七話 防衛キーワード
夜は、長かった。
時間の感覚が、崩れている。
暗いまま。
音だけがある世界。
「……」
誰も、あまり喋らなかった。
必要なことだけ。
それ以上は、何かが崩れそうだった。
楓は、壁にもたれて座っている。
スマホを何度も触っていた。
つかない画面に指を滑らせる。
止まる。
もう一度、触る。
その繰り返し。
廃人も同じだった。
言葉にはしない。
けれど、分かる。
“繋がらない”という状態が、
少しずつ内側を削っていく。
「……朝まで待つか」
不知火が言う。
「外は、見えない」
「だね」
的場が答える。
短く。
そのまま、時間が流れる。
暗闇の中で。
何も見えないまま。
やがて。
空の色が変わる。
輪郭が戻る。
部屋の中にあった形が、
ゆっくりと浮かび上がってくる。
机の角。
壁のひび。
置きっぱなしの食器。
それらを一つずつ目で追って、
ようやく、“ここにいる”という実感が戻ってくる。
誰ともなく、息を吐いた。
そのとき。
空に、黒が広がる。
『おはよう』
あの声。
『いい夜だった?』
返事はない。
『さて』
わずかな間。
『現状報告』
数字が浮かぶ。
【人類残存率:95%】
「……」
誰もすぐには理解できなかった。
「……5%?」
廃人が言う。
「……3億……?」
計算の途中で、止まる。
二日で。
それだけ消えた。
『減るねぇ』
声が弾む。
『でも、まだまだだよ』
『安心して』
何を、とは言わない。
『じゃあ、続けようか』
画面が消える。
現実が戻る。
「……防衛キーワード」
不知火が言う。
「どうするか、」
「うん」
廃人が頷く。
視線が少しだけ鋭くなる。
「これ、選び方で詰むやつだ」
「……電気とか?」
楓が言う。
「どうなるんだろ」
「それ――」
廃人が言いかけて、止まる。
考える。
「……分からない」
正直に言う。
「だから、怖い」
一拍。
「……でも」
楓が画面を見たまま言う。
「試さないと、もっと分かんないよね」
指が動く。
ウィンドウ。
防衛キーワード入力。
“電気”
決定。
「待っ――」
廃人の声が遅れる。
次の瞬間。
「……明るい」
楓が言う。
「え?」
三人が顔を上げる。
「電気、ついてる」
「……どこが」
不知火が言う。
部屋はそのままだ。
「違うって」
楓が周りを見る。
「普通に明るいし」
スマホを操作する。
画面が光る。
その光は、三人には届かない。
「……使える」
「……なるほど」
廃人が呟く。
ゆっくりと、言葉を選ぶ。
「楓の中では、電気がある」
「でも俺たちには、ない」
「……じゃあ」
不知火が言う。
「見えてないだけか」
「うん」
楓が頷く。
「テレビもついてる」
一拍。
「でも、なにも流れてない」
画面は映る。
けれど、音はない。
番組もない。
ただ、そこにあるだけだった。
「……インフラは死んでるな」
廃人が言う。
「電気だけ戻しても、意味ないやつだ」
「……試そう」
的場が言う。
キッチンに向かう。
「IH、いける?」
「うん」
楓が触る。
反応する。
「……ついてる」
「見えないけどな」
廃人が言う。
少しして。
簡単な料理ができる。
それを口にする。
「……普通だ」
不知火が言う。
「食えるってことは」
廃人が続ける。
「使えるのは楓だけで」
「結果は共有できる」
一度言い切ってから、
もう一度、楓を見る。
「だからこれ」
「誰が何を持つかで、役割が決まる」
言葉が、形になる。
「水は?」
楓が蛇口を捻る。
水が出る。
不知火が同じように捻る。
出ない。
「……完全に分かれてるな」
廃人が言う。
「個人で持つ“権利”みたいなもんだ」
「……なあ」
的場が言う。
少し前のめりになっていた。
楓の手元を見る。
「それ」
「スタンガン、いけるか?」
視線が、離れない。
「やってみてくれ」
言い方が少し早い。
楓がスイッチを入れる。
バチッ、と音が弾ける。
その瞬間。
「いいな、それ」
的場が笑った。
ほんの少しだけ。
「接近戦、全部変わる」
もう一度、スタンガンを見る。
「いい」
小さく呟く。
「車は?」
外に出る。
楓が乗る。
エンジンがかかる。
「動く!」
「……なるほど」
不知火が呟く。
「法律も、関係ないか」
楓が笑う。
昼。
一度、落ち着く。
水。
食料。
一週間分はある。
車もある。
移動手段もある。
「……で、どうする」
不知火が言う。
沈黙。
考える。
その中で。
廃人だけが、迷わなかった。
「ヒーラー」
短く言う。
全員が見る。
「このゲーム」
廃人が続ける。
「削られてく前提だ」
一拍。
「なら、“戻す役”がいないと詰む」
「……医療か」
不知火が言う。
「そう」
廃人が頷く。
「“医療”が消えたら終わり」
言い切る。
「だから」
視線を上げる。
「誰かが持たないといけない」
楓が小さく息を吐く。
「……なるほどね」
的場も頷く。
「じゃあ」
廃人が言う。
「次は決まりだ」
一拍。
「“医療”を取りに行く」
その言葉で、
進む方向が、はっきりした。




