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19話 特典

夜の空気は、昼よりも静かだった。

静かすぎて、逆に耳に残る。


足音。布の擦れる音。呼吸。

それ以外が、ほとんどない。


「……こっちだ」


先頭を歩く盗丸が、小さく手を振る。

的場の車はもう使えなかった。


フロントガラスは割れ、タイヤも潰れている。

結局、徒歩になった。


楓以外の視界は、ほぼ闇だった。

月明かりだけでは足りない。


ランタンと、木の先に火をつけた簡易の松明。

揺れる光が、足元だけを照らす。


影が伸びる。

揺れる。

それだけで、何かが動いたように見える。


「……昼と違いすぎるな」


廃人が呟く。

確かにそうだった。


昼間、あれだけ暴れていた街が、

今は死んだように静まっている。

人の気配が、ない。


「嵐のあとって感じだな」


盗丸が軽く言う。

その言い方が、少しだけ現実を遠ざけた。


歩き続けること、三十分。

足が重くなる頃だった。


「……ここだ」


盗丸が立ち止まる。


目の前にあったのは、

古い、大きな家だった。


塀に囲まれ、

広い庭を持ち、

母屋は二階建て。

ざっと見ても、部屋数は多い。


「……でかいな」


不知火が言う。


「十部屋はあるぞ、これ」


「10LDKくらいあるんじゃね?」


盗丸が肩をすくめる。


正面入口。

裏口も見える。

逃げ道がある。

それだけで、今までの拠点より遥かにマシだった。


「……入るぞ」


扉を開ける。

鍵は、もう意味を持たない。


中は暗い。

静かだ。

人の気配はない。


「……空き家で間違いなさそうだな」


廃人が確認する。


「とりあえず、明かり」


不知火が部屋を見て回る。

仏壇の部屋で、ロウソクを見つけた。


火をつける。

小さな灯り。


それをリビングへ持っていく。

置く。

部屋が、少しだけ形を取り戻す。


「……落ち着くわね」


楓がぽつりと言う。

完全な闇よりは、ずっといい。


棚を開ける。

キッチンを見る。


「食料は……ないな」


乾いた結果だった。

水もない。

保存食もない。


「……まあ、そう都合よくはいかないか」


そのとき。


「ちょっと試す」


楓が言う。

蛇口を捻る。

水が出る。

一同が息を止める。


「……出るな」


次にスイッチ。

カチ。


明かりが灯る。

電気。

部屋全体が、はっきりと浮かび上がる。

楓にだけは見える明かり。


「……やっぱ強いな、それ」


廃人が呟く。

盗丸が口笛を吹く。


「へぇ〜」


少し感心した顔。


「ねぇちゃん、“電気”か」


「……そんなに驚かないのね」


楓が言う。


「まぁな」


盗丸が肩をすくめる。


「金剛のとこに、桐山ってやつがいる」


「頭いいやつでな」


「囚人何人かに“電気”設定させて、色々試してた」


その言葉で、

昼間の光景が繋がる。


走っていた車。

動いていた機械。


「あれか……」


不知火が小さく呟く。


「てかさ」


楓が盗丸を見る。


「この泥棒、チーム入れるの?」


「大丈夫?」


遠慮はなかった。

盗丸は苦笑する。


「信用ないねぇ」


「当然でしょ」


即答だった。

少しだけ空気が緩む。


「……まあ、悪いやつじゃないだろ」


不知火が言う。


「古民家も嘘じゃなかったしな」


医楽はソファに座っていた。

どこから見つけたのか、ブランデーを手にしている。


「わしはどっちでもいい」


一口飲む。


「使えるもんは使えばいい」


廃人が頷く。


「情報持ち」


「潜入できる」


「物資調達もできる」


「戦闘以外の役割としては優秀」


淡々と評価する。

楓はため息をついた。


「……はぁ」


「もういいわよ」


半分諦めたように言う。


「変なの増えすぎ」


「いいチームだろ?」


盗丸が笑う。


「お前が言うな」


不知火が返す。


そのやり取りが、

少しだけ“普通”に近かった。


明日の動きを話す。


物資の調達。

周辺の確認。

防衛の構築。


言葉にしていくことで、

少しずつ現実を整える。


そして、

時計が、0時を指す。


空が黒く染まる。

いつものように、


“神”が映し出される。


『やぁ』


軽い声。


『今日で五日目だね』


間。


『今日はね、いいニュースもあるよ』


画面に数字が浮かぶ。


【人類残存率:75%】


空気が固まる。


「……減りすぎだろ」


廃人が呟く。


『幸せにしてあげてるのに』


神が言う。


『なんで減っちゃうの?』


少し考えるような間。


『ん〜、分からないなぁ』


声は変わらない。

軽いまま。


『あ、いいニュースね』


『七日目まで生き残った人類には、特典あげるよ』


次の瞬間。


それぞれの目の前に、

小さなスクリーンが浮かぶ。


『神様通話』


文字が表示される。


『一週間生き延びたら、神と直接通話できるよ』


『神だから、全員同時に相手できるから』


『安心して』


一拍。


『あ、通話料は』


少しだけ、声が弾む。


『寿命』


沈黙。


『十秒で、一年』


『安いでしょ?赤字覚悟ってやつだよ』


誰も言葉を発さない。


『じゃあ』


軽く続ける。


『今日消えるのは――』


一瞬。


空気が止まる。


『“ 痛覚”』


音が、遠くなる。


『じゃあね』


『いい夢見て』


映像が消える。

静寂。

その中で。


「……触ってみていい?」


楓が言う。

自分の腕をつねる。

反応がない。


「……マジか」


廃人も試す。

ナイフで指先を軽く切る。

血は出る。

でも。


「……痛くない」


医楽が立ち上がる。

不知火の腕を見る。


「……これは厄介だな」


低く言う。


「怪我に気づかん」


「悪化する」


その言葉だけが、

妙に現実的だった。


痛みが消えた世界。


それは、

優しさではなかった。


ただ、

“壊れ方”が変わっただけだった。

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