72話 花魁夜 前編
花魁夜過去回
夜が最初に憧れたのは。
女優でも、アイドルでもなく、
魔法少女だった。
幼い頃。
世間では魔法少女アニメが大流行していた。
普通の女の子が、
ある日突然、不思議な力を授かる。
眩い光に包まれ、
可愛らしいコスチュームへ変身し。
仲間達と力を合わせて悪を倒す。
夜は毎週欠かさずテレビの前に座った。
変身シーンが始まる度。
目を輝かせた。
「かわいい……」
何度も何度も同じ場面を見返した。
普通の女の子だった主人公が。
魔法少女へ変身する。
その瞬間だけは。
世界中で一番可愛く見えた。
夜は思った。
私も。
あんな風になりたい。
小学四年生。
学芸会。
今年の演目は。
流行していた魔法少女の劇だった。
夜は飛び上がるほど嬉しかった。
「やった……!」
家へ帰るなり。
父と母へ駆け寄る。
「夜ね!」
「今度の学芸会、魔法少女になるんだ!」
「絶対見に来てね!」
その日から。
毎日練習した。
台詞。
踊り。
手を振る角度。
笑顔。
家の鏡の前に立ち。
何度も何度も変身ポーズを真似した。
役決めの日。
魔法少女役は3人。
立候補したのは10人だった。
夜は迷わず手を挙げる。
胸は高鳴っていた。
きっと。
頑張ればなれる。
そう信じていた。
その時だった。
クラスの中心にいた女子が口を開く。
「夜ちゃんは、とりあえず抜けて」
「……え?」
夜は固まった。
「だってさ、地味じゃん」
「人前苦手でしょ?」
周りから小さな笑い声。
夜は勇気を振り絞る。
「で……でも」
「台詞は全部覚えたよ」
「いっぱい練習したし」
「が、頑張るから……」
その声は震えていた。
すると別の女子が笑った。
「ていうかさ」
「その顔じゃ衣装似合わないでしょ」
その一言だった。
周囲から失笑が漏れる。
夜は何も言えなかった。
顔。
それだけは。
どれだけ努力しても。
変えられない。
先生は困ったように周囲を見回した。
「じゃあ、多数決で決めようか」
次々と名前が呼ばれる。
「あやちゃん!」
「私も!」
「私もあやちゃん!」
一人。
また一人。
名前が挙がる。
夜の名前は。
最後まで。
一度も呼ばれなかった。
先生は静かに告げる。
「じゃあ、この3人で決まりね」
拍手。
笑顔。
楽しそうな空気。
その輪の中に。
夜はいなかった。
家へ帰る。
ランドセルを置く。
鏡の前へ立つ。
自分を見る。
「……」
可愛くなれ。
可愛くなれ。
可愛くなれ。
鏡へ向かって。
何度も願った。
ある日。
母の化粧道具を見つけた。
そっと手に取る。
本で見た真似をして。
頬を塗る。
唇を塗る。
目元を描く。
上手くいかない。
でも。
少しでも。
可愛くなりたかった。
そこへ母が帰ってきた。
「夜!」
「勝手にお母さんの化粧品使っちゃ駄目でしょ!」
父も苦笑する。
「まだ小学生なんだから」
その瞬間だった。
夜の中で。
何かが弾けた。
「うるさい!!」
父も母も固まる。
涙が止まらない。
「パパとママが!」
「可愛く産んでくれなかったから悪いんだ!!」
「可愛くないから!」
「夜は魔法少女になれないんだ!!」
部屋が静まり返る。
父は口を開こうとした。
だが。
何も言えなかった。
母も。
ただ立ち尽くしていた。
中学生。
恋をした。
でも。
告白はしなかった。
どうせ。
私なんか。
高校生。
友達が恋愛話で盛り上がる。
夜は笑って聞いていた。
「好きな人いるの?」
そう聞かれる度。
「いないよ」
笑って答えた。
違う。
最初から。
諦めていただけだった。
可愛くない自分が。
誰かに選ばれる未来なんて。
想像できなかった。
22歳。
仕事帰り。
街を歩いていると。
人だかりができていた。
「撮影だ!」
誰かが言う。
映画の撮影だった。
時代劇。
俳優。
スタッフ。
照明。
その中で。
夜の視線は、
一人の女性へ吸い寄せられた。
豪華な簪。
艶やかな着物。
誰よりも美しい立ち姿。
“ 花魁”。
その役を演じる女優だった。
夜は息を呑む。
女優は笑っていた。
その笑顔は。
子どもの頃、テレビの中で見た魔法少女と同じくらい眩しかった。
綺麗。
ただ。
その一言しか浮かばなかった。
胸の奥。
もう何年も前に諦めたはずの感情が。
静かに。
いや、
あの日よりもずっと大きく。
溢れ出す。
「あぁ……」
声が漏れた。
「なりたい」
魔法少女にはもうなれない。
でも。
「私も」
涙が滲む。
「花魁になりたい」
あの日。
魔法少女に憧れた少女は。
初めて。
新しい夢を見つけた




