50話 正義
神様サバイバル9日目
数分前。
刑務所近くの空き家。
不知火、的場、廃人の三人は、
盗丸からの連絡を待っていた。
静かな空気だった。
窓の外から聞こえる風の音だけが、やけに大きく感じる。
そんな沈黙を破ったのは的場だった。
突然立ち上がる。
「決めた」
廃人が顔を上げる。
「なにを?」
的場は答えず、個人モニターを開いた。
防衛キーワードの欄。
そこへ迷いなく文字を入力する。
【正義】
確定しますか?
表示された文字を見て、的場はニヤリと笑った。
「YES!」
次の瞬間だった。
個人モニターが強く発光する。
「うぉ!?」
廃人が思わず声を上げる。
不知火も驚き、立ち上がった。
的場の身体から淡い光が溢れていた。
まるで全身を光の膜が包み込んでいるようだった。
そしてモニターに新たな文字が浮かび上がる。
【防衛キーワード:正義】
【能力確認】
【不屈】
【発動時間 三分】
【再使用可能 二十四時間後】
的場は何度も拳を握ったり開いたりしている。
やがて顔を上げると、子供のような笑顔になった。
「なぁ、今おれ」
「めちゃくちゃ強くね?」
廃人は呆れたように眉をひそめる。
「いや待て」
「変更したら戻せないんだぞ?」
不知火も腕を組んだ。
「的場、勝手なことを――」
しかし。
もう遅かった。
的場は玄関へ向かっていた。
勢いよく扉を開く。
「さぁ楓助けに行こうぜ!」
飛び出していく背中。
「あっ!」
廃人が慌てて立ち上がる。
「待て!」
「盗丸の作戦が――」
バタン。
扉が閉まる。
的場はもういなかった。
不知火は額を押さえた。
深いため息。
「……最悪だ」
◇
そして現在。
刑務所。
乾いた銃声が響き渡る。
パン!
パン!
パン!
囚人達が次々に引き金を引いた。
弾丸は確かに命中している。
胸。
肩。
腹。
顔。
何発も。
何発も。
だが。
止まらない。
的場は歩いていた。
普通に。
何事もないように。
弾丸が身体に当たる。
潰れる。
落ちる。
それだけだった。
「なっ……」
囚人の顔から血の気が引く。
「なんなんだよお前!!」
叫びながら別の囚人が飛び出した。
ナイフを振り上げる。
勢いよく振り下ろす。
ガキン。
甲高い音。
折れたのは刃の方だった。
「は?」
囚人が固まる。
的場は足元に落ちた刃を見た。
「お?」
少し感心したような顔になる。
「すげぇなこれ」
折れた刃を拾う。
くるくる回してみる。
「いてぇと思ったけど」
「“ 痛覚”無いんだった」
そう言って笑った。
その笑顔が逆に恐ろしかった。
囚人達はじりじり後退る。
意味が分からない。
銃も効かない。
刃物も効かない。
止まらない。
笑っている。
目の前にいるのは人間なのか。
誰もがそう思った。
「なんなんだお前は!!」
再び飛ぶ怒号。
的場は少しだけ考える仕草を見せた。
そして。
いつものように笑った。
「“ 正義”だよ」
次の瞬間。
拳が振り抜かれる。
囚人が吹き飛ぶ。
壁へ叩きつけられる。
別の囚人も。
そのまた別の囚人も。
次々となぎ倒されていった。
騒ぎを聞きつけた金剛達が階段を降りてくる。
先頭を歩く金剛。
その後ろに桐山。
そして楓。
三人は目の前の光景を見て足を止めた。
囚人達がそこら中に転がっている。
壁にめり込んでいる者。
床で気絶している者。
うずくまっている者。
その中心で平然と立っていたのは的場だった。
楓を見つけた瞬間、その顔がぱっと明るくなる。
「おぉ!」
大きく手を振った。
「楓!」
「無事か!?」
その声を聞いた楓も思わず表情を緩める。
「的場!」
的場は胸を張った。
どこか誇らしげに。
「助けに来たぞ!」
楓は呆れ半分、嬉しさ半分で笑ってしまう。
「なんであんた一人なのよ!」
すると的場は真顔で答えた。
「知らん!」
あまりにも堂々とした返答だった。
楓は思わず吹き出す。
そんな二人のやり取りをよそに、
的場は興奮気味に続けた。
「さっき防衛キーワード“ 正義”に設定したら」
「急に無敵モードになったんだよ!」
楓は額に手を当てる。
「なによそれ……」
一方で桐山は笑っていなかった。
細めた目で的場を観察する。
防衛キーワード。
正義。
能力。
聞いたこともない情報だった。
(消滅ワード以外にも設定可能なのか)
(そしてあの能力……)
桐山の中で警戒心が膨らんでいく。
もしあれを他の人間も使えるなら。
この世界の力関係そのものが変わる。
しばらく黙って様子を見ていた金剛が、
ふっと楓へ視線を向けた。
「あのふざけた野郎は」
少し顎で的場を指す。
「お前の仲間か?」
楓は迷わず頷いた。
「えぇ」
「ちょっと変わってるけどね」
金剛は数秒黙る。
そして不意に笑った。
「そうか、なら帰れ」
楓は思わず目を瞬く。
「え?いいの?」
金剛は葉巻に火をつけた。
紫煙がゆっくり天井へ昇る。
「武器も持たず、単身ここに突っ込んでくる」
煙を吐く。
そして口元を歪めた。
「面白ぇじゃねぇか」
楓は何を言われているのか分からず首を傾げる。
そんな楓を見ながら金剛は続けた。
「それにおれは快楽殺人者じゃねぇ」
低い声だった。
「気に入ったやつの仲間まで手は出さねぇさ」
少しだけ笑う。
だが次の瞬間、その笑みが獰猛なものへ変わる。
「盗丸は別だがな」
楓は思わず苦笑した。
「そこは別なのね」
楓は小走りで的場の元へ向かった。
「ありがとう的場」
すると的場は不思議そうに首を傾げる。
「ん?ボス戦は?」
「今おれ無敵だよ?」
楓は思わず肩を落とした。
この男は最後までこの調子らしい。
「もう大丈夫みたい」
そう言うと、的場はあっさり納得した。
「そっか」
そしていつもの笑顔。
「ま、無事ならいいんだ」
「じゃあ帰ろうか」
楓も頷く。
「うん」
二人が歩き出そうとした。
その時だった。
個人モニターが淡く光る。
【防衛キーワード:正義】
【能力:不屈】
【発動終了】
【次回使用可能 二十四時間後】
的場の身体を包んでいた光がふっと消えた。
「あれ?」
自分の腕を見下ろす。
握ったり開いたりする。
「終わっちゃったな」
残念そうである。
だが深刻さはまったくない。
そして何を思ったのか、金剛達へ向かって大きく手を振った。
「おおーい!」
楓の背筋を嫌な予感が走る。
「的場?」
しかし本人は気付いていない。
満面の笑みで叫ぶ。
「帰るぞー!!」
金剛が眉をひそめた。
桐山も首を傾げる。
倒れていた囚人達も怪訝な顔をする。
誰に向かって言っている?
全員がそう思った。
そして。
的場は追撃を放った。
「もう大丈夫だ!」
「帰るぞ盗丸ー!!」
空気が凍った。
楓の表情が固まる。
「あ」
金剛の目が細くなる。
「あ?」
桐山も周囲を見渡した。
その場にいた全員の視線が、一人の囚人へと集まる。
盗丸は額を押さえた。
終わった。
夢見の特殊メイク。
潜入作戦。
私物保管庫の調査。
全部台無しである。
原因は分かっていた。
間違いなく的場だ。
盗丸は深いため息を吐く。
そして諦めたように顔を上げた。
すると、真正面で金剛と視線がぶつかる。
数秒。
重苦しい沈黙。
やがて金剛の口元がゆっくりと歪んだ。
獲物を見つけた猛獣のような笑みだった。
「よぉ」
ゆっくりと立ち上がる。
「盗丸ぅ」
その声を聞いた盗丸は、もはや逃げる気力すら失っていた。
小さく手を挙げる。
「よっ」
一拍。
苦笑いを浮かべながら続けた。
「ただいま」
消滅ワード
1日目 “法律 ”
2日目 “ 電気”
3日目 “ 罪悪感”
4日目 “ 鍵”
5日目 “ 痛覚”
6日目 “ 肉”
7日目 “ 地図”
8日目 “ 鏡”
9日目 “ 約束”




