六話 暗い
暗転。
音が、消えた。
正確には、消えたわけじゃない。
“輪郭”が抜け落ちた。
「……え?」
誰かの声。
近いはずなのに、位置が掴めない。
光がない。
目を開けているのか、閉じているのかも分からない。
「……楓?」
不知火が呼ぶ。
わずかな間を置いて、
「いるよ」
声だけが、空間に残る。
「……廃人?」
「いる」
短い。
「的場」
「いるよ」
返事は揃った。
それだけで、辛うじて繋がる。
「……電気」
不知火が呟く。
「消えた、ってことか」
「いや」
廃人がすぐに返す。
「“消えた”じゃない」
一拍。
「“最初から無かったみたいになってる”」
言い直しに、時間がかかる。
それくらい、ズレている。
「……スマホ」
楓が操作する。
指が滑る音だけがする。
何も返ってこない。
「つかない」
当然だった。
「……ライト」
的場が言う。
カチ、と音。
反応はない。
押した感触だけが残る。
「……」
誰も言葉を出さない。
「火は?」
不知火が言う。
ライターの石を擦る音。
ボッ、と火が生まれる。
一瞬だけ、顔が浮かぶ。
目が合う。
影が揺れる。
すぐに、闇に飲まれる。
「……使える」
誰ともなく呟く。
「電気じゃないからな」
廃人が言う。
「じゃあさ」
楓が言う。
少しだけ声が低い。
「外、どうなってるの?」
返事の代わりに、音が届く。
遠くで、何かがぶつかる。
ガシャン。
金属の音。
続いて、叫び声。
「……事故だな」
的場が言う。
間を置かない。
「信号、全部死んでる」
また音が重なる。
今度は近い。
走る足音。
複数。
一定じゃない。
誰かが転ぶ音。
罵声。
止まらない。
「……」
不知火は目を閉じる。
意味はない。
けれど、そうしたくなった。
見えない分、音が増える。
位置。
距離。
数。
頭の中で組み上がる。
「……これ」
楓が呟く。
「夜、ずっとこれ?」
誰も答えない。
「……電車も止まってるよね」
廃人が言う。
「エレベーターも」
「閉じ込められてる人、いるな」
的場が続ける。
想像を、言葉にする。
「……病院」
不知火が口にする。
人工呼吸器。
手術灯。
点滴。
一つずつ、消えていく光景が浮かぶ。
「……」
誰も、続きを言わない。
「電気ってさ」
廃人が言う。
少しだけ間を取る。
「“便利”じゃなかった」
「……は?」
楓が返す。
「“前提”だった」
静かに言う。
「ある前提で、全部組まれてた」
息を吸う音。
誰かの。
「だから今」
廃人が続ける。
「全部、ズレてる」
誰も否定しない。
できない。
「……水」
不知火が言う。
「そのうち止まる」
「ポンプ止まるから」
廃人が頷く。
「時間差あるけど、止まる」
「……食料も」
楓が言う。
「冷蔵、全部終わり」
即答だった。
「腐る」
言葉だけが残る。
沈黙が落ちる。
ゆっくりと。
これは。
一時的な混乱じゃない。
「……戻らないな」
不知火が言う。
誰に向けたわけでもなく。
「……うん」
廃人が返す。
短い。
そのとき。
外で、叫び声。
近い。
「開けろ!」
ドアを叩く音。
鈍い衝撃が、壁越しに伝わる。
バン、バン、と規則のない音。
「……」
誰も動かない。
見えない。
だから、判断できない。
「……どうする?」
楓が言う。
小さく。
不知火は、息を整える。
基準がない。
光もない。
法律もない。
「……開けない」
言葉を置く。
「理由は?」
廃人が聞く。
一拍。
「……守るためだ」
何を、とは言わない。
けれど、分かる。
「……撃つ?」
的場の声。
少しだけ弾む。
「いや、見えないか」
すぐに引く。
ドアを叩く音が、弱くなる。
やがて、止む。
足音。
遠ざかる。
また、静寂。
暗闇。
誰も動かない。
「……なあ」
楓が言う。
いつもの調子に、少しだけ近い。
「これさ」
間。
「明日、どうなると思う?」
答えはない。
ただ一つ。
分かっている。
“次も、何かが消える”。
そしてそれは確実に、
今よりも、優しくない。




