79話 もったいない
神様サバイバル13日目
【人類残り38%】
朝日が薄くカーテンの隙間から差し込む。
静まり返った署長室。
ベッドの上で眠っていた夜は、ゆっくりと瞼を開いた。
ぼんやりとした視界。
天井を見つめながら、昨日の出来事を思い返す。
神愛教。
素顔。
絶望。
胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われるが、横へ視線を向けた瞬間、その表情は少しだけ和らいだ。
ベッドに突っ伏すように眠る夢見。
どうやら一晩中看病してくれていたらしい。
「……ありがとう。」
小さく呟き、自然と笑みがこぼれた。
その時だった。
「起きたか。」
部屋の隅から、不知火の声が聞こえた。
夜は驚いてそちらを見る。
椅子に腰掛けた不知火。
しかし、その目には黒い布が巻かれていた。
「大丈夫か?」
「……あれからずっとうなされてたぞ。」
夜は少し笑う。
「えぇ。」
「長い悪夢だったわ。」
そして首を傾げた。
「ところで……。」
「その目隠し、どうしたの?」
不知火は少し照れ臭そうに頭を掻いた。
「いや、その……。」
「見られたくないんだろ?」
その言葉で、夜は初めて自分が素顔のままだということを思い出した。
無意識に両手で顔を隠す。
しかし、その手は途中で止まった。
ゆっくりと不知火を見る。
「……いいわよ。」
「羽衣が信用してる人なら。」
「私も信用しなくちゃ。」
不知火は少し驚いたように笑った。
「そうか。」
「助かる。」
布を外す。
改めて夜の素顔を見ても、そこには嫌悪も驚きもなかった。
ただ、一人の女性として見ている。
それだけだった。
夜は話題を変えるように夢見へ視線を向ける。
「羽衣はいつから寝てるの?」
「あぁ。」
「さっきまで酒がねぇって騒いでた。」
「タバコ吸って、酒なきゃやってらんねぇってな。」
思わず夜が吹き出す。
「ふふっ。」
「じゃあ、もうすぐ目を覚ますわね。」
その言葉通りだった。
「んぅ〜……。」
夢見がゆっくり身体を起こす。
寝ぼけ眼で辺りを見回し、夜と目が合った。
「あれぇ〜?」
「夜ちゃん起きましたぁ〜?」
「おはようございますぅ〜。」
いつもの間延びした声。
夜は心から安心したように笑った。
「おはよう。」
夢見は立ち上がる。
「そうだぁ。」
「夜ちゃん、不知火さんが援軍連れてきてくれたんですよぉ〜。」
部屋の外へ顔を出す。
「入ってきてくださぁ〜い。」
最初に入ってきたのは、警官の制服を着た的場だった。
姿勢よく敬礼する。
「夢見の親友なんだって?」
「安心しな!」
「敵が何万人来ても蹴散らしてやる!」
勢いよく敬礼したその瞬間。
少しだけ足を引きずる。
不知火が眉をひそめた。
「……足。」
「怪我したのか?」
「いやぁ。」
的場は笑う。
「昨日トレーニングしすぎてさ!」
「痛みも疲れもないから気付かなかったけど。」
「靭帯切れたかも!」
豪快に笑う。
夜は呆れたように肩をすくめた。
「……たしかに。」
「変わってるわね。」
続いて盗丸が部屋へ入る。
夢見は嬉しそうに紹介した。
「こちらが泥棒の盗丸さんですぅ〜。」
「泥棒だけど優しいんですよぉ。」
「松茸取ってきてくれるんだぁ〜。」
「いや、泥棒はいらねぇだろ、その紹介!」
盗丸が頭を抱える。
夜は口元を押さえて笑った。
「あら、心まで盗まれないように気を付けなきゃ。」
「おいおい。」
盗丸まで笑ってしまう。
部屋の空気が少しだけ軽くなった。
神愛教への備え。
警察署の者達が防衛へ協力してくれること。
夢見から説明を受けた夜は、信じられないという表情を浮かべた。
「……この顔が知られたのに。」
「みんな……離れていかなかったの?」
夢見は当たり前のように頷く。
「夜ちゃんが積み重ねてきたものですからぁ。」
その言葉に、夜は目を伏せた。
「じゃあ。」
夢見が笑う。
「Bちゃんにメイクしてもらいますぅ〜?」
夜も小さく笑った。
「えぇ。」
「まだ……この顔のままじゃ落ち着かないから。」
夢見の目付きが変わる。
『よし。』
『座れ。』
『三十分で終わらせる。』
特殊メイクが始まった。
その間、不知火達は別室で持ち場を確認する。
不知火は屋上。
視力を活かし、警官数名と共に周囲を監視。
的場は正面入口。
侵入者を最初に迎え撃つ盾。
盗丸は建物内。
風俗嬢達と協力し、罠や細工を張り巡らせる。
三十分後。
部屋の扉が開く。
そこへ現れたのは。
誰もが知る花魁夜だった。
妖艶な笑み。
美しい立ち姿。
思わず不知火も息を呑む。
「……綺麗だ。」
的場も腕を組みながら見つめる。
「ん〜。」
じっと。
じっと顔を見る。
夜が首を傾げた。
「あら?」
「お気に召さなかったかしら?」
次の瞬間だった。
的場が何の躊躇もなく夜の頬へ手を伸ばす。
ベリッ。
特殊メイクが剥がれた。
「なっ!?」
不知火と盗丸が同時に声を上げる。
(まさか……。)
(的場も神愛教……!?)
不知火が飛び出そうとした、その瞬間。
的場は素顔になった夜を真っ直ぐ見つめた。
「メイクしない方が美人だぞ。」
「もったいない。」
部屋が静まり返る。
「……は?」
不知火。
「……は?」
盗丸。
『へぇ。』
Bちゃんだけが面白そうに笑う。
夜は目を丸くした。
やがて。
頬をほんのり赤く染める。
「……ほんと。」
「変わった人ね。」
結局。
夜はその日。
もう一度メイクをすることはなかった。
午前十一時。
それぞれが持ち場へ散る。
屋上。
双眼鏡は使えない。
それでも不知火の目は遠くまで見渡せた。
(大丈夫。)
(今日来るとは限らない。)
(まずは配置の確認。)
(連携の確認。)
(今日は訓練だと思えば──。)
その時だった。
不意に。
太陽の光が陰る。
「……?」
風に乗って。
かすかに声が聞こえた。
「神は絶対!!」
遠い。
だが確かに聞こえた。
「……なんだ?」
周囲を見渡す。
警官達も異変に気付く。
次の瞬間。
ドゴォンッ!!
屋上へ凄まじい衝撃が走った。
血飛沫。
肉が潰れる鈍い音。
不知火が勢いよく振り返る。
そこには。
原形を留めない警官の亡骸。
そして。
白装束をまとった見知らぬ男が、同じように潰れていた。
「……っ!」
不知火はゆっくり空を見上げる。
高く。
遥か上空。
巨大な気球。
その縁へ。
白装束の信者達が次々と立つ。
両手を大きく広げ。
満面の笑みで叫ぶ。
『神は絶対ーー!!』
『ばんざぁぁぁい!!』
一人が飛ぶ。
また一人。
さらに一人。
空から降ってくるのは。
爆弾ではない。
人間だった。
神愛教。
最初の襲撃は。
常識を遥かに超えていた。
消滅ワード
1日目 “法律 ”
2日目 “ 電気”
3日目 “ 罪悪感”
4日目 “ 鍵”
5日目 “ 痛覚”
6日目 “ 肉”
7日目 “ 地図”
8日目 “ 鏡”
9日目 “ 約束”
10日目 “ アルコール”
11日目 “ 血の繋がり”
12日目 “ 疲れ”
13日目 “ 財産”




