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52話 ただいま

見回りの看守が部屋の前で足を止めた。

異変に気付いたからだ。


鉄格子の向こう。

部屋の中には四人の囚人が転がっていた。


顔は腫れ上がり。

血まみれ。

意識もない。


そして。

その中央。

金剛だけが壁にもたれながら座っていた。


大きなあくび。

退屈そうな顔。

まるで昼寝から目覚めたばかりのようだった。


看守の顔色が変わる。


「おい!!」


「何があった!!」


金剛は視線だけ向けた。


「さぁな」


興味も無さそうだった。

看守は慌てて応援を呼ぶ。

刑務官達が駆けつける。

倒れている囚人達を介抱する。


やがて。

盗丸が最初に目を覚ました。

ぼやける視界。

痛む顔。


そして。

目の前には看守。


「おい」


「金剛にやられたんだな?」


盗丸は頬をかいた。

昔からの癖だった。


「いやぁ」


苦笑い。


「ふざけてたら転んじまって」


看守が眉をひそめる。


「転んだ?」


「そうそう」


「いやぁ派手にいっちまった」


その後。

他の三人も意識を取り戻した。


だが。

誰一人として金剛の名前を出さない。


転んだ。

ぶつかった。

足を滑らせた。

苦しい言い訳ばかり。


看守達も理解していた。

全員嘘だと。


だが。

誰も口を割らない。


その日。

鷲尾刑務所の序列が変わった。



翌日。


昼食後。

盗丸はデザートのプリンを持っていた。


そして。

無言で金剛の前に置く。


他の三人も同じだった。

ヨーグルト。

ゼリー。

菓子パン。


手に入れた物を差し出していく。

金剛はそれを見下ろした。


「なんだこれ」


誰も答えない。


ただ。

視線だけが金剛へ向いている。

金剛はため息を吐いた。


「いらねぇのか?」


盗丸は頬をかいた。


「甘いもん苦手なんで」


嘘だった。

大好物だった。


だが。

誰も突っ込まない。


それからだった。

金剛が鷲尾刑務所を束ねるまで。

時間はかからなかった。



食堂。

自由時間。

刑務作業。

風呂。


あらゆる場所で。

あらゆるタイミングで。

囚人達は金剛を狙った。


殴る。

刺す。

奇襲する。

集団で襲う。


だが。

全て失敗した。


金剛は強かった。

圧倒的だった。


誰も勝てない。

何人いても勝てない。


やがて囚人達は理解する。

戦うだけ無駄だと。


それから1年後。

金剛は鷲尾刑務所の王になった。



昼休み。

囚人達が道を空ける。

その中央を歩く三人。


先頭は金剛。

そして。

盗丸。

桐山。

誰もが知る顔だった。


「へっ」


ある囚人が笑う。


「金魚のフンの腰抜けが」


盗丸へ向けられた言葉だった。


だが。

盗丸は気にしない。


昔なら怒った。

今は違う。

鼻歌交じりに通り過ぎる。


その姿を見て。

逆に周囲が黙る。



桐山が入ってきたのはその頃だった。


痩せた男。

眼鏡。

力は無い。

だが目だけは妙に冷静だった。


部屋へ入るなり頭を下げる。


「桐山です」


「力はありません」


少し間を置く。


「ですが」


「役には立ちます」


盗丸は吹き出した。


「詐欺師なんて信用できねぇな」


桐山蓮(きりやまれん)

連続詐欺事件主犯。

金剛は桐山を見た。


数秒。

そして。


「いいぞ」


それだけだった。

いつしか。


力の金剛。

頭脳の桐山。

世渡り上手の盗丸。


桐山がルールを作る。

逆らう者は金剛が抑える。

本来手に入らない物を盗丸が調達する。


アメとムチ。

その統率は完璧だった。



そして。

神様サバイバル一年前。


ついに決まった。

死刑。


金剛堕落。

執行確定。


盗丸はその夜。

金剛の横へ座った。


「あんたには世話になってる」


珍しく真面目な顔だった。


「なんでも言ってくれ」


「おれが必ず調達してくるからよ」


金剛は黙る。

長い沈黙。

現在31歳。

刑務所へ入って11年。


色々なものが変わった。

考え方も。

価値観も。


そして。

残された時間も。


やがて。

金剛が口を開く。


「……携帯」


盗丸が目を丸くする。


「は?」


「携帯?」


思わず笑った。


「そりゃまた難易度高ぇな」


金剛は煙草も吸わない。

酒も飲まない。

だから余計に意外だった。


「無理か?」


その問いに。

盗丸は笑う。

自信満々に。


「おれに盗めねぇもんはねぇさ」



三日後。


「金剛さん!」


「早くかけな!」


「時間ねぇぞ!」


盗丸は本当に持ってきた。

携帯電話。

入手不可能と思われていた物を。


たった三日で。

桐山ですら呆れていた。


「どうやったんですか」


「企業秘密」


盗丸は笑う。

金剛は携帯を受け取った。

番号を押す。


コール音。


一回。


二回。


三回。


そして。

繋がる。


電話の向こうから聞こえた声。

金剛は何も話さない。

ただ聞いていた。


数秒。


いや。

数十秒だったかもしれない。


やがて。

ふっと笑う。

優しい顔だった。


そして。

無言で通話を切った。


盗丸は見た。

ほんの一瞬。

金剛が泣いているように見えた。



数時間後。


刑務官達がやってくる。


「盗丸!!」


腕を掴まれる。


「おい?」


「どういうことだ?」


金剛が立ち上がる。

桐山も振り向く。


刑務官は吐き捨てた。


「こいつは看守の携帯を盗んだ」


「独房だ」


盗丸は抵抗しない。

笑っていた。


「じゃあ行ってくるわ」


そのまま連れていかれる。



五日後。

盗丸が独房から戻ってきた。


飯抜き。

水抜き。

体罰。

ボロボロだった。


やせ細った身体。

腫れた顔。


それでも。

盗丸は笑っていた。


桐山が眉をひそめる。


「盗丸さん……大丈夫ですか」


盗丸は頬をかいた。


「あぁ、楽勝だよ」


金剛が立ち上がる。

しばらく盗丸を見ていた。


そして。

静かに言った。


「借りができたな」


少し間を置く。


「よく戻ってくれた」


盗丸は笑った。

傷だらけの顔で。


「あぁ」


少しだけ照れ臭そうに。


「ただいま」

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