73話 花魁夜中編
花魁夜過去回
22歳。
夜は変わろうと決めた。
花魁になる。
その夢だけを胸に。
芸能事務所。
舞台役者。
モデル。
エキストラ。
受けられるオーディションは、片っ端から応募した。
雑誌を買った。
メイクを覚えようとした。
普段は絶対に着ないような服も買った。
鏡の前で笑顔を作る。
姿勢を直す。
歩き方を変える。
「変わるんだ」
「変わるんだ」
何度も自分へ言い聞かせた。
だが。
現実は残酷だった。
「自己紹介をお願いします」
面接官が言う。
夜は口を開く。
「あっ……」
言葉が出ない。
目も見られない。
頭が真っ白になる。
「ありがとうございました」
それだけだった。
また落ちた。
別の日。
「志望動機は?」
「えっと……その……」
また詰まる。
落ちた。
さらに別の日。
笑顔を作る。
引きつる。
緊張する。
落ちた。
何度受けても。
何十社受けても。
結果は同じだった。
帰り道。
夜はいつも思う。
結局。
顔なんだ。
整形しようか。
いや。
いっそ。
首から上。
全部取り替えられたらいいのに。
そんなことばかり考えるようになった。
街を歩く。
笑い合うカップル。
電話をしながら笑うサラリーマン。
客引き。
街の笑い声。
全部。
自分を笑っているように聞こえた。
「ブス」
誰も言っていない。
でも。
そう聞こえた。
足取りは重い。
その時だった。
ふと。
夜の足が止まる。
小さな看板。
【夢見館】
占い。
人生相談。
運命鑑定。
会社の同僚が話していた。
「あそこ、すごく当たるんだって。」
「予約なんか全然取れないらしいよ。」
今日は閉店間際なのだろう。
店内に他の客はいない。
夜は扉を見つめた。
「……」
藁にもすがる思いだった。
静かに扉を開ける。
「いらっしゃいませぇ〜」
柔らかい声。
店の奥。
白髪の老婆が微笑んでいた。
「どうぞぉ」
「こちらへお座りください〜」
夜は席へ座る。
(おばあちゃんだ……。)
(こんな人に私の悩みなんて分かるのかな。)
(笑われないかな。)
不安だった。
夢見は向かいへ腰掛ける。
「それでぇ〜」
首を傾げる。
「何に悩んでるんですかぁ〜?」
夜は俯いた。
手が震えている。
何度も深呼吸をした。
そして。
ようやく絞り出した。
「変わりたいんです」
夢見は優しく笑う。
「何にですぅ〜?」
夜は顔を上げた。
涙が溢れる。
「綺麗になりたい」
「誰かに必要とされたい」
「みんなに見てもらいたい」
夢見は黙った。
数秒。
静かな時間が流れる。
突然だった。
夢見が自分の顔へ手を掛ける。
ぐちゃり。
夜の目が大きく開く。
皺が剥がれる。
白髪が落ちる。
老婆が。
消えていく。
そこにいたのは。
信じられないほど整った顔立ちの女性だった。
夜は息を呑む。
(綺麗……。)
(こんな綺麗な人が。)
(どうしておばあちゃんの格好なんて……。)
言葉が出ない。
夢見は頬杖をついた。
さっきまでの穏やかな声ではない。
少し乱暴で。
どこか男勝りな口調。
まるで別人だった。
『なるほどねぇ』
小さく笑う。
『そういう悩みか』
夜は固まったまま頷く。
夢見は真っ直ぐ夜を見る。
『じゃあ変えてやるよ』
夜は思わず顔を上げた。
夢見は笑う。
『人生ごとな』
その一言で。
夜は初めて。
変われるかもしれない。
そう思えた。
その日。
夜は夢見館へ泊まることになった。
『で?』
女性はソファーへ寝転がる。
『どんな顔になりてぇんだ?』
夜は真剣に考えた。
「どんな衣装でも似合うような……」
「完璧な顔に」
夢見は頭を掻く。
『完璧って言われてもなぁ』
苦笑する。
『まぁいいやとりあえず作る』
『細かいとこは後で修正すりゃいい』
夜は慌てて財布を取り出した。
「あ、あの!」
「お代はいくらですか?」
「必要なら今すぐ下ろしてきます!」
夢見はニヤリと笑う。
手早くメモを書き、
紙を一枚渡した。
『じゃあこれ買ってきて』
『お代はそれでいい』
わかりましたと夜は急いで買い出しに。
夜はメモを見る。
思わず吹き出した。
・タバコ 1カートン
・生ビール 1ケース
・つまみになりそうな物(センス任せる)
「ふふっ」
夜は久しぶりに笑った。
「おじさんみたい」
そう呟きながら。
コンビニへ向かって走り出した。
人生で一番。
足取りが軽い夜だった。




