が滲む。
肌へまとわりつくような湿気。
空気が重い。
息を吸うだけで肺まで熱くなる。
誰かが温度計を見る。
「三十度……。」
まだ0時だ。
夜中の0時で三十度。
不知火は思わず天井を見上げる。
「毎日……。」
「これが続くのか……?」
想像しただけで気が遠くなる。
だが。
周囲から聞こえてきたのは悲鳴ではなかった。
「今回は当たりだな。」
「冬じゃなくて助かった。」
「凍えなくて済む。」
笑い声だった。
不知火は目を丸くする。
「……え?あんた達暑くないのか?」
天涯は額の汗を腕で拭いながら笑う。
「暑いさ、あぁ暑い。」
「でも、それだけだ。」
不知火は黙って聞く。
「暑い、寒い。」
「腹が減った、喉が渇いた。」
「そう言えば、誰か助けてくれるのか?」
周囲のホームレスたちも笑う。
「違いねぇ!」
「結局、自分で何とかするしかねぇ!」
地下水路に笑い声が広がる。
その光景を見て。
不知火は呆気に取られていた。
昨日までなら。
神を恨み。
運命を呪い。
現実を嘆いていたはずだ。
けれど。
この人たちは違う。
どんな状況でも。
笑って受け入れてしまう。
それは強さなのか。
諦めなのか。
不知火にはまだ分からなかった。
だが気付けば。
自然と口元が緩んでいた。
「……はは。」
久しぶりだった。
心の底から笑ったのは。
その時。
天涯が静かに口を開く。
「なぁ、不知火。」
「さっき、俺が何をする気か聞いたな。」
不知火は頷く。
「あぁ。」
「シェルターの話は聞いたか?」
「的場から。」
「国の上流階級の人間が避難してるって。」
天涯は鼻で笑う。
「上流階級、か。」
「この国は上が腐ってる。」
少しだけ間を置く。
「……いや。」
「本来、上も下もねぇ。」
「人間は、人間だ。」
地下水路の空気が変わる。
さっきまで笑っていたホームレスたちの表情が、一斉に引き締まった。
天涯は真っ直ぐ前を見据える。
「だから。」
「まずは、シェルターの連中を一掃する。」
不知火は息を呑む。
「一掃……?」
「皆殺しにする気なのか?」
「なぜ、そんなことを……!」
天涯は静かに不知火を見つめる。
「巨大シェルターってのはな。」
「そんな数日や、数か月で作れると思うか?」
その瞬間。
不知火の背筋に冷たいものが走った。
「……まさか。」
天涯はゆっくり頷く。
「知ってたんだよ。」
「今、シェルターにいる連中は。」
「神様サバイバルが始まることを。」
不知火は言葉を失う。
「どうやって……。」
「いつから……。」
天涯は迷うことなく答えた。
「十年前からだ。」
地下水路の空気が、張り詰める。
その一言は。
神様サバイバルという世界の根幹を揺るがすには、十分すぎる言葉だった。
消滅ワード
1日目 “法律 ”
2日目 “ 電気”
3日目 “ 罪悪感”
4日目 “ 鍵”
5日目 “ 痛覚”
6日目 “ 肉”
7日目 “ 地図”
8日目 “ 鏡”
9日目 “ 約束”
10日目 “ アルコール”
11日目 “ 血の繋がり”
12日目 “ 疲れ”
13日目 “ 財産”
14日目 “ 嘘”
15日目 “ 四季”




