83話 どうか
神様サバイバル13日目
ゆっくりと。
署長室のドアノブが回る。
ギィ……。
静かな音と共に扉が開いた。
その瞬間だった。
「とりゃあぁぁ〜!!」
夢見が勢いよく飛び出す。
両手には警察署で見つけた”さすまた”。
渾身の力で呪崎へ突き出した。
しかし。
呪崎は半歩だけ身体をずらす。
力みはない。
まるで流れる水のような動きだった。
そのまま夢見の腕を軽く取る。
重心を崩す。
「きゃぁぁ〜!」
夢見の身体が宙を舞う。
ドンッ!!
床へ強く叩き付けられ、そのまま意識を失った。
「羽衣!」
夜が叫ぶ。
だが、夢見へ駆け寄る前に、白装束の信者達が一斉に囲む。
逃げ道はない。
呪崎はゆっくりと夜へ向き直る。
穏やかな笑み。
まるで友人と初対面の挨拶でも交わすような表情だった。
「あなたが……花魁夜ですか。」
夜は真っ直ぐ見返す。
呪崎の視線は夜の素顔をなぞる。
そして、小さく息を吐いた。
「絶世の美女と聞いていましたが……。」
「噂というものは、やはり当てになりませんね。」
周囲の信者達から失笑が漏れる。
「これが花魁?」
「騙されていたのか。」
「神の裁きは正しかった。」
夜は鼻で笑った。
「あら。」
「女をあまり見たことがないのかしら?」
「かわいそう。」
呪崎の眉が僅かに動く。
夜は構わず続ける。
「あなた。」
「彼女できたことないでしょう?」
信者達がざわつく。
呪崎は何も言わない。
夜は口元を緩めた。
「というか。」
「友達もいないでしょ?」
その瞬間だった。
呪崎の表情が初めて崩れる。
眉間へ深い皺が刻まれる。
「……黙れ。」
夜は肩をすくめる。
「え?」
「聞こえなかったわ。」
「黙れ。」
声が震える。
「黙れ黙れ黙れぇぇぇッ!!」
怒号が警察署中へ響いた。
信者達ですら息を呑む。
これまで穏やかな笑みしか見せなかった男が。
初めて感情を露わにした。
夜は少しだけ怯えた。
それでも。
笑った。
「あら怖い。」
「これだから童貞は嫌なのよね。」
呪崎の瞳から笑みが消えた。
「……いいでしょう。」
「あなたは。」
「私自ら殺して差し上げます。」
夜は髪へ挿していた簪を抜く。
カチリ。
一本の細い刃へ姿を変えた。
小型のナイフ。
呪崎は静かに腰を落とす。
力みのない合気道の構え。
空気が張り詰める。
夜が踏み込んだ。
「はぁぁぁッ!」
一直線。
喉を狙う。
刃が閃く。
その瞬間。
夜の脳裏へ、一つの景色が浮かぶ。
◇
回想
「夜ちゃんの夢は何ですかぁ〜?」
夢見館。
昼下がり。
湯気の立つお茶。
夢見が首を傾げながら笑っていた。
「私は……。」
夜は照れ臭そうに笑う。
「まずは羽衣の夢を教えてよ。」
◇
キィン!!
現実へ戻る。
ナイフが呪崎の頬を浅く掠めた。
赤い血が一筋流れる。
呪崎は笑う。
夜は必死だった。
呼吸も乱れている。
◇
回想
「私はぁ〜。」
夢見が嬉しそうに笑う。
「いつか白馬に乗った王子様と結婚したいんですよぉ〜。」
「あれぇ?みんな笑うのにぃ。」
「夜ちゃんは笑わないんですねぇ。」
「嬉しいなぁ〜。」
◇
現実
ガッ!!
夜の手首を掴まれる。
ナイフが床へ転がる。
次の瞬間。
身体が宙へ浮いた。
ドンッ!!
背中から床へ叩き付けられる。
肺の空気が一気に吐き出される。
息ができない。
身体が動かない。
呪崎は懐から一本の十字架を取り出した。
細長い銀色の十字架。
その先端だけが鋭く研がれている。
夜を見下ろしながら静かに微笑んだ。
「何か。」
「言い残すことはありますか?」
◇
回想
「私はね。」
夜は少し恥ずかしそうに笑う。
「いつか。」
「自分の素顔を可愛いって言ってくれる人を見つけるの。」
夢見は目を輝かせた。
「えぇ〜!!いますよぉ!」
「絶対います!!」
「夜ちゃん、すっごく素敵ですもん!!」
◇
現実。
夜は夢見を見る。
気絶したまま。
動かない。
唇が震えた。
「羽衣……。」
小さく笑う。
「ごめんね。」
ズブッ。
鈍い音。
十字架が胸を貫いた。
身体が震える。
叫び声は出なかった。
ただ。
呼吸だけが苦しくなる。
血液が身体の外へ流れていく。
温かい。
意識が少しずつ遠ざかっていく。
夜は夢見を見つめ続けた。
(痛くない。)
(でも、温かい。)
(血が流れてる、苦しい。)
(……あぁ、終わるんだ。)
瞼が重い。
ゆっくり閉じていく。
(もし、生まれ変われるなら。)
一瞬。
昔の自分が浮かぶ。
鏡の前で泣いていた少女。
魔法少女になれなかった少女。
可愛くなりたかった少女。
(次はもっと……。)
そこで。
夜は静かに笑った。
(……いや。)
涙が一筋だけ頬を伝う。
(どうか。)
(同じ顔に生まれますように。)
ゆっくりと。
夜は目を閉じた。
もう二度と。
開くことはなかった。
呪崎は十字架を引き抜く。
血を払い、静かに踵を返す。
「目的は達成しました。」
その一言だけを残し、歩き出す。
信者達も一斉に後へ続いた。
誰一人、勝利を叫ばない。
誰一人、振り返らない。
警察署には、静寂だけが残った。
花魁夜 死亡
消滅ワード
1日目 “法律 ”
2日目 “ 電気”
3日目 “ 罪悪感”
4日目 “ 鍵”
5日目 “ 痛覚”
6日目 “ 肉”
7日目 “ 地図”
8日目 “ 鏡”
9日目 “ 約束”
10日目 “ アルコール”
11日目 “ 血の繋がり”
12日目 “ 疲れ”
13日目 “ 財産”




