82話 守りたいもの
神様サバイバル13日目
不知火に掴まれた手首を見下ろしながら、呪崎は小さく笑った。
「これは失礼しました。」
「ここから先へ進むには、チケットが必要なのですね。」
冗談とも本気ともつかない穏やかな口調。
その笑顔は、一切崩れない。
やがて呪崎は、不知火の目を真っ直ぐ見つめた。
「ところで。」
「あなたは神を信じますか?」
静かな問いだった。
怒りも威圧もない。
まるで天気でも尋ねるような自然さ。
不知火は鼻で笑う。
「あんなやつを神だなんて思っちゃいない。」
即答だった。
迷いなど一切ない。
その返事を聞いた瞬間、呪崎は心の中で微笑んだ。
(勝った。)
静かに口を開く。
「では。」
「その手を離し、そこの亡骸と一緒に死んでいなさい。」
不知火はゆっくりと視線を落とした。
床一面に転がる亡骸。
割れたガラス。
飛び散った血液。
そして、その中に一人の女性がいた。
「あ……。」
昨夜。
笑いながらパンツを被せてきた風俗嬢。
「不知火さん似合う〜!」
「きゃはは!」
あの無邪気な笑顔。
あみちゃん。
その彼女が今は、自ら喉を掻き切り、冷たく横たわっている。
開いた瞳は、もう何も映していなかった。
胸の奥が締め付けられる。
悔しさとも怒りとも違う。
言葉にならない感情が込み上げる。
呪崎は静かに微笑む。
「どうしました?」
「理解できませんか?」
「今すぐ手を離し、自害しなさい。」
不知火はゆっくりと呪崎の手首を放した。
それを見て、呪崎は満足そうに頷く。
「よろしい。」
次の瞬間だった。
ゴッ――!!
拳が唸る。
不知火の渾身の右ストレート。
真正面から呪崎の顔面を撃ち抜いた。
鈍い衝撃音。
呪崎の身体が数メートル吹き飛び、床を滑る。
周囲が一瞬、静まり返る。
「総帥ッ!!」
信者達が悲鳴を上げた。
誰もが信じられないものを見る目だった。
呪崎が殴られた。
神の代弁者が。
口元から血が一筋流れる。
呪崎はゆっくりと立ち上がり、服に付いた埃を払った。
その表情だけは変わらない。
だが、その瞳には初めて小さな揺らぎが生まれていた。
(……は?)
(何が起きた。)
(なぜ従わない。)
(私の命令が……。)
理解できない。
洗脳が効かなかった。
初めての出来事だった。
呪崎は改めて不知火を見る。
「あなた……。」
「お名前を伺っても?」
「不知火。」
「不知火焔だ。」
短い返答。
その名を心の中で反芻する。
(洗脳できない……。)
(魂レベルが私以上なのか。)
(それとも防衛キーワードの能力……?)
(いや……。)
(こんな人間が存在するのか。)
呪崎の思考が僅かに乱れる。
初めて。
目の前の男を未知の存在として認識した。
静かに問い掛ける。
「なぜ。」
「そこまで血だらけになってまで歯向かうのですか?」
不知火は答えなかった。
代わりに、ゆっくりとポケットへ手を入れる。
信者達が身構える。
何か武器か。
能力か。
だが。
取り出されたのは。
花柄の女性物のパンツだった。
「……?」
呪崎の眉が僅かに動く。
不知火はそのパンツを静かに見つめる。
昨夜。
笑っていた女性。
もう守れなかった命。
握る拳に力が入る。
「約束したんだ。」
ぽつりと呟く。
「守るってな。」
「だから。」
不知火はゆっくり顔を上げた。
「ここは。」
「誰一人通さない。」
呪崎は何も言わない。
ただ静かに信者達へ視線を送る。
その一瞬の合図だけで十分だった。
背後。
ガシャンッ!!
花瓶が勢いよく振り下ろされる。
「っ……!」
不知火が振り返るより早く。
後頭部へ直撃した。
視界が大きく揺れる。
膝が折れる。
身体から力が抜けていく。
床へ倒れ込むその手から。
花柄のパンツが静かに滑り落ちた。
呪崎はそれを見下ろす。
血だまりの中。
小さな花柄だけが、やけに鮮やかだった。
不知火の意識は、ゆっくりと闇へ沈んでいった
消滅ワード
1日目 “法律 ”
2日目 “ 電気”
3日目 “ 罪悪感”
4日目 “ 鍵”
5日目 “ 痛覚”
6日目 “ 肉”
7日目 “ 地図”
8日目 “ 鏡”
9日目 “ 約束”
10日目 “ アルコール”
11日目 “ 血の繋がり”
12日目 “ 疲れ”
13日目 “ 財産”




