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第九話 負傷

帰り道の空気は、行きよりも明らかに重かった。

車が動いている。


それだけで、異物だった。

止まったままの車列の中を、縫うように進む。


視線が集まる。

ただ見ているだけじゃない。


距離。

人数。

奪えるかどうか。

測っている目だった。


「……見られてるね」


助手席で廃人が言う。

バックミラーの中で、人の動きが変わる。


立ち止まる。

振り返る。


歩く速度を変える。

一人、また一人と。


「急ぐよ」


楓がハンドルを握り直す。

指先に、力が入る。


「このまま囲まれたら終わりだ」


廃人が続ける。

短く。


道路は詰まりきっていた。

斜めに止まった車。


ぶつかったままの車。

ドアだけが開いている車。


人が消えたあとだけが残っている。


「……この先、歩いた方が――」


言いかけた、その瞬間。


パンッ。


空気が裂けた。


「……っ?」


理解より先に、

フロントガラスに細いヒビが走る。


パンッ。


二発目。


今度は音の位置がはっきりする。

後方。


「伏せろ!!」


的場の声が飛ぶ。

反応が一瞬遅れる。


三発目。


パンッ。


楓の視界が揺れる。

横から、強い力。


身体が押される。

ハンドルがズレる。


その直後。

鈍い衝撃。


「……っ」


短い息。

視界の端に、赤。


不知火の腕。

血が流れている。


「……え」


理解が、遅れる。

押された意味。


弾道。

全部が繋がる。


「急げ!!」


的場が叫ぶ。


同時に、体勢を変える。

シートの隙間から、銃を構える。


振り向かない。

ミラーだけで位置を取る。


パンッ。


撃ち返す。

狙いは当てることじゃない。


足を止めさせること。

もう一発。


パンッ。


「距離取れ!!」


楓がアクセルを踏み込む。


タイヤが鳴く。

車体が揺れる。

それでも進む。


バックミラーの中で、黒闇の動きが一瞬止まる。

遮蔽物に入る。


「よし」


的場が呟く。

片手でポケットを探る。


小さな缶。

ピンを抜く。

窓を開ける。


「目閉じろ」


投げる。


数秒後。

白い煙が弾ける。

視界が一気に潰れる。


「煙幕……!」


廃人が息を呑む。


「混乱させるだけでいい」


的場が言う。

その間に距離が開く。


もう一発、音。

だが、方向がズレている。


「……捲けたか」


廃人が呟く。

誰もすぐには返さない。

車内には、不知火の呼吸と、血の匂いだけが残る。


「……大丈夫だ」


不知火が言う。

声はかすれている。

それでも、言う。


マンションに着く。

車を止める。

ほぼ投げるように降りる。


「肩貸せ!」


的場と廃人が支える。

重い。


想像よりも。

血が、階段に落ちる。


一段ごとに、呼吸が乱れる。

部屋に入る。

扉を閉める。


外の音が、少しだけ遠くなる。


「医楽!」


的場が言う。

短く。


医楽はすでに動いていた。

不知火の腕を持ち上げる。


傷を見る。

深さ。

角度。

出血量。


一瞬で判断する。


「……浅い」


そのまま酒瓶を開ける。


「ちょっと――」


楓の声。

その途中で。

酒が傷口に吹きかかる。


「ぐあああああっ!!」


身体が跳ねる。

押さえきれない。


「消毒だ」


医楽は変わらない。


「感染したら終わりだ」


その一言で、全員が黙る。


「的場、押さえろ」


「はい」


迷いがない。

固定する。


「麻酔入れる」


針が刺さる。

呼吸が荒れる。


「……抜くぞ」


低い声。

金属が入る。

引く。


わずかな音。

それだけで、全員の意識がそこに集中する。


――もし、これがなかったら。


一瞬、想像がよぎる。

弾が残ったまま。

血が止まらず。


感染して。

熱が出て。


意識が落ちて。

そのまま。


「……」


楓が目を逸らす。

廃人の袖を掴む。


「……向こう行こ」


リビングへ移る。

ドアを閉める。


それでも音は残る。

完全には遮れない。


「……運、悪かったわね」


楓が言う。

小さく。

廃人が顔を上げる。


「……本気で言ってる?」


低い声。

楓の動きが止まる。


「最初の弾」


廃人が続ける。


「運転席だった」


一拍。


「焔くんが押したからズレた」


沈黙。


楓の中で、感覚が蘇る。

押された瞬間。


ズレた視界。

そのあと。

血。


「……」


言葉が出ない。


「昔からそうなんだよ」


廃人が言う。


「誰かのために動く」


「損でも」


「意味なくても」


その言葉が、残る。

一時間後。

ドアが開く。


医楽と的場が出てくる。


「終わった」


医楽が言う。


「弾は取った。傷も浅い」


少し間。


「死なん」


空気が、ほどける。

楓の肩が落ちる。


「……よかった」


部屋に戻る。

不知火は眠っている。


呼吸は安定している。

血は止まっている。


「……寝てるのか」


的場が言う。

医楽は答えない。

ただ一度、不知火を見る。


「夢だな」


ぽつりと。

不知火の指が動く。


何かを掴もうとするように。

届かない。


そのまま、止まる。

意識は、ゆっくりと沈んでいった。

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