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74話 花魁夜後編A

花魁夜過去回

私の人生は、今まで大したことがなかった。


夢を諦めた。

恋を諦めた。


そして。

自分自身を諦めかけていた。


だけど。

一つだけ胸を張って言えることがある。

もし私が死ぬ前。


シワシワのおばあちゃんになって、自分の人生を振り返る日が来るとしたら。


「人生で一番幸運だったことは?」


そう聞かれたら、私は迷わず答える。

夢見羽衣に出会えたこと。


それだけは、絶対に変わらない。



初めてBちゃんにメイクをしてもらった日。

私が買ってきたビールを嬉しそうに開け。


『ぷはぁ〜!』


と美味しそうに飲む。

タバコに火をつけ。

灰皿へ灰を落としながら。


『動くなよ』


『目ぇ閉じてろ』


ぶっきらぼうに言う。

店内には渋いジャズが流れていた。


タバコの煙。

ビールの匂い。

たまに聞こえる缶を置く音。

そして。


『おい、そこ動くな』


『眉毛力入れんな』


『ったく不器用だなお前』


飛んでくるのは、そんな言葉ばかり。

私は少し笑ってしまった。


私が子どもの頃に憧れていた魔法少女の変身シーンとは、大違いだった。


キラキラした光もない。

可愛らしい音楽もない。

魔法のステッキもない。


あるのは酒とタバコ。

口の悪い女性。

それだけ。


だけど。

あの日。

私は確かに魔法を見た。


『よし』


30分ほど経った頃だろうか。

Bちゃんが言った。


『目ぇ開けろ』


私はゆっくりと目を開く。

鏡を見る。


そこに映っていた女性を見て。

私は言葉を失った。


「……え?」


誰?

違う。

私だった。


鏡の中にいたのは。

私が何年も夢見て。

何十年も憧れて。

何百回も鏡の前で願い続けた姿。

信じられないほど綺麗な女性。


「これが……私?」


身体が震えた。

嬉しくて。

信じられなくて。

笑顔になった。


その笑顔と一緒に。

涙が止まらなかった。


今まで何年も。

いや、何十年も悩み続けてきたことが。


たった30分で。

目の前から消えてしまった。


私は。

やっと。

なりたかった自分になれた。

Bちゃんはそんな私を見て笑う。


『泣くのはまだ早ぇよ』


『顔が変わっただけだ』


『人生を変えるのはこれからだ』


その言葉は。

今でも忘れていない。


それから一ヶ月。

私は仕事を辞めた。

夢見館で羽衣と生活を共にした。


一緒にご飯を食べ。

一緒に笑い。

一緒に過ごした。

そこで私は知る。


羽衣には、二つの人格がある。


占いが大好きで。

おっとりしていて。

少し天然なAちゃん。


酒とタバコが大好きで。

口は悪いけれど。

特殊メイクの天才。

Bちゃん。


私に魔法をかけてくれたのは、

Bちゃんだった。


Aちゃんが眠ると。

Bちゃんが起きる。


ビールを飲み。

タバコを吸い。

好き勝手騒ぐ。


そして朝になると。

何事もなかったようにAちゃんへ戻る。


最初は驚いた。

でも。

すぐに慣れた。


二人とも。

大好きだったから。


ある日。

私はBちゃんへ言った。


「ありがとう」


「また女優や舞台役者のオーディションを受けてみる」


すると。

Aちゃんへ入れ替わった羽衣が。

少し困ったような顔をした。


「ん〜……」


「女優かぁ〜」


「ん〜……」


珍しく歯切れが悪い。

私は聞いた。


「女優じゃ駄目?」


Aちゃんは微笑む。


「夜ちゃん」


「キャバクラで大成功しますよぉ」


私は思わず苦笑した。

キャバクラ?


人見知りで、

人と話すことが苦手な私が?


そんな仕事、

できるわけない。

そう思った。


だけど。

羽衣には恩があった。


だから私は、

騙されたと思って面接へ向かった。


結果は。

即採用。


「ぜひうちへ来てください」


「最高待遇で迎えます」


店長は頭を下げた。

私は何が起きているのか分からなかった。

夢見館へ戻る。


すると。

ケーキ。

料理。

ジュース。

テーブルいっぱいのお祝いが並んでいた。


「おめでとうございますぅ〜」


Aちゃんは満面の笑みだった。

まるで。

最初から分かっていたみたいに。



初出勤の日。

私はその店の売上記録を更新した。


次の日も。

その次の日も。

私は指名を取り続けた。


気弱で。

人見知りで。


地味で。

ブスだった私は。


あの日。

確かに死んだ。

お酒の力もあったのかもしれない。


でも、

不思議だった。


サラリーマン。

社長。

スタッフ。

お客様。


全員と自然に話せる。

全部の歯車が。

ぴたりと噛み合っていく。

そんな感覚だった。


その月。

私は店のナンバー1になった。


「専属のメイクさんを付けよう」


店からそう言われた時。

私は即答した。


「知り合いがいます」


昼は占い師。

夜は私専属のメイク。

羽衣は文句一つ言わず引き受けてくれた。


そして。

私は全国でもナンバー1になる。


豪華なドレス。

花魁の着物。


ハロウィンには。

子どもの頃に憧れた。

魔法少女の衣装まで着た。


幸せだった。

本当に。

満たされていた。


だけど。

満たされれば満たされるほど。

私は気付いてしまう。


三日に一度。

羽衣は自身の特殊メイクをやり直す。


その度に現れる。

何も飾っていない素顔。


私は。

その顔を見るのが怖かった。


私が何十年も苦しみ。

必死にしがみつき。


努力して。

ようやく手に入れた”理想”。


羽衣は。

生まれた時から持っていた。

しかも。


「邪魔だから」


そう言って隠してしまう。


私には。

理解できなかった。


羽衣は好き。

世界でたった一人の親友だった。

命の恩人だった。


だけど。

だからこそ苦しかった。


嫉妬なんてしたくなかった。

比べたくなんてなかった。


でも。

比べてしまう。

妬んでしまう。


そんな自分が。

私は一番嫌いだった。

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