94話 ようこそ
神様サバイバル14日目
「……それが。」
長い沈黙のあと、不知火はゆっくりと顔を上げた。
しかし、その瞳は誰一人見ていなかった。
床だけを見つめたまま、掠れた声を絞り出す。
「それが、俺が隠していた真実だ。」
その一言で、古民家は静まり返った。
薪の弾ける音だけが、小さく耳に届く。
誰も口を開かない。
慰めの言葉もない。
責める言葉さえ、すぐには出てこない。
重苦しい空気だけが、部屋を満たしていた。
やがて。
楓が小さく息を吸う。
「……つまり。」
震える声だった。
「見殺しにしたってこと?」
その言葉が口から零れた瞬間、自分でも信じられなかった。
「……っ。」
慌てて口を両手で覆う。
言い過ぎた。
そう思った。
けれど、一度零れた言葉は戻らない。
不知火は否定しなかった。
ただ、小さく目を閉じる。
「……あぁ。」
それだけだった。
盗丸は腕を組んだまま、視線を逸らす。
「正直……ちょっと引いた。」
遠慮も飾りもない、本音だった。
廃人は頭を掻きながら苦笑する。
「焔くんさ。」
「考えすぎなんだよ。」
「もっと、自分の気持ちで動けばよかったじゃん。」
責めているわけではない。
それでも、その言葉は不知火の胸へ静かに突き刺さる。
的場は眉をひそめた。
「……俺、一つ分かんねぇんだけど。」
部屋中の視線が集まる。
「なんで、いじめを止めなかった?」
真っ直ぐな目だった。
悪意はない。
だからこそ、残酷だった。
「止めてたら、自殺なんてしなかったんじゃねぇの?」
誰も遮らない。
誰も「違う」とは言わない。
全員が、自分の感じたことを、そのまま口にしていた。
不知火は静かに頷く。
「あぁ。」
掠れた声。
「……そうだよな。」
その一言だけで、肩から力が抜けていく。
反論する気力もなかった。
言い訳をする資格もないと思っていた。
しばらく沈黙が続く。
不知火はゆっくり立ち上がる。
「……なぁ、医楽。」
医楽が顔を上げる。
不知火は力なく笑った。
「話せば、少しは楽になると思った。」
一度、言葉を飲み込む。
「……ダメそうだ。」
それだけ言い残し、自室へ向かった。
襖が静かに閉まる。
残された仲間たちも、それぞれ言葉を失っていた。
盗丸は黙って立ち上がる。
「……寝る。」
的場も、小さくため息をつく。
「俺もだ。」
誰も、不知火を追わなかった。
追えなかった。
それぞれが、それぞれの思いを抱えたまま、自分の部屋へ散っていく。
古民家には、静かな夜だけが残った。
夜。
時計の針は二十三時を回っていた。
古民家では、神様のアナウンスを待つため、仲間たちが少しずつリビングへ集まり始めていた。
「不知火は?」
楓が辺りを見回す。
返事はない。
「焔くん、まだ部屋?」
廃人は軽く伸びをすると、不知火の部屋へ向かった。
襖を叩く。
「焔くーん?」
返事はない。
ゆっくりと襖を開ける。
部屋の中は、静まり返っていた。
布団は畳まれたまま。
荷物も、そのまま。
ただ、一枚だけ。
机の上に紙が置かれていた。
廃人は震える手で拾い上げる。
そこには、たった一行だけ。
『すまない。抜ける。』
血の気が引く。
「み、みんな!!」
廃人の叫び声が古民家に響いた。
⸻
一方、その頃。
夜風がビルの屋上を吹き抜けていた。
街の灯りが、遠くに滲んで見える。
不知火はフェンスの前に立ち、静かに夜景を見下ろしていた。
「……結局。」
小さく笑う。
「何も変わらなかったな。」
教師を辞めても。
世界が壊れても。
神様が現れても。
目の前の誰かを救えなかった自分は、何一つ変わらなかった。
ふと。
遠い記憶が蘇る。
高校時代。
教室の隅。
笑い声。
『不知火ってさ。』
『色々考えてるみたいだけど。』
『結局、口だけだよな。』
あの頃は笑って聞き流した。
だが今なら、その言葉を否定できない。
「あぁ……。」
苦く笑う。
「その通りだ。」
夜空を見上げる。
雲の切れ間から、小さく月が覗いていた。
その時だった。
「……面白いことを言う。」
背後から、低い男の声が聞こえた。
不知火はゆっくり振り返る。
屋上の扉の前。
街灯も届かない暗闇の中、一人の男が立っている。
坊主頭。
擦り切れたコート。
手には一本の蝋燭。
揺れる炎だけが、その顔をぼんやりと照らしていた。
ホームレスの王。
天涯帝
天涯は不知火を真っ直ぐ見つめる。
そして、静かに口角を上げた。
「上ばかり見ているから苦しいんだ。」
一歩。
また一歩。
ゆっくりと近付いてくる。
「人間はな。」
「底まで落ちれば、ようやく地面を踏める。」
不知火は何も答えられない。
天涯は、不知火の目の前で足を止めた。
揺れる炎が、二人の間を照らす。
そして。
静かに微笑んだ。
「ようこそ。」
「底辺の世界へ。」
夜風が、蝋燭の炎を大きく揺らした。
その瞬間。
不知火の止まっていた時間が、ゆっくりと動き始める
消滅ワード
1日目 “法律 ”
2日目 “ 電気”
3日目 “ 罪悪感”
4日目 “ 鍵”
5日目 “ 痛覚”
6日目 “ 肉”
7日目 “ 地図”
8日目 “ 鏡”
9日目 “ 約束”
10日目 “ アルコール”
11日目 “ 血の繋がり”
12日目 “ 疲れ”
13日目 “ 財産”
14日目 “ 嘘”




