58話 指名手配
神様サバイバル10日目
10日目の朝。
街では奇妙な光景が広がっていた。
風俗嬢達の虜となった警察官達が街を歩いている。
その手には大量のビラ。
電柱。
商店街。
コンビニ跡。
あらゆる場所へ貼られていく。
そこに描かれているのは一人の女性だった。
【夢見 羽衣】
【25歳】
特徴をまとめた文章。
そして似顔絵。
驚くほど整った顔立ちだった。
「……指名手配?」
「綺麗な人だな」
街の人々が足を止める。
警察官達は黙々とビラを貼り続けた。
その全ては、
花魁夜の命令だった。
◇
古民家。
朝食の時間。
昨日の残りの焼きおにぎりを頬張りながら盗丸が欠伸をした。
「しかしよぉ、酒が消えるとはなぁ」
「大好きな酒飲めねぇじゃねぇか」
医楽が箸を置いた。
「お前さん達」
「アルコールが無くなった意味が分かるか?」
盗丸が笑う。
「だから酒だろ?」
「それもある」
医楽は頷いた。
「じゃがもっと大事なことがある」
全員の視線が集まる。
医楽は指を一本立てた。
「消毒じゃ」
空気が少し変わった。
「傷を負った時」
「手術をする時」
「感染症を防ぐ時」
「アルコールは当たり前のように使っとった」
医楽は静かに続ける。
「今は無い」
楓が眉をひそめた。
「じゃあ怪我したら終わり?」
「そこまでではない」
医楽は首を振る。
「煮沸、石鹸、塩水」
「使えるもんはまだある」
「じゃが難易度は上がる」
「感染症で死ぬ人間は増えるじゃろうな」
誰も笑わなかった。
酒が消えた。
それはただの娯楽の話ではなかった。
命に関わる問題だった。
朝食を終えた後。
楓は縁側から庭を眺めていた。
ピエロがいた。
巨大な花火筒を抱え。
なぜか踊っていた。
くるり。
一回転。
またくるり。
花火筒を抱えたまま。
誰にも分からないリズムで。
楽しそうに。
「なにしてんのあいつ……」
思わず呟く。
盗丸も外を見る。
「知らねぇ」
的場が笑った。
「芸術家なんじゃね?」
「絶対違うでしょ」
楓は呆れた。
しばらく眺めていたが。
やはり気になる。
「結局さ」
部屋にいる全員を見る。
「ピエロと華達ってどういう関係なわけ?」
誰も答えない。
華の母親。
華。
そしてピエロ。
一緒にいるのは自然なのに。
家族にも見えない。
他人にも見えない。
どこか不思議な距離感だった。
楓は頬杖をつく。
「直接聞いてみようかな」
その時だった。
不知火が首を横に振る。
「やめておけ」
楓が振り返る。
「なんでよ」
不知火は庭へ目を向けた。
花火筒を抱えたピエロは。
相変わらず踊っている。
「話さないってことは」
静かな声だった。
「言いたくないんだろう」
少しだけ間を置く。
「あの格好も含めてな」
楓は黙った。
たしかに。
名前も。
素顔も。
過去も。
ピエロは何も語らない。
夢見も小さく頷いた。
「そうですねぇ」
洗濯物を畳みながら微笑む。
「聞かれたくないことって」
「ありますからねぇ」
楓は再び庭を見る。
ピエロは今日も踊っていた。
こちらの会話など聞こえていないように。
縁側。
夢見は洗濯物を干していた。
風が吹く。
平和な昼下がり。
街中で自分の指名手配が始まっていることなど。
まだ知らない。
夜。
古民家は静かだった。
皆それぞれ眠っている。
縁側。
医楽は一人だった。
手には湯呑み。
中身はただのお茶。
いつもの癖で口へ運ぶ。
飲む。
当然。
酒ではない。
「……」
小さく息を吐く。
湯呑みを置こうとして。
手が震えた。
カタッ。
小さな音。
医楽は眉をひそめる。
もう一度持つ。
やはり震える。
カタカタ。
震えは誤魔化せなかった。
「参ったのう」
苦笑する。
その瞬間だった。
脳裏を過る。
白い手術室。
必死に誰かの命を繋ごうとしている。
「先生!」
看護師の叫び。
「もう……!」
「まだじゃ!!」
血。
汗。
途切れる心電図。
無情な音。
医楽は目を閉じる。
記憶を振り払うように。
だが。
今度は別の光景。
玄関。
ランドセルを背負った少年。
振り返らない。
「待て」
医楽が呼ぶ。
少年は立ち止まらない。
ドアが閉まる。
その音だけが残った。
医楽はゆっくりと目を開いた。
震える手を見る。
「酒が無くなったくらいで」
小さく笑う。
「情けないのう」
震えは止まらない。
夜風だけが静かに吹いていた。
消滅ワード
1日目 “法律 ”
2日目 “ 電気”
3日目 “ 罪悪感”
4日目 “ 鍵”
5日目 “ 痛覚”
6日目 “ 肉”
7日目 “ 地図”
8日目 “ 鏡”
9日目 “ 約束”
10日目 “ アルコール”




