86話 聞かないで
神様サバイバル14日目
神の姿が空から消える。
静まり返った古民家。
誰もが個人モニターを閉じ、しばらく言葉を失っていた。
やがて不知火が小さく息を吐く。
「……よし。」
みんなを見渡す。
「明日は医楽さんの薬を取りに行こう。」
「今日はもう休もう。」
その言葉に、的場が首を傾げた。
「いや……。」
「全然眠くないぞ?」
盗丸も苦笑いする。
「疲れが消えたからな。」
「眠気までどっか行っちまったみてぇだ。」
楓は腕を組み、不知火をじっと見つめた。
「なに?」
「そんな慌てて寝ようとして。」
「なんかやましいことでもあるわけ?」
その何気ない一言だった。
「あぁ、あるよ。」
静かな返事。
言った本人が一番驚いていた。
「……。」
不知火は目を見開く。
(違う。)
(今のは……。)
(言うつもりじゃ……。)
楓は吹き出した。
「あははっ!」
「嘘つけないのウケる!」
笑いながら肩を叩こうとする。
だが。
不知火は笑っていなかった。
表情は硬いまま。
ゆっくり首を横へ振る。
「……頼む。」
「これ以上、聞かないでくれ。」
その声は、今まで聞いたことがないほど弱々しかった。
そのまま背を向け、一人で寝室へ入っていく。
襖が静かに閉まった。
残された空気だけが重い。
誰も笑えなかった。
しばらく沈黙が流れる。
その静寂を破ったのは廃人だった。
「……焔くん。」
ぽつりと呟く。
「昔、高校で倫理の先生だった。」
楓が不思議そうに聞き返す。
「それは聞いてた。」
「でも、なんで辞めたの?」
廃人は少し目を伏せた。
「近所だったから。」
「親同士が知り合いで。」
「親から聞いた。」
「焔くんの教え子が自殺したって。」
「それから先生辞めたらしい。」
夢見は胸へ手を当てた。
「そんなことが……。」
楓も静かになる。
「……初耳。」
「倫理教師って聞いてたけど。」
「そんな過去があったんだ。」
盗丸は帽子を深く被り直した。
「まぁ。」
「誰にだって触れられたくない過去の一つや二つくらいあるだろ。」
医楽も静かに頷く。
ピエロも紙へ何かを書こうとしたが、結局ペンを止めた。
言葉は要らなかった。
医楽がゆっくり立ち上がる。
「眠くはなくても。」
「横になって目を閉じるだけでも違う。」
「疲れは消えても。」
「身体を休める時間は必要じゃ。」
誰も反論しなかった。
それぞれ静かに寝室へ向かう。
眠気はない。
それでも。
静かな夜だけが流れていった。
翌朝。
午前九時。
太陽は高く昇っていた。
一人、また一人と居間へ集まる。
不知火は昨夜とは違い、いつもの表情へ戻っていた。
だが。
どこか無理をしているようにも見える。
「役割を決めよう。」
不知火は地図の代わりに手書きの簡単な地形図を広げた。
「医楽の薬を取りに行く班。」
「俺。」
「廃人。」
「医楽。」
三人が頷く。
「山菜と木の実を集める班。」
「盗丸。」
「楓。」
「夢見。」
「的場。」
「留守番。」
「ピエロ。」
「華ちゃん。」
「お母さん。」
そこで夢見が静かに立ち上がった。
「みんなに伝えたいことがありますぅ。」
全員が夢見を見る。
夢見は少しだけ笑った。
「私ぃもう特殊メイクはしません。」
「これからはぁ……。」
「この顔で生きていきます。」
静かな決意だった。
楓は思わず笑う。
「羽衣ちゃんほんと美人だよ。」
夢見は少し照れ臭そうに笑った。
「ありがとうですぅ。」
夜が残してくれた勇気だった。
医楽は的場へ目を向ける。
「脚を見せてみぃ。」
少し診察すると苦笑した。
「やはり筋を傷めとる。」
「昨日、無茶したじゃろ。」
的場は頭を掻く。
「いやぁ痛くないし。」
「疲れないし。」
「まだいけるかなって。」
医楽はため息を吐く。
「痛みがないだけじゃ。」
「壊れとるもんは壊れとる。」
「今日は留守番じゃ。」
「ちぇ。」
的場は素直に頷いた。
その時。
ピエロが紙へ何かを書き始める。
【的場の代わりに行く】
盗丸が笑う。
「頼もしいじゃねぇか。」
華は何も言わず。
じっとピエロを見つめていた。
◇
不知火達三人は古民家を出発した。
歩き始めて三十分。
誰一人息は上がらない。
疲れという概念は、確かにこの世界から消えていた。
だが。
医楽だけは違った。
足取りは重い。
手は小刻みに震えている。
呼吸も浅い。
「医楽。」
「本当に大丈夫か?」
不知火が声を掛ける。
医楽は笑ってみせる。
「年寄りは。」
「少し歩くだけでも格好つけたくなるもんじゃ。」
冗談だった。
だが顔色は悪い。
やがて診療所へ到着する。
医楽は棚を開け、一つの薬を取り出した。
「これじゃ。」
「昔から飲んどる薬でな。」
ラベルを見る。
アルコール依存症治療薬。
水で流し込む。
しばらくすると。
荒かった呼吸が少し落ち着いた。
「ふぅ……。」
医楽は静かに息を吐く。
その時だった。
診療所の扉が勢いよく開く。
「先生!!」
若い父親だった。
腕には五歳ほどの男の子を抱えている。
「よかった……!」
「まだいてくれた!」
父親の声は震えていた。
「この子が脚を怪我してしまって!」
「お願いです!診てもらえませんか!」
医楽はすぐ立ち上がる。
男の子の脚を見る。
傷は深い。
血が止まらない。
床へ。
赤い雫がぽたりと落ちる。
その瞬間だった。
医楽の瞳が大きく揺れる。
視界が暗転する。
──────
先生!
もう無理です!!
若い医師の叫び。
「諦めるな!!」
必死に胸を押す自分。
「まだ死んどらん!!」
「戻ってこい!!」
「戻ってこい!!」
何度も。
何度も。
血まみれの両手で心臓マッサージを続ける。
──────
医楽の動きが止まった。
「……先生?」
父親の声が遠く聞こえる。
医楽は血から目を離せなかった。
消滅ワード
1日目 “法律 ”
2日目 “ 電気”
3日目 “ 罪悪感”
4日目 “ 鍵”
5日目 “ 痛覚”
6日目 “ 肉”
7日目 “ 地図”
8日目 “ 鏡”
9日目 “ 約束”
10日目 “ アルコール”
11日目 “ 血の繋がり”
12日目 “ 疲れ”
13日目 “ 財産”
14日目 “ 嘘”




