51話 もう悪さはしねぇ
神様サバイバル9日目
空気が凍り付いていた。
盗丸は小さく手を挙げたまま固まっている。
金剛は笑っていた。
だが。
その目は笑っていなかった。
「よぉ」
「ただいま」
盗丸が苦笑いを浮かべる。
次の瞬間だった。
ドゴォッ!!
拳。
金剛の拳が盗丸の顔面へめり込んだ。
盗丸の身体が吹き飛ぶ。
壁へ叩きつけられ。
床を転がった。
「がっ……!」
口から血が溢れる。
楓が目を見開いた。
「ちょっ!」
的場が前へ出る。
「おいおい!」
「話くら、」
最後まで言えなかった。
金剛の拳が振り抜かれる。
ドンッ。
的場の身体が浮いた。
そのまま壁へ激突する。
白目。
失神。
一撃だった。
楓は言葉を失う。
「うそ……」
防衛キーワード。
正義。
能力。
不屈。
それが切れた途端。
一発だった。
たった一発で。
的場が沈んだ。
金剛は気にも留めない。
視線は盗丸だけを見ていた。
床に転がる盗丸へゆっくり歩く。
「なぁ盗丸」
静かな声。
だが。
それが逆に怖い。
「手加減って難しいんだ」
しゃがみ込む。
盗丸の髪を掴む。
「加減間違えたらよ」
顔を持ち上げる。
「お前なんて一瞬で殺しちまいそうだからなぁ」
盗丸は血を吐いた。
そして笑う。
痛々しい笑顔だった。
「あぁ……」
「時計だろ?」
金剛の目が細くなる。
「わかってんなら話ははえぇ」
低い声。
「どこにある?」
盗丸は頬をかいた。
いつもの癖だった。
「あぁ、ちゃんとある」
「今手元にはねぇが、ちゃんとある」
そして無理やり笑う。
「な?」
沈黙。
金剛はため息を吐いた。
「変わんねぇな」
盗丸の顔が引き攣る。
金剛は笑った。
「嘘つく時、頬かく癖」
「昔からだ」
その瞬間。
二発目。
ゴッ。
盗丸の意識が吹き飛ぶ。
◇
十年前。
盗丸、当時二十一歳。
重犯罪者達の巣窟。
鷲尾刑務所。
盗丸はそこで生きていた。
いや。
生かされていた。
窃盗。
それだけだった。
盗む。
逃げる。
それだけ。
だが運が悪かった。
ひったくった婆さんが転んだ。
怪我をした。
結果。
強盗致傷。
刑期は跳ね上がった。
盗丸は何度も思った。
おれはただのコソ泥だ。
周りを見れば。
殺人。
放火。
傷害。
薬物。
なんでもありの連中ばかり。
場違いだった。
盗丸は力が弱い。
喧嘩も弱い。
だから使われた。
雑用。
荷物持ち。
時にはストレス発散のサンドバッグ。
殴られる。
蹴られる。
笑われる。
毎日だった。
早く出たい。
もう悪さはしねぇ。
神様。
頼むから。
ここから出してくれ。
本気でそう思っていた。
そんなある日だった。
一人の男が入所してきた。
噂はすでに広まっていた。
親兄弟三人を素手で殴り殺した男。
二メートルを超える巨体。
怪物。
金剛堕落。
その男が。
盗丸達の五人部屋へ入ってきた。
看守が言う。
「新入りだ」
「仲良くしてやれよ」
部屋にいた囚人達が笑った。
へらへらと。
獲物を見つけたように。
部屋のリーダー格が立ち上がる。
「おい新入り」
「挨拶は?」
金剛は荷物を床へ置いた。
そして面倒臭そうに答える。
「わりぃな気が立ってんだ」
「話しかけてくるな」
部屋が静かになる。
そして。
笑いが起きた。
「ははは!」
「面白ぇじゃねぇか!」
別の囚人が盗丸を見る。
「おい盗丸」
「礼儀を教えてやれよ!」
部屋中が笑った。
盗丸も笑った。
そして思う。
ここだ。
この男を凹ませれば。
この刑務所の底辺から抜け出せる。
少なくとも。
今みたいな殴られ役は終わる。
相手は大男だ。
だが所詮は新入り。
鷲尾刑務所では先に入った方が偉い。
それがルールだった。
盗丸は立ち上がる。
笑いながら。
金剛へ近付く。
そして。
ためらいなく頭を叩いた。
パシッ。
部屋の囚人達がさらに笑う。
盗丸も笑った。
「おい新入り」
肩を揺らしながら言う。
「挨拶はしっかりしろって」
「親に教わらなかったのか?」
部屋中が笑い声に包まれる。
盗丸も笑った。
これで終わりだと思っていた。
次の瞬間までは。
消滅ワード
1日目 “法律 ”
2日目 “ 電気”
3日目 “ 罪悪感”
4日目 “ 鍵”
5日目 “ 痛覚”
6日目 “ 肉”
7日目 “ 地図”
8日目 “ 鏡”
9日目 “ 約束”




